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終了


 悪夢のような殺し合いが終了した。

 たったの一日で、僕の人生観は大きく歪んでしまった。

 多くの希望が断たれ、踏みにじられた命。

 その中には、まだ幼い少女の命も含まれている。

 喪失感が僕を襲った。それが殺したい程の殺意に変容した。

 しかし、その感情をぶつける対象は、もう何処にも存在しない。

 もう全て、終わったのだから。


 目が覚めると、見慣れた自宅の天井が飛び込んできた。

 僕は無事に生還したのだ。

 ベッドから起き上がって、大きく伸びをする。


 寝ぼけた頭で考えると、今までの出来事がすべて夢のように思える。

 けれど、ポケットの中に入っていたシワだらけの遺書が、全て現実であったのだと教えてくれた。


 ポケットの中には、遺書の他にもう一枚、手紙が入っていた。

 僕は手紙の内容を確認する。

 手紙には、病院の名前と部屋番号が書いてあった。

 それが誰の病室であるのか、名前が書いてなくとも察しがついた。


 保健室で杉山が息を引き取ってからのことは、正直はっきりとは覚えていない。

 僕が割り込む余地はなく、あれよあれよという間に勝負が決した。


 結論だけ言うと、生き残ったのは僕と大脇と阿蘇、そして小原だ。

 薬を飲んで少し調子を取り戻した朝野が、死にそうな顔で僕達に和解を申し込み、間髪入れずに寺上が小原に臓器提供すると宣言して、殺し合いは終了。

 朝野と神崎は延命を希望せずに投降すると言うので、これで僕達が争う必要はなくなった。

 僕はポカンとした表情で、その経緯を見守っていた。


「俺なんかの命で良ければ、使ってください。俺を待ってる人は……もう居ません。だから、小原さんは家族の元へ帰ってあげてください」


 寺上が放った言葉だ。

 放送で小原の命乞いを聞いた時から、寺上は生き残ることを諦めていたという。

 奥さんを病気で亡くし、後追い自殺を考えていたらしい。

 それが、寺上が今回の殺し合いに参加することになった要因である。

 小原の家族の元へ帰りたいという願いを聞いて、寺上は快く命を譲った。


 小原は自分が助かると分かった途端にしおらしくなって、感謝の言葉を述べながら地べたに這いつくばっていた。

 見るに耐えない光景だった。


 ――自分の命を他人のために使う。


 寺上の判断は勇敢で尊敬に値するものだろう。

 でも、その光景を美しいとは、到底思えなかった。

 僕の目にはとても残酷に映った。


 それから、寺上は改めて僕に謝罪した。

 寺上の怪我は見た目ほど酷いものではなく、積極的に生き残りたいという想いがなかったために、僕達の協力を渋っていたと語った。

 そもそも、保健室の扉に一人でバリケードを張れるくらいだったのだから、十分に戦力となっていたはずである。

 僕は寺上に殴られた頬を抑えながら、謝罪を受け入れた。

 そして、大脇を守ってくれたことに感謝した。


 その後は、残った敵側三人が投降を宣言して、殺し合いは本当に終わった。

 終了した瞬間にスピーカーからチャイムが鳴り、マスクの集団が保健室にぞろぞろ入ってきて、そこで僕の記憶が途切れている。


 一つ懸念として、僕達が勝利したのに、敗北した小原が臓器移植を受けられるのかというものがあったが、朝野曰く、


「運営側は偽善者の塊ですから、きっと最善の選択をしてくれるはずですよ」


 ということらしい。

 至れり尽くせりである。




「さて、行くか」


 自分を鼓舞するために声を出して、手紙に書かれた病室へ行くことを決心する。

 熱いシャワーを浴びてから、財布と携帯を持って外に出た。


 電車とバスを乗り継いで一時間半の場所にその病院はあった。

 手紙に書いてある病室に行くと、名札のところに見覚えのある名前を見つけた。


 永村瑞樹。


 両手脚を切断され、戦闘不能になった少女。

 新島照華の友人であり、彼女が最後まで助けたいと願っていた大切な人。

 僕達が勝利したことによって、永村の臓器は取り出されずに、無事に解放されたのだろう。


 僕には永村を救うという使命が課せられた。

 そのために、僕は生き残ったと言っても過言ではない。

 照華から託された想いを永村に伝えて、その最後の望みを叶えてやる義務がある。


 僕は意を決して、扉をノックした。

 しかし、中から反応はない。

 扉をスライドさせて永村の病室に入るが、そこには誰もいなかった。


 ベッドの上には、またしても手紙が置いてあった。

 手紙にはミミズが這ったような汚い字が羅列しており、何が書いているのか解読不能。

 しかし、僕にはそれが何となく、遺書であるような気がしていた。


 まともに文字すら書けない人間が病院を抜け出せるとは思えない。

 とすれば、行ける場所は限られる。

 僕は急いで、病院の屋上へ向かった。


「沼井さん、遅かったじゃないですかぁ」


 僕の神経を逆なでする変に間延びした声が聞こえてくる。

 屋上で僕を待っていたのは、車椅子に乗った永村と、それを押す神崎だった。


「ちょっと、神崎さん。どういうこと? なんでこの人呼んだワケ?」

「それはですねぇ、私がどうしようもないくらいの偽善者だからですよ」

「はぁ? 意味が分からない。私を殺してくれるってのは、嘘だったの?」


 二人は屋上の隅でなにやら物騒な会話をしている。

 永村には切り落とされたはずの手脚がくっ付いていた。

 しかし、まだ自由に動かせる状態ではないらしく、神崎の手を借りて自殺を試みていたのだろう。


「えー、人殺しなんて嫌ですよぉ。それじゃ、沼井さん。バトンタッチで」


 神崎は嬉しそうに僕の肩を叩くと、屋上を後にした。

 アイツが何を考えているのか、さっぱり分からない。


「沼井さん、でしたっけ? それで、私に何の用ですか」


 永村は一人では車椅子も操作できないようで、渋々といった感じで僕に話を振ってくる。

 この様子だと、永村も事情を把握していないらしい。

 神崎のイヤらしい笑みが浮かんできたので、頭を振って苛立ちを抑える。


「殺し合いは僕達の勝ちだったよ」

「そんなの、言われなくたって知っています。私、まだ生きてますもの」

「……だけど、新島照華は死んだ。僕の代わりになって、殺された」

「そう。死んだんだ、アイツ」

「僕は、照華から君のことを託された……のだと思う。そのために、僕はここまで来た」


 永村は屋上の柵を恨みがましく見つめている。

 一人では歩くことすらままならない、痛々しい永村の姿は目も当てられなかった。

 さらには親友が亡くなったという訃報が重なり、永村の心情を想像することすらできない。

 しかし、永村は顔色一つ変えず、


「だったら、私の望みを叶えてくれません? 今すぐ私を殺してください」


 高飛車な態度でそう言った。

 それが、僕はどうしても許せなかった。


「親友だったんだろ? もっと、他に何か言うことあるだろ」

「別に、私がどう思おうと、あなたには関係ないでしょう?」

「あるさ! 情けない話だけど、僕は照華に命を救われたんだ。その照華が、君に死んで欲しくないと、君が生きることを願っていた。だから、僕は彼女の最後の願いを叶えてやる義務がある」

「勝手なこと言わないで!」


 永村の金切り声が病院の屋上に響く。

 いくら死を願おうと、永村は自殺することができない。

 再接着された手脚を自由に動かせるようになるのは、当分先のことだろうから。


 手脚を切り落とされた自殺志願者は、一人では死ねない体にされる。

 頑張ってリハビリして必死に生きなければ、死ぬことすらできないという矛盾。

 それが、偽善者たちの目論見であるのだろうと思った。


「もう、疲れた。照華はお望み通り死んだんでしょ。だったら、私も死なせてよ」

「それは、永村の本心なのか? 本当に死にたいと思っているのか?」

「だから、最初からそう言ってるじゃん」


 永村は車椅子から転げ落ちると、芋虫のように体を引き摺っていく。

 その先では、たった一メートル程度の柵が行く手を阻んでいる。

 健常者には簡単に乗り越えられる障害物であるが、立つことはおろか、腕すら満足に持ち上げられない永村には、高い高い壁であるはずだ。

 永村は上体を起こすと、柵に顔をこすりつけたり噛みついたりして、不格好ながらも躍起になって死のうとしている。

 その姿は、酷く滑稽だった。


「永村、やめろ」

「うるさい、もう放っておいて」


 どこまでも淡白な永村の反応に、僕は疑問を感じざるを得なかった。


「そんなに死にたかったのなら、どうして抵抗した?」

「……なんの話?」


 永村は首を曲げて僕を訝しむように見つめる。

 癖毛の髪を下ろして少し幼く見える表情は、それでも鋭い印象を与えた。


「最初の教室で敵に襲われて、大脇さんと一緒に連れ去られた時だよ。永村、キミは抵抗したはずだ。なぜなら、死ぬのが怖くなったから」

「はぁ? 言い掛かりはやめてよ」


 永村は首を傾げて、僕を睨みつける。


「言い掛かりなんかじゃない。それどころか、助けまで求めていたんじゃないか」

「……そんなの、その場に居なかったあなたに、分かるはずないじゃない」


 永村は目を泳がせて、瞬きの回数が増える。


「分かるさ。永村は、他の誰よりも敵に歯向かったんだ。だから、真っ先に狙われた。敵にとって、一番の危険人物だったから」

「ちがう、ちがう」


 永村は力なく首を左右に振る。


 教室に待機していた四人の中で、仲間を守るために怪我を負った寺上や、部屋の隅で震えていた阿蘇を後回しにして、永村と大脇を先に連れ去った理由。

 それは、寺上が倒れた後、彼女達が敵と争った証拠ではないのか。


「敵に捕らえられた後も、君は必死に抗った。血が流れるほど敵に抗って、その跡が廊下に続いていたよ。変だと思ったんだ。大脇さんは頬を殴られた以外に、外傷がなかったから」


 臆病者の大脇では、一発殴られただけで抵抗する気力を失ってしまう光景がありありと想像できる。


 永村瑞樹という少女は、僕が思っている以上に強い人間だった。

 親友が死んだと言うのに、顔色一つ変えずに堪えてしまう程に。


 ついに我慢できなくなったのか、永村は僕から顔を背けて、ギュッと目を閉じる。

 図星だったのだろう。

 永村が身に付けていた仮面は、あっけなく剥がれた。

 誰よりも死にたいと言っていたのに、誰よりも死にたくなかった彼女の姿は、とても人間らしかった。


「わたしには……照華しか、いなかったのに。あの子が生きるのなら、名前も知らない他人が死のうとどうでもよかったし、あの子が死んだ今、この世に未練ない。それなのに、どうして私は生きなくちゃいけないの?」

「その照華が、君に生きて欲しいと願ったんだ」

「……勝手だよ」


 そう言って、永村は泣きじゃくり始めた。

 ずっと抑えて込んでいたのだろう。

 しゃっくりまであげて、しばらく口をきける状態ではなかった。


 僕の中に、一つの使命が湧いた。

 今度こそ、僕は目の前の少女を守らなければならないと。

 それが、照華に命を救われ、無様に生き恥を晒している僕がやるべきことなのだ。


「僕達は、どうであれ生き残ってしまったんだよ。だから、あと少し一緒に頑張ってみないか? それでも死にたいって思ったその時は、僕が責任を持って殺してやる」


 永村に僕の言葉が聞こえているのか分からなかったが、それ以降、死なせてくれとは口にしなかった。


 しばらく二人で屋上の風に当たってから、日が暮れてしまう前に、永村を病室に送ってベッドに寝かしつけた。

 泣き疲れたようで、すぐに眠りに落ちた。

 僕は音を立てないように永村の病室を後にする。


「瑞樹ちゃん、落ち着いたようですネ」


 永村の病室の前に、神崎が当たり前のように立っていた。

 金髪に黒いパーカーとジャージいう恰好は、地元のヤンキーという表現がしっくりくる。


「結局、神崎は運営側の人間だったってことでいいのか?」

「元運営側の人間と言った所ですね。今はただの死に損ないです」


 神崎は悪びれもせず、自分が今回の黒幕の一員であったことを肯定した。

 殺された照華の体を回収するために現れたマスク集団。

 僕がその一人を腹いせに殺そうと手に掛けようとした際に、ソイツは抵抗せずに自分の死を受け入れようとしていた。

 その狂人じみた態度は、どこか神崎と共通する部分があったように思う。

 そして、今ここに神崎が現れたことで疑惑が確証に変わったのだ。


「こんな回りくどい真似をしなくても、その気になれば臓器の一つや二つ、運営側の人間なら用意できるんじゃないのか」

「私達は良くも悪くも偽善者ですからねぇ。己のために他人の命を奪うなんて、そんな非道な手段は取れませんよ」

「じゃあ、どうして殺し合いを強要するんだよ」

「そこは、よくある設定じゃないですかぁ。こういうのが大好物なパトロンが居るんですよ。誤解しないで欲しいのですが、我々としても不本意なのです。ですが、慈善事業で人の命を救うには限界がありますから。苦難の末の資金繰り、という訳です。理解してくれとは言いません」


 それから神崎は、昔の同僚から秘密裏に教えてもらったという他の参加者について教えてくれた。

 大脇香流と阿蘇陽太の二名は、無事に自宅で目覚めたことが確認されたそうだ。


「それと、一応、報告しておきますと、小原さんの移植手術は成功したようです。寺上さんの命は、血の一滴までも無駄にはしません」

「それは善かった……。善かったんだよな、きっと」

「ええ、きっと。朝野さんもまだ生きてますけど、彼女の方はいつ死んでもおかしくない容態らしいです」

「そうか……。そう言えば、朝野にも命を助けられているんだったな。くたばってしまう前に、一度礼を言いたい」

「いいでしょう。彼女の病室にも案内しますよ」


 朝野も同じ病院に入院しているらしく、神崎は僕を案内するために歩みを進めるが、不意に足を止めて踵を返す。


「それと最後に一つ……これは、伝えるべきか悩んだのですが――」


 と前置きをして、神崎は珍しくバツの悪そうに立ち尽くしている。


「なんだよ、気持ち悪い。いまさら空気なんか読もうとするなよ」

「なら言いますけど、照華ちゃんのことです」


 照華の話になると、ピンク色の髪と小さな背中がフラッシュバックする。

 そのたびに、自分の無力さを突き付けられ、激憤と悔恨で僕はどうにも冷静でいられない。

 神崎もそれを分かって、躊躇しているのだろう。

 僕は目を閉じて大きく息を吸い込んでから、神崎の瞳を覗き込んで話すように促す。


「例外中の例外で、同僚から話を聞くまで私も知らなかったのですが、実は今回の参加者の中に、城川さんという代理参加の方が居たんですよ。沼井さんも知っていますよね? 永村さんを、こんな目に合わせた張本人です」

「朝野に殺された、あの女か」

「はい。その城川さんのお子さんに、照華さんの臓器を提供しました。そちらも、無事に移植手術が成功したようです」

「……そうか」

「怒らないのですか?」

「誰に、何を怒ればいいのか、僕にはもう分からないよ。もしかしたら、これが一番良い形だったのかもしれない。結果論かもしれないけど」


 照華が無残に殺されて、憤然とした気持ちがあるのは確かである。

 でも、命のバトンを渡された人に対して、助からなければ良かったとは言えなかった。

 城川には返しきれない恨み辛みがあるのも確かだが、だからと言って、臓器移植を受けたその子どもを恨むのは間違いであるはずだ。


 生きるべき人間が生き残った、それだけの話。

 そういう意味では、人を殺してしまった僕は、生き残るべき人間ではなかったのかもしれない。

 その罪を、許せる日が来るだろうか。

 今はまだ分からないけれど、託された想いがある限りは、僕は生き続けれなければならないのだろう。


「ありゃ、もうこんな時間だ。沼井さん、急いでください。朝野さんの面会時間が終わってしまいます」


 僕を急かす声に続いて、真っ白な病院の廊下を歩いていく。

 まやかしかもしれないけれど、生きる意義のようなものが、今の僕を突き動かしていた。

 これからの人生、何が起こるか分からないし、生きていて良かったと思えるのか、何も分からない。

 それでも、僕には一つだけ確信していた。

 これからの生涯で、「死にたい」なんて口にする機会は二度と来ないだろう、と。


 多くの希望が断たれ、踏みにじられた命。

 その想いを全て背負って、新たな希望と救われた命がこの世界を歩んでいく。


お疲れ様でした。

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