19話 Halloween
「電話のかけ方が分からないのよ〜」
なんていう“電話”がかかってきた今日は、思ったよりも痛みが引いてきたからそろそろ呑んでもいいんじゃないか?なんて思える一日だった。
実際には夕飯に用意したコロッケをかじるだけで、揚げたての衣がトゲのように刺す痛みを齎すのでとてもじゃないがまだまだダメなんだろうが。
「あー、呑みてえなあ」
酒が呑みたくなるから塩辛いものを控えようと、今日はスポンジケーキに生クリームとバナナの入ったスイーツを切り分けてもぐもぐと食べている。
甘いものは嫌いじゃない。むしろ好きな方だが、夜になると酒のお供にはならないと思ってあまり食べることがなかった。ここぞとばかりに食べているが、こうしていると酒を呑んでいるときよりもずっと太りそうな気がしてならない。
「こういう時はやっぱりラジオを聞いて気を紛らわすのが一番だな」
『こちら異世界放送局です。
こんばんは、地球のみなさん。
パドゥキア王国歴613年10月31日の放送を始
めます。
本日は領都で噂になっていた行事に参加するため、各地の孤児院や子どもたちのいる家を回ってきました』
ん?
ああ、そういえば今日はハロウィンだったか。
向こうの世界ではハロウィンなんて無いんだろうが、誰かが広めたイベントとやらで子どもたちに食糧やお菓子を配って回る行事になっているとか聞いたな。
ハロウィンと違って、子供たちがお菓子を求めて練り歩くんじゃなくて子どもたちの元へ配りに行くというのが違うところだが、向こうの世界じゃ物乞いが食べ物をねだるのなんて珍しいことじゃないからな。
『いくつかの孤児院を回ってきたのですが、既に貴族の方が施しをしていたようで、子どもたちは非常に幸せそうにパンやお肉にチーズなどを食べていました。
貴族の方々が権威付けに施しをして回るのを聞いて、それを狙って後から孤児院などを襲う賊などが出ないとか心配していたのですが、そういったものに施しが奪われるというのも貴族にとっては顔に泥を塗りたくるような侮辱に該当するらしく、今日一日は警備の兵がついているそうで安心しました。
私も同じく用意しておいた食糧を配っておきました。
私からは保存の利く干物や酢漬け、それと岩塩を贈っておきました。
生活に塩は不可欠ですが、他の食料品などに比べてどうしても塩は高くついてしまいます。
もちろん胡椒などの香辛料に比べる事はできませんが、それでも質の悪い岩塩を高いお金を出して買うというのも孤児院では難しいでしょうからね。
こちらの伝手で用意できるものの中では、値段的にはお手頃かつその中でも質の良いものを集めたつもりです。
それなりに費用はかかりましたが、町から町へと渡り歩く行商人のような生活ですから、町全体が潤うためにはまず民が元気で働けなければいけません。
孤児院の子どもたちだって元気に育って大人になれば働きに出ることができます。
そうすれば町はまた潤い、その連鎖はいずれ国を潤わせることでしょう。
なんて、父の受け売りですけれど』
立派なもんだ。
それに比べてこっちの世界じゃ、若いものを叩いて潰す文化が根強いせいで未来がいまいち明るくない。もうちょっと楽しい社会であってほしいもんだ。
『他にも、この町で知り合った方の子供にもわずかばかりですが贈り物をしてきました。
個別に家々を回るというのは少々大変なので、普段寄らせていただいている食堂などに集まっているところにまとめて贈らせていただきました。
それとスラムの子供たちですか。
どこの町にもスラムはありますが、この領都にもそれに該当する地区があります。
その地区には孤児院がなく、孤児たちや浮浪児たちが軒を連ねている場所を伺ってきました。
彼らは孤児院と違い、宗教にも関与していないので貴族からの施しも特にありません。
個人的な何らかの繋がりでもあれば別ですが、そういうことも特にないでしょう。
ですから、今回は私からスラムの子供たちに食糧やお菓子を配っていきました』
スラム街というのは名前だけは聞いた事があるが、実際にそこまでひどいスラムというのはこっちの世界じゃ見たことがない。
最近はそれなりに治安も良くなってるし、浮浪者たちの管理もわりと厳しくされているらしい。
一昔、二昔前にはホームレスを狩りの対象にするというホームレス狩りなんてのもあったが、今ではそんなことは……滅多に聞かない。
『ですが、やはりスラムはさすがですね。
スラムに食糧やお菓子を持って入ったのですが、あっという間に囲まれて身ぐるみをはがされそうになりました。
腕っ節には自信がないのですが、念のためにと装備しておいた魔道具で身を守りながら敵対意思がないことを伝えて、子供たちに食糧を配ってくるのはなかなか大変でした。
なにせ貴族が関与していないということは孤児院のように衛兵がつくわけでもないので、食糧を渡してはい終わり、というわけにはいかないのです。
彼らスラムの住人は飢えています。
そこに食糧や嗜好品などを持った子供がいるとすれば、子供狩りが起きてもおかしくありません。
ですので、私はまず子供たちを集めて秘密裏にプレゼントを施すつもりでした。
ですがそれも失敗でした。
今日という行事を知っていたスラムの人間にとっては、子供たちが集まるというだけで何が行われているのか理解してしまったんでしょう。
こっそりと後をつけてきた人間が、スラムの子供たちに施しをしようなんていう奇特でお人好しな金持ちを襲って金を奪おうとしないはずがないのですよね。
結局、そいつらも全滅させた上で、知り合いの人の良い冒険者などに声をかけて安全強化の見回りをしてもらうくらいしか出来ることはありませんでした。
ですが、食糧を受け取ったスラムの子供たちは今まで見たことがないような笑顔でそれを受けとり、美味しそうに食べていました。
それを見れたから、今回の件の収支は個人的にはプラスだったと思います』
サラッと話しているがとんでもない話だ。
『それから夕刻までは、行事の影響か賑やかな町の中を歩いて観光してきました。
なんにせよ、行事が終わりましたので明日には出発しないといけませんからね』
そうか、もう領都を離れるのか。
もう、とは言ったがタナカの息子にしては長居した方だ。これは個人的に、コイツが楽しそうだからもっとゆっくりしていればいいのに、という気持ちが混じっているのかもしれない。
『実に楽しい日々でしたが、次の町に向かわねばなりません。
今回は行事の関係でやってきていた商人などが町を出入りするために時間がかかると思われるので、明日は早めに宿を出ようかと思っています。
というわけで、本日の放送はこれまで。
みなさん、ありがとうございました』
やや急いだ感はあるが、綺麗に終わらせた放送に疲れや呆れではない溜息をついて前を見る。
楽しくてもやらなきゃいけないことはやらなきゃいけない。
「我慢するときは我慢しねーとなあ」
酒もそうだ。
歯痛に苦しむ俺が我慢できずに呑んでしまったら、その後始末を誰がする。
我慢して、その後に呑む酒がうまいんだ。
なんだか話が脱線していた気がするが、そんな事も関係ない。俺は少しだけ深呼吸したあと、明日に向けて早めに寝ることにした。
「電話のかけ方が分からないのよ〜」
なんていう“電話”がかかってきた今日は、思ったよりも痛みが引いてきたからそろそろ呑んでもいいんじゃないか?なんて思える一日だった。
実際には夕飯に用意したコロッケをかじるだけで、揚げたての衣がトゲのように刺す痛みを齎すのでとてもじゃないがまだまだダメなんだろうが。
「あー、呑みてえなあ」
酒が呑みたくなるから塩辛いものを控えようと、今日はスポンジケーキに生クリームとバナナの入ったスイーツを切り分けてもぐもぐと食べている。
甘いものは嫌いじゃない。むしろ好きな方だが、夜になると酒のお供にはならないと思ってあまり食べることがなかった。ここぞとばかりに食べているが、こうしていると酒を呑んでいるときよりもずっと太りそうな気がしてならない。
「こういう時はやっぱりラジオを聞いて気を紛らわすのが一番だな」
『こちら異世界放送局です。
こんばんは、地球のみなさん。
パドゥキア王国歴613年10月31日の放送を始
めます。
本日は領都で噂になっていた行事に参加するため、各地の孤児院や子どもたちのいる家を回ってきました』
ん?
ああ、そういえば今日はハロウィンだったか。
向こうの世界ではハロウィンなんて無いんだろうが、誰かが広めたイベントとやらで子どもたちに食糧やお菓子を配って回る行事になっているとか聞いたな。
ハロウィンと違って、子供たちがお菓子を求めて練り歩くんじゃなくて子どもたちの元へ配りに行くというのが違うところだが、向こうの世界じゃ物乞いが食べ物をねだるのなんて珍しいことじゃないからな。
『いくつかの孤児院を回ってきたのですが、既に貴族の方が施しをしていたようで、子どもたちは非常に幸せそうにパンやお肉にチーズなどを食べていました。
貴族の方々が権威付けに施しをして回るのを聞いて、それを狙って後から孤児院などを襲う賊などが出ないとか心配していたのですが、そういったものに施しが奪われるというのも貴族にとっては顔に泥を塗りたくるような侮辱に該当するらしく、今日一日は警備の兵がついているそうで安心しました。
私も同じく用意しておいた食糧を配っておきました。
私からは保存の利く干物や酢漬け、それと岩塩を贈っておきました。
生活に塩は不可欠ですが、他の食料品などに比べてどうしても塩は高くついてしまいます。
もちろん胡椒などの香辛料に比べる事はできませんが、それでも質の悪い岩塩を高いお金を出して買うというのも孤児院では難しいでしょうからね。
こちらの伝手で用意できるものの中では、値段的にはお手頃かつその中でも質の良いものを集めたつもりです。
それなりに費用はかかりましたが、町から町へと渡り歩く行商人のような生活ですから、町全体が潤うためにはまず民が元気で働けなければいけません。
孤児院の子どもたちだって元気に育って大人になれば働きに出ることができます。
そうすれば町はまた潤い、その連鎖はいずれ国を潤わせることでしょう。
なんて、父の受け売りですけれど』
立派なもんだ。
それに比べてこっちの世界じゃ、若いものを叩いて潰す文化が根強いせいで未来がいまいち明るくない。もうちょっと楽しい社会であってほしいもんだ。
『他にも、この町で知り合った方の子供にもわずかばかりですが贈り物をしてきました。
個別に家々を回るというのは少々大変なので、普段寄らせていただいている食堂などに集まっているところにまとめて贈らせていただきました。
それとスラムの子供たちですか。
どこの町にもスラムはありますが、この領都にもそれに該当する地区があります。
その地区には孤児院がなく、孤児たちや浮浪児たちが軒を連ねている場所を伺ってきました。
彼らは孤児院と違い、宗教にも関与していないので貴族からの施しも特にありません。
個人的な何らかの繋がりでもあれば別ですが、そういうことも特にないでしょう。
ですから、今回は私からスラムの子供たちに食糧やお菓子を配っていきました』
スラム街というのは名前だけは聞いた事があるが、実際にそこまでひどいスラムというのはこっちの世界じゃ見たことがない。
最近はそれなりに治安も良くなってるし、浮浪者たちの管理もわりと厳しくされているらしい。
一昔、二昔前にはホームレスを狩りの対象にするというホームレス狩りなんてのもあったが、今ではそんなことは……滅多に聞かない。
『ですが、やはりスラムはさすがですね。
スラムに食糧やお菓子を持って入ったのですが、あっという間に囲まれて身ぐるみをはがされそうになりました。
腕っ節には自信がないのですが、念のためにと装備しておいた魔道具で身を守りながら敵対意思がないことを伝えて、子供たちに食糧を配ってくるのはなかなか大変でした。
なにせ貴族が関与していないということは孤児院のように衛兵がつくわけでもないので、食糧を渡してはい終わり、というわけにはいかないのです。
彼らスラムの住人は飢えています。
そこに食糧や嗜好品などを持った子供がいるとすれば、子供狩りが起きてもおかしくありません。
ですので、私はまず子供たちを集めて秘密裏にプレゼントを施すつもりでした。
ですがそれも失敗でした。
今日という行事を知っていたスラムの人間にとっては、子供たちが集まるというだけで何が行われているのか理解してしまったんでしょう。
こっそりと後をつけてきた人間が、スラムの子供たちに施しをしようなんていう奇特でお人好しな金持ちを襲って金を奪おうとしないはずがないのですよね。
結局、そいつらも全滅させた上で、知り合いの人の良い冒険者などに声をかけて安全強化の見回りをしてもらうくらいしか出来ることはありませんでした。
ですが、食糧を受け取ったスラムの子供たちは今まで見たことがないような笑顔でそれを受けとり、美味しそうに食べていました。
それを見れたから、今回の件の収支は個人的にはプラスだったと思います』
サラッと話しているがとんでもない話だ。
『それから夕刻までは、行事の影響か賑やかな町の中を歩いて観光してきました。
なんにせよ、行事が終わりましたので明日には出発しないといけませんからね』
そうか、もう領都を離れるのか。
もう、とは言ったがタナカの息子にしては長居した方だ。これは個人的に、コイツが楽しそうだからもっとゆっくりしていればいいのに、という気持ちが混じっているのかもしれない。
『実に楽しい日々でしたが、次の町に向かわねばなりません。
今回は行事の関係でやってきていた商人などが町を出入りするために時間がかかると思われるので、明日は早めに宿を出ようかと思っています。
というわけで、本日の放送はこれまで。
みなさん、ありがとうございました』
やや急いだ感はあるが、綺麗に終わらせた放送に疲れや呆れではない溜息をついて前を見る。
楽しくてもやらなきゃいけないことはやらなきゃいけない。
「我慢するときは我慢しねーとなあ」
酒もそうだ。
歯痛に苦しむ俺が我慢できずに呑んでしまったら、その後始末を誰がする。
我慢して、その後に呑む酒がうまいんだ。
なんだか話が脱線していた気がするが、そんな事も関係ない。俺は少しだけ深呼吸したあと、明日に向けて早めに寝ることにした。