異能力軍、戦前演説~6番隊の場合~
ウゾゾゾゾゾ……
…ブーーン…ブブッ……
……カサカサ…カサカサカサカサ……カサッ…カサカサカサカサカサッ!
雨は止んだが、不愉快な空気が粘つく夏の日。
そろそろ蝉が鳴き止み、夜が訪れる時。
日本特殊異能力部異能課、異能力軍は樹海の中に設置されたキャンプに集まっていた。
普段は異能力を使う対人の作戦が多い異能力軍であるが、今回は珍しく、人が相手ではない。
相手は〝蟲〟である。
異能力と呼ばれるモノは、何も人間だけのモノでは無いのだ。異能力が発現する明確な基準は分かっていないのだが、手のひら以上の大きさがある生命体であれば、異能力を発現する可能性があるらしい。
異能力の発現は、現在分かっているだけで人間が最も確率が高く、植物が最も確率が低い。
今回相手をする〝蟲〟は、植物の次に確率が低いとされている。
そう、ただでさえ異能力発現の確率が低い〝蟲〟が、軍が必要になる程の危険性を持つ異能力を発現したのだ。
今回の作戦は、危険を承知の上で多くの学者知恵者達が同行している。
異能力軍はその護衛も請け負っているため、作戦参加人数はそれなりに多かった。
しかし、それに不満を唱える者は居ない。それは、彼ら自身が異能力等と言う不可思議な力を持つために、少しでも研究が進み、未だに根強く残る異能力保持者への偏見を払拭させる事を願っているからだ。
そして何よりも、今回作戦に参加する部隊に真面目で勤勉な人物が多いのが理由だろう。
異能力軍の即席キャンプに用意された簡易台の上に上り、マイク片手に困り顔をしている男性と、その下から何か声を掛けている女性。
6番隊の隊長と副隊長である。
どうもマイクのスイッチが分からなかったらしい。6番隊隊長は、現代には珍しい機械音痴なのだ。彼の機械音痴の武勇伝は様々あり、異能力軍に所属していれば嫌でも耳に入ってくる程だ。
最近の話では、ようやくパソコンでローマ字入力からの漢字変換が出来るようになったのだとか。
提出書類を受け取った副隊長は、感動のあまり涙を流したのは紛れもない事実である。
今までは、手書きか、副隊長に入力してもらっていたそうだ。
最早、機械音痴とかそういう次元では無いかも知れないが、彼は馬鹿ではないし阿呆でもない。ただただ機械が使えないだけである。
何とかマイクのスイッチをONにした彼は、ゆるふわな笑顔と共に注目を集めた。
「あーあー。皆さん、聞こえてますかー? うん、大丈夫そうですね。
こんばんは、本日作戦前の挨拶をすることになった、6番隊隊長、六道 叶多です。
今回、僕達が相手にするのは〝蟲〟です。
そうですね、皆さんの思っている事は表情を見れば分かります。僕だって同じ気持ちですから。
ですが、これも仕事なので諦めて下さいね。僕は諦めました。
さて、今回の作戦は害虫駆除です。
普通と違うのは、害虫は異能力を保持していると言うことで、ここからは〝蟲〟と呼ばせて頂きます。
〝蟲〟は、1体が複数の異能力を保持しているのか、保持個体が複数体いるのか。それとも、全く新しい形の異能力を持っているのか、それすらはっきりしていません。
軍に届いている情報から、現段階で推測できる異能力は2つです。
1つ目は<意思統率>等の精神同調系。
本来群れを作らない種類の生物が〝蟲〟の元に集まり、互いを攻撃していない様子が捉えられたため、そのような予想が立てられます。
これは、群れの中心となっている個体が保有していると考えられます。
但し精神同調とは限らず、〝蟲〟特有のフェロモンが分泌されている可能性もあります。そしてそれが、人間に対し無害であるとは断言できません。
目に見えないモノなので、警戒は怠らないで下さい。
2つ目は<身体変化>等の特殊身体強化系。
既に判明しているモノですと、蟷螂と蛇ですね。事前に資料を読み込んでいるかと思いますが、補足も含めて説明します。
先ずは蟷螂です。
これは<巨大化>ないし<外格強化>の異能力だと思われます。体長は凡そ2米から誤算0,5米程です。数は1体ですが保有個体は雌であるため、今後増える可能性が危惧されています。
次の蛇ですが、純粋な<身体強化>だと思われます。
その補正は非常に大きいと見て間違いないでしょう。これは、50米以上離れたドローンとの距離を一瞬で詰めたため予想されます。<瞬間移動>ではないのは他のドローンと僕の異能力で、その光景を別角度から見ていたからです。
この個体は全長3米を越えた大蛇です。異能力関係無く、捕まればお仕舞いです。対抗出来ない場合は速やかに撤退し、中距離以上離れて戦える者、もしくは5番隊へ連絡して下さい。
以上2点が、現在判明しているモノです。
今回の〝蟲〟は、日本だけでなく全世界で見ても異例の規模になります。
僕達異能力軍は、これを駆除、保有個体の生け捕りを目指して行動します。
特に、蟷螂の生け捕りは強く望まれているので、協力をお願いします。
ですが、最優先は各隊員が無事に帰ってくる事ですので、くれぐれも無茶だけはしないようにしてください。」
作戦前演説と言っても、それをする部隊や人によって内容は様々である。
言いたい事を言って終る人が居れば、頑張ってと一言言っただけの人も居た。
6番隊は隊の雰囲気的にも、ふんわりのほほんとした感じである。
特に、今喋っていた六道はその中でも抜きん出てフワフワした空気を醸し出している。彼を外側だけで見るのなら、頭の中が常春のお花畑なのではないかとすら錯覚する程だ。
だが、それでも6番隊の隊長なのである。
普段はゆるふわな彼も、やる時はやるのだ。
一通り話終えて作戦開始の合図を待っていると、六道が発動していた異能力が何かを捉えたらしい。
「皆さん! 速報です、〝蟲〟が移動を始めました!
毎秒8米で北東北に進んでいます。
これは僕達が今居る方角です。
このままですと、後5分程でぶつかります。
本部からの合図は有りませんが、これから出す指示の全責任をこの僕、6番隊隊長である六道 叶多が背負います!
作戦パターン[B-3]を実行します。
各隊員は至急持ち場へ向かってください。
繰り返します、作戦パターン[B-3]です!
各隊員は至急持ち場へ向かってください!
呆けている暇はありません、急ぎなさい!
現時刻を持ちまして〝蟲〟の駆除を開始します!」
聞く人全てに有無を言わせず命令を実行させる。
別に異能力でも何でもない、ただ彼が本気で命令を下した時、何故か逆らう事が出来なくなるのだ。
これは一種の才能だろう、異能力軍において彼の命令に異を唱える事ができるのは極少数の人だけだ。
ついでに言うなら、六道は命令を間違えない。
本人曰くそれは直感らしいのだが、彼が出した指示は常に最適な解答として反映される。
その積み重ねで、ただでさえ逆らえない命令を、更に確実なものにしているのが六道 叶多と言う人物である。
ちなみに6番隊は異能力軍の中で唯一、戦うことが出来ない非戦闘員の部隊だ。自衛程度は何とかなるが、異能力を使った戦いには悉く向いていない。
6番隊の本分は、味方を動かす司令塔だ。数多くの情報から、先の動きを読み指示を出す。
オペレーターとも呼ばるポジションである。
その後、当然の様に作戦は成功を納めた。
またこれを記念として、副隊長は六道に携帯電話を持たせる事に成功した。次は携帯電話を携帯させると息巻いていたらしい。
6番隊は皆で、副隊長を応援している。
ここで言っている〝蟲〟とは人、獣、鳥、魚では無いモノを指しています。
人、ホモサピエンスとか人間とか。
獣、足が四本で四足歩行。
鳥、羽があり焼くと美味しい。
魚、エラ呼吸で生でも美味しい。
個人的に六道さんは好みです。
糸目でニコニコしていそうなイメージがあります。
それと演説の内容ですね。
賢そうな事言ってますが、殆ど事前資料に書いて配布されているので、隊員達からしたら大した事ではなかったりします。
この手抜き感が堪らないので、あとがきに残しておきますね。
1〜9までのシリーズです、良ければ覗いてやって下さい。