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開始

全十話くらい予定。

不快な表現あります。

「死にたい」


 それが僕の口癖だ。

 本当に死ぬつもりはない。けれど、辛いことがあるとつい口から出てしまう。

 死んだらどうなるのだろうという好奇心が、現実に対する不満とか、漠然とした将来の不安に押し出されて、言葉として現れるのだ。


 僕は敵を作らない代わりに、味方も居ない。

 好んで友好関係を築かないし、恋人を作ろうとも思わない。

 それでいて、仕事にやりがいを感じている訳でもなければ、時間を忘れて夢中になれる趣味もない。

 ただ無為に時間だけが過ぎていく毎日。

 面白みのない下らない人生を送っていた。


 ある時、酒の席で会社の同期に「死にたい」と言ってみたことがある。同期は一瞬困ったような顔をすると、せっかくの人生なんだから楽しく生きろ、と僕の肩を叩いた。

 まったくもって面白くなかった。

 僕は共感が欲しかったのだ。

 生きてきた時間に大差はないはずなのに、人生経験の差を見せつけられたようで、不快感が押し寄せる。

 極め付けに、その同期は僕の発言を、周囲を盛り上げるための話のネタにした。酔っぱらって騒いでいた連中が混じって、好き勝手に互いの人生観を語り、呑気に笑い合っていた。

 それから、君は難しく考え過ぎなんだとか、そんなのは甘えだとか、彼女でも作れだとか、そんな根性論丸出しの説教セリフが耳を掠める。

 最悪だった。

 僕はすぐにでも帰りたい気持ちを抑えて、彼ら彼女らの益体もない話を張り付いたような笑顔で切り抜けるしかなかった。


 僕だって、満ち足りた人生を送るための努力を怠ってきたつもりはない。

 でも、見つけられなかったのだ。

 二十八年間生きてきて、「これだ!」と思うもの何一つ。

 視野が狭いとかじゃなくて、何かを見つけるにはこの世界は広過ぎるし人生は短い。いっそのこと命が無限にあれば良いとさえ思う。

 しかし、人生は一度きりである。だからこそ、僕は自殺願望を捨てきれないでいるのだった。




「さて、ここにお集まり頂いた六人の自殺志願者の皆様方に今回のルールについて説明致しましょう」


 凛とした女性の声で我に返る。

 現在、僕が居る場所は学校の教室のようだった。

 ただし、壁も床も真っ白で、目の前には黒板ではなくホワイトボードが取り付けられている。


 白い教壇の上では、一人の女性が試すような目付きで僕達・・を見渡していた。

 女性の姿は教室と同じく白で統一されていた。白のプリーツスカートと白のトレーナーから、白粉を塗りたくったような手足が覗いている。色素の薄い髪を腰まで伸ばし、蒼白な顔面からは黒目だけくっきり浮き出ているように見えた。


 気持ちが悪いほどに幻想的な光景だった。

 最右列に座る僕はちらりと左方向に視線を向ける。

 白い長机が三つだけ並べてあって、僕を含めた六人が一つの机に二人ずつ座っているのが分かる。

 暴力的なまでの白色の中で、僕達の色は一際目立っていた。

 特に、僕の隣に座る女の子は奇抜な色をしているため、自然と目が吸い寄せられる。ピンク色に染められた綺麗な髪が、僕の視界の端で存在感を主張するのだ。

 ピンク頭の女の子は僕の視線を気にすることなく、持っていた便箋をクシャクシャに丸めていた。

 よく見ると、他の人も同じように目の前の便箋を手にとっては、丁寧に折りたたんで懐にしまったり、ビリビリに破り捨てたりしている。


 当然、僕の目の前にも似たような用紙が置いてあった。

 遺書である。正真正銘、以前に僕が書いたものだ。僕がいつ死んでもいいようにと、家族に宛てた手紙。

 最初は恥ずかしかったけど、書いているうちに涙が溢れて、最後まで書ききれずに机の奥底にしまってあったはずの僕の遺書。それが、何故か机の上に開いた状態で置いてある。

 僕はそれを破り捨てようとしたが、思い留まってそっと畳んでポケットにしまった。

 

「ここはどこなんだよっ!」


 一番左に座る中学生くらいの少年が余裕のない声を上げた。

 おそらく、この六人の中に現状を把握している者はいないのだろう。

 皆の顔には動揺の色が浮かんでいる。


「質問はこの説明の最後で受付致します、阿蘇あそ陽太ようた様」


 白い女が威圧的な態度で、少年の発言を咎めた。

 阿蘇と呼ばれた少年は、先生に注意された時のような神妙な面持ちを浮かべている。


 白い女は僕達に向かって自殺志願者と言った。

 中学生くらいに見える阿蘇も、僕と同じく自殺志願者ということになる。

 流石は、自殺大国と揶揄されるだけのことはある。


「それでは改めまして。これから皆様方には殺し合いに参加して頂きます」

「いきなりだな、おい」


 突っ込みを入れたのは左から三番目に座る三十代くらいの男性。短く切りそろえられた頭髪に垢の抜けた精悍な顔付きで、高そうなビジネススーツを着こなしている。


 ちなみに僕はポロシャツにヨレヨレのジャケットを羽織り、擦れて膝の部分が薄くなったベージュのコットンパンツを履いている。身嗜みにはあまり頓着していない。

 目の前の白い女は男性の野次を気にも留めず、事務的に淡々と説明していく。

 その表情からは何の感情も読み取れない。


「自殺志願者の皆様方には参加拒否する権利はございません。最後の質問時間が終了した後、すぐに殺し合いを開始致します。敵を全員殺すか、味方が全員戦闘不能になった時点で終了となります」


 なぜ殺し合いをさせられるのか?

 敵とは誰なのか?

 味方とは誰なのか?

 敵は全員殺すと表現したのに、味方は戦闘不能なのは何故なのか?

 色々と疑問は湧いてくるが、黙って聞く以外の選択を僕達は許されていないらしい。


 僕の困惑を一蹴するように、白い女は説明を続ける。


「自死を図ったとみられる場合、その参加者は戦闘不能状態として扱わせていただきます。なお、戦闘不能となった者は即刻身柄を拘束し、こちらで回収致します。そのほか、ルールに関して必要な情報は、校内放送にて周知する場合がございます」


 白い女はゆっくりと首を動かして、僕達一人一人の顔を確認していく。


「何か質問は?」


 どうやらこれで説明が終わりらしい。

 大人しく女の話を聞いて分かったのは、僕達が訳の分からない殺し合いに参加させられるということだけだった。

 なんとも不親切な話だ。

 僕は誰が最初に口火を切るのか、周囲の様子を伺う。


「はい」


 真っ先に手を挙げたのは先程お預けを食らった阿蘇少年ではなくその隣、最左から二番目の少女だった。


「どうぞ、永村瑞樹様」


 白い女は参加者全員の名前を把握しているらしい。

 永村瑞樹と呼ばれた少女は睨むような眼光を顔に貼り付けて、癖毛の髪を後ろで大雑把に束ねている。心なしか平均よりもふくよかな体型で、セーラー服を圧迫させている姿に僕は愛嬌を覚えた。


 永村は名前を呼ばれると、優等生然とした態度で素早く椅子から立ち上がって言った。


「参加拒否します」

「認められません」

「じゃあ、死にますね」


 死にます、という淀みのない宣言に眉をひそめる人間はここにはいない。

 死ぬという言葉の重みを知っていたら、きっと僕達はこんな場所に集められなかったという予感があった。


「待ちなさい、死にたがり少女」


 意外にも、永村を止めたのは僕の隣のピンク頭。

 気怠そうに背もたれに寄りかかって、椅子の前二本足を浮かせてふらふらさせている。

 死にたがり少女こと永村瑞樹は、ピンク頭の少女を射抜かんとばかりに睨みつけながら言う。


「何か言いたいことでも? メンヘラ女」


 僕はメンヘラ女という発言に引っかかって、ピンク頭の手首を凝視すると、多数の切り傷が浮かんでいるのを見つけた。確かにメンヘラなのかもしれない。

 長机一個分離れているというのに、よく永村はピンク頭のリストカット跡に気が付いたものだ。


 女性二人がガンを飛ばし合う中、それに挟まれながら中央の長机に座る三十代男性と二十代くらいの女性が気の毒だった。


「白いの、質問よ。誰が味方で誰が敵なの?」


 ピンク頭は永村から目を離さずに尋ねた。

 白いのはニヤリと笑みを浮かべる。


「新島照華(てるか)様、その質問を待っておりました」


 白い女から不気味な表情を向けられ、ピンク頭こと新島照華は嫌そうに顔を顰める。


「待つくらいなら最初から説明しなさいよ。あんたが半端な説明しかしないから、何をすればいいのか検討も出来ないじゃない」

「……そこは皆様方の自主性に委ねておりますので。真面目に殺し合いに参加して頂ける人というのは、それだけで貴重な存在でございます。それと、私のことはレウコとお呼び頂けると幸いです」


 白い女――レウコが恭しく頭を下げる。

 この場にいる六人が敵か味方かによって、随分と話が変わる。もし味方であるなら、始まる前に永村が脱落するのは生き残る上で好ましい展開ではない。

 しかし、敵を殺してでも生き残りたいと思える人間が、この自殺志願者達の中にどれ程いるのかという疑問はある。

 少なくとも、僕には敵と戦う意思があった。


「まず、安心してください。この場にいる皆様方は味方同士です」


 レウコの発言で六人の間に張り詰めていた緊張が和らいだ。

 改めて、互いにキョロキョロと顔を見合わせる。


 あからさまに安心する者。

 敵意剥き出しの者。

 興味なさそうに振る舞う者。

 不安からか視線を合わせようとしない者。

 このような異常事態にも関わらず自然体である者。

 そして、敵を殺す覚悟を決める者。

 色んな感情が混ざり合って、白い部屋が濁っていくような感覚に陥る。

 次第に六人の視線はレウコに集まっていった。


「敵の数は同じく六人。皆様方と同じように別の部屋で現在説明を受けております。他に何かありますか?」

「質問いいか」


 レウコが質問を促すのと同時に、満を持して僕が手を挙げる。


「沼井潤也様、どうぞ」


 知らない女から当然のように名前を言い当てられる。

 僕は不快感を押し殺して、気になっていた疑問をレウコに投げた。


「戦闘不能と判断されるのには、何か基準があるのか?」

「はい、四肢の全てが切断される欠損を被った場合、戦闘不能と判断致します。戦闘不能になった者はこちらで体を回収後、最善を尽くして人命救助に当たります。当然のことではございますが、死亡してしまった場合には、体の回収のみとなります」


 レウコの回答に僕は呆気にとられた。

 これから殺し合いをさせようって輩から、人命救助という単語が飛び出す矛盾。

 僕はそれを一旦隅に置いておく。


「レウコ、加えて質問だ。武器か何かは貰えるのか?」


 殺し合いというのだから、武器はあって然るべきだ。

 一瞬間を置いて、レウコは重々しく答える。


「いいえ、皆様方には武器の提供は致しません。しかし、敵側には四肢切断のための刃物や鈍器、その他にも拘束具や薬品類を支給しております」

「……」


 僕は今度こそ言葉を失った。


「ちょっと! それ、不公平じゃない!」

「そうだ! 何が殺し合いだ! 一方的にこっちがやられるだけじゃないか!」


 中央の長机に座る二人、二十代女性のヒステリックな声と三十代男性の怒声がレウコを攻撃する。

 相手は武器を所持しているが、こっちは丸腰状態。

 怒鳴りたい気持ちは僕にも理解できた。

 一方で、自分を含めてこれまでレウコの発言の真偽を疑う者がいないことが今更ながら不思議に思った。

 現実離れした白い空間が、殺し合いという非常識にリアリティを与えているみたいだ。


「相手から武器を奪って使用するのはアリなんでしょ?」

「当然アリです」


 またしてもピンク頭、照華が質問する。

 彼女も生き残る算段を模索しているのだろう。

 相手がこちらと同じ六人である以上、勝利するためにはこの場にいる全員が協力しなければならないはずだ。


「冗談じゃないっ!」


 まだ名前の分からない二十代の女性が机を叩く。

 彼女はなんとなく僕と同い年くらいのように思えた。


「手足をもがれて苦しんで死ぬくらいなら、飛び降りて死んだ方がマシです!」

大脇おおわき香流かおる様、それはあなた様のご自由ですが、一つ訂正がございます」


 レウコが人差し指を立てる。


「この建物から外に出ることは禁止されております。また、先程申し上げました通り、自死を図ったとこちらが判断した時点で戦闘不能として扱います。そのため、死に至るより前に、その身柄をこちらで拘束させて頂きます」

「……拘束して、どうしようっていうの」


 大脇がくぐもった声で吠える。


「これも先程申し上げましたが、戦闘不能となった者は殺し合いが終了するまでこちらで保護致します。ただし――」


 レウコは一息つくと、震える大脇を嘲笑うかのように答えた。


「敗北が決定した時、つまり全員が戦闘不能に陥った場合、皆様方の命の保証は致しかねます」


 その言葉を聞いた大脇はムクリと立ち上がって、椅子を持ち上げる。

 この教室には非開閉のはめ殺し窓が用いられていた。磨りガラスの窓からはぼんやりとした光が差し込むだけで、外の様子は分からない。

 大脇は耳をつんざくような悲鳴を上げると、備え付けられた窓に向かって椅子を振り下ろした。

 何度も、何度も。血が滲むまで。

 轟音と共に窓にヒビが入っていくが、割れる気配はない。

 他の四人は痛ましい顔をしてその様子を見守っている。

 二十回ほど椅子を叩きつけた所で、大脇は諦めてへたり込んでしまった。


 とすれば、普通に教室の出入り口から出て行くほかに選択肢はない。

 しかし、今こうしている間にも敵が僕達の手足を削ぎ落とそうと、教室の外で待ち構えているかもしれない。

 僕は右側前方と後方の白い引き戸を眺める。ドアの形状は部屋の白さも相まって、病室のスライドドアを思わせた。


「そうだ、この部屋に籠城しよう。なぁ、レ――なんとかさん、食料とか生活必需品は支給されないのか?」

「レウコでございます。寺上隆一郎様」


 名前の分からなかった最後の一人、寺上隆一郎が両手を合わせて声を上げた。

 若干声が震えており、合掌した手の感触を慈しんでいるようでもあった。


「飲み物に関しては廊下に蛇口があるので、そこを利用してください。この教室以外にも、シャワーを付設した更衣室やベッドを備え付けた保健室など、様々な部屋をご用意しております。食事に関しましてはご用意でき次第、校内放送にて周知致しますので、お手数ですが給食室までお越しください」

「なんだか学校みたい」


 レウコの長々とした説明に、最初の威勢はどこへやら、左端で大人しくしていた阿蘇がポツリと呟く。

 確かに、学校だ。

 二十八の僕には懐かしい響きである。

 しかし、感傷に浸っていられる状況では決してなかった。


「他に質問はございませんか?」


 レウコはまるで学校の先生のように尋ねる。

 質問、聞きたいことなら他にも腐る程あった。

 お前は何者だとか、何のためにこんなことをするとか、無数に疑問が湧いてくる。

 しかし、「何故」を考えていられるほど余裕はない。

 動くなら早い方がいいからだ。

 重要なのはこれからどうするかであって、起こったことに対する原因究明に時間を割くべきではないと生存本能が告げていた。

 籠城は不可能だ。教室のドアなんて一瞬で蹴破られるだろう。まともに戦える武器はない。頼れるのは、ここに集まった自殺志願者たちだけ。


「それでは質問もないようなので、これより殺し合いを開始致します。皆様方のご健闘をお祈りしております」


 レウコはそう言って一礼した後、早々と白い教室を後にする。

 白い引き戸が閉まるとすぐに、僕達は気休めに前後の入り口のレール部分に長机をつっかえさせた。

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