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こちら異世界放送局  作者: 21号
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3話

「うー、寒い寒い」


 日曜日ということで、久し振りに会う友人と食事でもと思ったのが間違いだったのか。

 ちょっとした軽食のつもりで入った喫茶店で、2年振りに会った友人……いや、もう知人でいいか。

 知人に選挙運動されるとは思わなかった。

 しかも、どこそこがいいとか、これからの日本についてとかじゃなく、ひたすらに悪口と嫌味だけを連ねられたので、せっかくの日曜日だというのにずっしりと肩が重くなってしまった。


 本当ならちょっと食事した後に趣味のカラオケでも思ったのだが、そんな気分でもなくなったのでさっさとお別れしてきた。〆はソっとアドレス帳の削除だ。


「はぁ……今日はもう寝ようかな」


 とは言うものの、こういう気分だと寝るに眠れない。

 こういう時、野球選手みたいなスポーツをやっているプロの事を思い浮かべる。

 いつだってパフォーマンスを発揮するために、日常的に行っている事を常に繰り返すことで精神状態をフラットに戻す。ルーティーンというやつだ。


 そこで頭に浮かぶのは、やっぱりラジオしかない。


「うん。これが俺のルーティーンだな」





『こちら異世界放送局です。


 こんばんは、地球のみなさん。

 パドゥキア王国歴613年10月15日の放送を始めます』


 午前0時頃、日付が変わる頃に始まるこの放送が俺にとっての日常の象徴だ。パーソナリティーとしては安定したリスナーよりも、ラジオ放送の電波を逆探知できるような人が欲しいようで、そんなことが出来ない俺が広めるつもりもないというのが何ともな話だが。


『本日はノトス領での仕事が一段落したので、コタツの取引をした貴族のいる隣領にきています。


 こちらの伯爵閣下がコタツを所持しておられたのですが、やはりコタツは素晴らしいですね。伯爵閣下も本当は南の新領地に持ち込みたかったようですが、残念ながら伯爵夫人はこのコタツを少々お嫌いのようで、泣く泣く手放すことにしたそうです。


 貴族というのは面子や体面を重んじる方が多いのですが、伯爵夫人はその例に漏れないお方で、流行りの北方ではともかく、温かい南方でコタツを持っているというのは少々体面が悪いということもあってコタツに否定的だそうです。

 その他にも、靴を脱いで足を入れるというのが苦手とも聞きました。確かに妙齢の女性が素足で、というのは少々難しいかもしれません。


 そういえば地球の方々はこのコタツに入る時、正面を<神座>と言って一番偉い神の為に空けておき、その左右に家長や長男が入り、向かいに母や娘や次男以降が入るそうですね。コタツの作法は厳しいですが、神を敬うその姿勢は地球もこちらも変わらないと、親近感がわきますね』


 なんか色々混じってるしかなり違うが、これが一方的に聞くだけのラジオというのが悔やまれる。ツッコみたいのにツッコめない。


『それとこちらの伯爵領は大峡谷から離れた山々が広がり、そこから流れる清らかな水をたたえた川があるそうです。

 そちらの川では、父が発見して広めたという<ワサビ>なる野菜がとれるそうです。

 冷たくて綺麗な水でしか育たないという、とても不思議で清らかな野菜は父のお気に入りだそうで、よく取り寄せていましたが、私にはまだ早いといって食べさせて貰ったことがありません。


 ですが今回、伯爵のご厚意で用意していただきました!』


 おっと。すでに嫌な予感しかしないな。飲み物を口に含むのはやめておこう。


『一見すると木の根のような野菜ですが、きれいな水でしか育たないというのでとても期待しています。きっとみずみずしく、もしかしたら甘いのかもしれません。父は意地悪なので、私に甘味をほとんど食べさせてはくれませんでしたから。


 最初はサラダにして食べるのが一番味が分かるかと思ったのですが、伯爵がわざわざ調理して御用意くださるというので、申し訳ないとは思いつつも厚意に甘えさせていただきました。

 練った小麦の粉で丸めた<ワサビ玉>という料理らしいです』


 おおっと?

 これは伯爵サマ、コタツを譲ることになったのが悔しくて八つ当たりしてるのか?

 もしかしたら向こうではそういう食べ方がポピュラーなのかもしれないけど、なぜか伯爵の意地の悪い笑い声が聞こえてくるような気がするぞ。


『ということで、甘い食べ物にはお茶が合いますから、少し濃い目の茶を淹れてきました。

 本当は紅茶が好きなんですが、私の地元ではニホン茶が最も生産されているのでこちらに慣れてしまいました。


 地球では、官民問わずほぼ全ての民がこのニホン茶を飲んでいるそうですね。

 確かにこれは食事時、休憩、夜会にと、時と場所を選ばないので分かる気がします。

 とはいえ、私ははちみつをたっぷり入れた紅茶の方が好きなのですけれどね。


 では、そろそろワサビ玉をいただいてみます!

 ハム ッゴフォ!!!ッッカァァァァ!!!マァァァァァ!!ハァァァァァ!!ホォァァァァァァ!!』


 ガン、ゴン、ドタンバタンと暴れるような音が続いたと思えば、『熱い!』という叫びが聞こえる。おそらくワサビの辛さを中和する為にお茶を一気飲みしようとしたのだろう。


「しかしスゲェいいリアクションだな」


 のたうち回っている、というのが音だけで分かるというのがまた凄い。

 いつもの少年らしい高い声がさらに高音を響かせながら、猿の鳴き声のように甲高く咆哮をあげて暴れてるのが分かる。




『……ハァーッ、ハァーッ…


 し、失礼しました……


 いえ、このワサビ玉というのは、その……


 わ、私にはまだ早かったようです。


 ですが!

 小麦の皮が破れた瞬間に鼻を抜けた爽やかな香りはまさに澄んだ水に冷やされたかの如く。

 通り抜ける辛さは極寒の地において生きる命の厳しさ、舌を突き刺すようなこの辛さはマスタードとは違うものを感じました。

 甘みは……私の勘違いでした。というか、誰も一言も甘いだなんて言っていませんでした…


 それにしても父はこの事を知っていて黙っていたのでしょうか。伯爵はきっと普段から食べ慣れているので気にもならなかったのでしょうが、父はワサビ玉の発祥である地球から来た人間ですから、知っていたはずです。

 にも関わらず、私がこれを甘味と勘違いしていることにも何も言わずにそのままでいたのは絶対に嫌がらせでしょう。あの男ならばやりかねません。


 ……ふぅ。

 お騒がせしました。


 少々予想外な事がありましたが、本日の放送もこれで終了とさせていただきます。


 ワサビに関しては、もうちょっと食べやすい食べ方がないか伯爵閣下に聞いてみようと思います。もしなければ……またいつか、私がこの味を美味しいと思えるようになる頃に、また挑戦したいと思います。


 それでは、本日もありがとうございました。



 ……うひぃ、まだ舌がぴりぴりするよ…』


「聞こえてるぞー」


 最後が締まらないのもよくあることだ。


 しかしワサビ玉か……こっちの方でもそんな食べ方をする地方があるのだろうか?

 ……何となく、そういう真っ当な理由の食べ方じゃなく、単に伯爵の嫌がらせという線で考えてしまうのはワサビ玉というインパクトのせいか。


 実際のワサビ玉はどんなサイズだったんだろうか? ラジオではそこまで分からないのが少々残念だ。

 前パーソナリティーの親父さん、地球出身のヒーロー・タナカはその辺りも考えて『だいたいコーヒー缶くらい』とか『2リットルのペットボトルを2つ立てて並べたくらい』みたいな表現をよくしてくれたが、まだ息子にはそこまで期待するのは早いようだ。


 そんな風に笑っていたら、今日のつまらない出来事が嘘のように忘れてしまっていて、俺はそのまま心地よく眠りにつくことが出来た。



・・・残念だったのは、月曜の朝から政見放送なんぞを再放送しており、それを見てしまったせいですっかり思い出して億劫になってしまったことだが、それはもう仕方ないことだと思って諦めるしかないだろう。


「はぁ……俺もまだまだ大人になりきれてないって事だな。ワサビ玉は口に合いそうにない」


 クスッと思い出し笑いをして、さて、今日もお仕事がんばるか。


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