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こちら異世界放送局  作者: 21号
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8話

 テレビではプレミアムなフライデーだのを月末にやっているようだが、今日は特に関係ないので普通に働いていた。


 数十年ぶりの大型台風という噂が流れている天災が迫っているというのに、それよりも早く納期は迫ってくる。しかもこちらは逸れてくれない。

 そもそもプレミアムってなんだと。花の金曜日とか言って散々に金曜の夜から土曜にかけてを楽しんだ連中から「ほら、月に一度だけ時間をやるよ。嬉しいだろ、喜べよ」みたいな施しを受けても、嬉しくなくはないがそれ以上にムカついてくる。


 とはいいつつも俺の仕事は土日は落ち着いている。というか土日を休む為に仕事を片付けている。誰がなんと言おうと週明け納期や土日出勤などしてたまるものか。査定? クソ喰らえだね!


 というわけで用意しておいた酒とつまみを片手にラジオに向かう。今日は、昨日の不完全燃焼の続きがあるのだ。




『こちら異世界放送局です。


 こんばんは、地球のみなさん。

 パドゥキア王国歴613年10月20日の放送を始めます。


 えっと……昨日は申し訳ありません。

 すっかり魔石の容量を確認するのを忘れておりまして、中古の容量不足な魔石を使用してしまっておりました……』


 おお、しょげている。

 でもこの手のミスは父親の方のタナカもよくやっていたミスだ。むしろ父親の方がひどいだろう。なにしろクイズみたいな形式で喋っている途中で切れたと思ったら、翌日からは違う話をしやがるのだ。昨日の話が気になって仕方ないだろうが。


『ええと、はい。

 昨日の話は食事の感想でしたね。

 実は今日も同じ宿に泊まっていまして、珍しく連泊です。ですので、まずは昨日の料理の感想からいきたいと思います』


 おお?

 これはちょっと珍しいパターンだ。


 タナカの息子は基本的に同じ場所に連泊しない。

 理由はよく覚えていないが、確か色々とやることがあるというのと、同じ場所に泊まる用事自体があまりないのと、本人が同じ場所にじっとしているのが苦手という散々な理由だったはずだ。


『今朝までは出発の予定だったのですが、どうもこの近辺で大規模な山狩りを行って冬の保存食に使う肉を確保するらしく、街道が封鎖されていました。

 行商人が稀に使う、古い山道の方なら通れると聞いたのですが今回は無理をすることもないかと思いもう一泊することにしました。

 たまたまですが、昨日の放送でお送りできなかった料理と合わせてこちらの宿で食べられる他の料理の味も見てみたいと思いまして』


 お? これはもしかすると普通に旨かったのかもしれないな。


 タナカの息子はそれなりの美食家というか、わりと旨いものに目がない。

 グルメチャレンジをするような男だから悪食かと思えば、旨いものはきちんと旨いとハマるらしい。


 もっとも比較対象が父であるヒーロー・タナカしか居ない上、こちらは実際にその料理の味を体験できるわけではないから本当にそれが旨いのかどうかは知る由もないけどな!


『では、まずは昨日言いかけていたマイコニドのスープからお伝えしたいと思います。


 マイコニドのスープは、乾燥させたマイコニドを水から煮立たせてダシをとったものに塩、干し肉で味付けした後、刻んだマイコニドを炙ったものを入れて作ったスープでした。

 味の方は濃厚ですがあっさりしていて、舌に残らないけれど喉を通り抜ける際にはしっかりと旨味を感じる素晴らしいものでした。

 エルフ豆のパンは、パンに蒸したエルフ豆を混ぜ込んで焼いたものでして、このエルフ豆のおかげかパン自体が柔らかくて非常に美味しかったです。


 ただ残念な事に、エルフ豆がとても腐りやすいので持ち運びには向いておらず、宿の常食として使用する分には問題ないけれど旅の糧食には向いてないと言われてしまいました。

 なので、ここでしか食べられないならと銅貨3枚でもう一個おかわりしてきました。ちょっと高いですが、ここでしか食べられないなら仕方ないですからね』


 こいつは父親のせいか、どうにも日本人的というか。限定商法に弱いのはあまりよくない傾向だな。しかし聞いている方としては面白い。いいぞ、もっとやれ。


『それとマーダーグリズリーのステーキですが、こちらはすごい分厚いステーキ肉をワインとガーリックや香草に果物と一緒に漬け込んだものを焼いて、それらの汁からソースを作ってかけたものでした。


 正直、マーダーグリズリーの肉というだけで若干食わず嫌いをしてしまうところでしたが、これは意外なまでに美味しかったです!

 柔らかく漬け込まれた肉は厚みのわりにスッと歯が通り、パンに挟めば噛みごたえと満足感がずっしりと増し、濃いめの味付けがとても合います。

 添えてあるソースも甘味の中に苦味と旨味が合わさり、塩の加減も絶妙で、銀貨1枚と銅貨2枚という高値も納得の味でした』


 おおう……思った以上に散財してなさった。というか宿の食事と聞いていたが、どうも話を聞いている限りでは別料金のようだな。


 というか、もしかしてこの流れは。


『正直、ここの料理を舐めていました。

 ここまで美味しい料理は久し振りです。母の作ったハンバーグ以来の驚きに近いものがあります。あちらは違う意味での驚きですが。


 というわけで、本日も頼んでおきました!


 ミリタリーアントのフライに、肉食イナゴの炒め物、ブルースライムのゼリーとライスです!』


「うわぁ……」


 こいつやりやがった。


 この「ここの料理は旨かったから、他の料理も全部旨いはずだ」という発想。


 そして「聞いたこともない料理もあるが、それこそ誰も知らない珍味、美味であるに違いない」という思い込み。いいぞもっとやれ。


『虫食はあまり好まないのですが、長い旅や過酷な環境では貴重なタンパク源でもありますし、食わず嫌いはよくありませんからね。


 では、まずはミリタリーアントのフライからいってみたいと思います』


 とりあえず酒とつまみを片付けて、なるべく食べ物を口に入れないようにしておこう。

 万が一の時に巻き添えを食うのはごめんだからな。


『ではいただきます。はぐっ。

 ……ボリ。ガリ……シャリ……ゴリ……』


 静かなラジオ放送に、違和感たっぷりな異音が響く。これ、食事の音なんだぜ。


『おぉぅ……これは……ジャリッ…

 なんというか……前衛的な味ですね。


 石のように固いミリタリーアントの甲殻が下ごしらえによって“多少”柔らかくなっていて、噛む度に口の中で衣に包まれた殻と身が混ざり合い……味は、悪くないんですが……』


 なんとも言い難そうな感じだが、実際何とも言い難いのだろう。未だに聞こえる咀嚼音は、こっちまで卵の殻を噛み砕いてるような気分になる。


『やはり……獣人の方々向け、というのは本当だったようですね。これは人種向けではないというか、顎が痛くなりそうです』


 というか、獣人向けのものを出させたのか。

 いくら珍しいからといってそれは間違いだろう。世の中には嗜好や得手不得手があり、人間には獣のような強靭な顎や牙がないのだから。


『注文をした際に宿の主人、料理を担当している方が何度も確認してきた理由が分かった気がします。

 ですが、何事も挑戦ですからね。

 知らないままでは、これはやはり人種向きではない、という感想も言えませんし言ったところで信頼性に欠けます。


 やはり放送は真実を伝えなければならないのですから。訳知り顔で、食べたこともないものの味を言うような人間にはなりたくありませんし。


 というわけで、こちらは後で完食するとして、次にいってみましょう!』


 随分と立派な感想だが、実際にやっているのは犬用のドッグフードを食って「やっぱりこれは人間用じゃないですね」と言ってるようなものだからちょっと馬鹿っぽいな。


『では次は肉食イナゴの炒め物です!


 これはもう見た目の問題でしょう。

 どうみても虫です。

 しかも肉食です。


 確か父の話では、地球にもこの『イナゴ』がいるという話を聞きました。

 そちらのイナゴはこちらと多少違うと聞きますが、こちらのイナゴもかなり厄介です。

 群れ、集団は数百匹の単位で発生し、多い時には万を超える大群が空を埋め尽くして大挙してきます。

 そしてその名の通り、あらゆる生物の肉を喰らい尽くして次の獲物を狙うのです。


 こいつらの悪質なところはその悪食で、ゴブリンからオーガ、人間はおろかオークだろうが、ワイバーンくらいまでなら食べてしまうことさえあるのです。


 そんな厄介なイナゴですが、弱点もあります。


 こいつらは霧に雷を混ぜた<雷霧>の魔法に弱く、広範囲に展開した雷霧に飛び込ませれば一網打尽にできるのです。


 そういった理由で、大量に得られたイナゴをどうするかは各地の領主の間でも頭を悩ませる問題でしたが、さて。味の方はいかがなものか』


 サリッ。シャク……シャク……サリッ…


 歯応えのいいクラッカーでも食べているような音が響く。これ蟻の時も聞いたな。


『えっと、そうですね。

 これは……おかずではないですね』


 おや? 思ったよりも好感触? というか何か予想外のものを食ったような反応だ。


『炒め物、と聞いていたので塩っ辛いイメージだったのですが、これはどうやら蜂蜜のようなものと砂糖…?水飴?のようなもので絡めて炒めてあるようです。

 なので、とても甘いですね。シャリシャリしてるのは脚だと思うのですが、特に固いというわけでもありません。

 悪くない。ええ、悪くないです。ですが、これはデザートの一種ですね』


 ほほう。

 佃煮のようなイメージだったが、それよりも甘いらしい。


『次はブルースライムのゼリーです。


 ゼリーというか、もともとスライム自体がゼリー状なのですが。


 ぷるぷると震えていて、とても涼しげです。ですが、まあ。


 スライムは粘液状の生物で、基本的には物理攻撃が意味をなさず、火炎も氷結も致命的ではなく、核になるようなものがあるわけでもなく。触れれば溶解させられる厄介な相手です。


 ですので、こうして見ていてゼリーと聞いていても、どこか身構えてしまう自分がいます。


 ええ、こうしてしても埒があきませんし、また放送が途切れても面白くありませんからいきますね。いただきます!


 ……おお』


 なにやら感動したような反応だ。これはアタリを引いたらしい。


『これは……新感覚ですね。

 ひんやりと冷たいゼリーなのですが、歯を押し返す弾力があります。

 それなのに噛み切ってしまえばつるんとした喉越しで、さっぱりとした甘味にほのかなミントの香りが混じっていて、とても爽やかです。胃の中で胃液とスライムの溶解液が中和しあっているということもなさそうです。


 ええ、これはとても美味しいですね。


 夏に食べたかった、という思いが非常に強く脳裏をよぎるのですが』


 そりゃあ、その感想だとそうなるだろうな。というか寒いからこそ用意できるんだろうが、用意できたものは夏に欲しいもの、というのはジレンマだろう。冷蔵庫の普及が待たれる。


『ああ……これは、色々ありましたが非常に美味しかったで……ああっ!そういえばライスを忘れていました。


 えっと、ライスは……ライスですね』


 そりゃそうだ。


『ハムッ、ハフハフ……


 ライスです。


 炊いた米、ですね。

 一部地域ではパンの代わりに主食として食べられており、父もよく食べています。

 地球の方々は主食がライスという話も聞きましたが、父はあまりこだわらないのでその辺りを聞いたことがありますが『俺はパン党だから』と言われました。

 地球の方にもパンが主食の方もいるというのは親近感がわきますね。


 ということで、本日の放送はここまでにしたいと思います。


 本日もありがとうございました』



 カチャカチャとライスを食べるような音がゆっくりとフェードアウトしていく。


「向こうでのライスのポジションがイマイチ分からねーんだよな」


 さっきも言ってたが、父の方のタナカはパン党らしくて日本出身だというのにそれほど米に拘らないので、ラジオ放送をしている時はだいたいパンを食っていた印象がある。

 ライ麦パンだの小麦のパンだの黒パンだの、パンの感想はよく聞いた。地域ごとに特色があるとか、パン職人はパン職人ギルドに登録していて、それ以外がパンを焼くと非常に面倒なことになるとか。


 まあ、とりあえず虫食が思ったよりもひどくならなくてよかった、ということで今日のところは締めておこう。


 ……しかし、蟻にイナゴか。


 こっちでも食べる奴はいるが、向こうの虫も似たようなものなんだろうか。


 俺が異世界に行ったとして、食べるものが虫しかなかったとしたら……


「あー、それでも食えそうにないわ」


 仕方ない。


 俺は異世界に向いてない。


 仕方ないから明日の土曜日は旨いものでも食べにいこう。ステーキのくだりは旨そうだったし、それでいいか。ガーリックステーキを食べたばかりのような気もするが、なに、気のせいだろう。


「キノコのスープも悪くないな」


 こっちは旨いものがたくさんある。

 もしもタナカの息子がこっちにきたら、何か食べさせてやるのも悪くないかもしれない。

 ネットかなにかでゲテモノ料理を探すか、ちゃんとした旨い料理屋を探すか。


 考えるだけだが、それもまた楽しいものだ。





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