1話
『こちら異世界放送局です。
こんばんは、地球のみなさん。
パドゥキア王国歴613年10月13日の放送を始めます。
本日はパドゥキア王国北方領、ノトスからお送りしています。
ノトスは寒冷な気候に、悪竜ヴォルドノスと賢者ボランキオの死闘の末に割れた大地が隆起して生まれたという大峡谷から吹きすさぶ毒と氷の風は生きとし生ける者全てを拒絶するかのような死の世界そのものでした。
ですが、そんなノトスにも特産品がありまして、北方領でしか採れないというノトス原産の果物と、冬眠前の熊の肝をすりつぶしたものを混ぜたという肝油を固めたものが人気だそうです。
私も一ついただいてきましたので、ここで味を確かめてみたいと思います』
ラジオ放送にしては段取りが悪く、素人にしては気が利いている。
そんないつものラジオを聞く時、楽しみにしているのがこのご当地グルメチャレンジだ。
本人はそんな名称をつけられているとも知らないし、そういったものがあるとも思えない。だが、聞いているこちらは勝手にそう名付けて楽しみにしていた。
『ふむ……食感は、固めに作ったゼリーのような……オエッ!
な、なんです、この苦味!? こ、これ内臓の味ですか!? グエェ……苦い』
しばらくの間、パーソナリティーが嗚咽するのを聞いている。まだ幼い少年のような声が泣きそうになりながらも一生懸命に喋ろうとしているのを聞いているとどこか背徳的な気分さえ感じる。
『ううぅ……ひどい目にあった。
オ、オホン。
えー、この肝油ゼリー? は、どうやら熊の内臓を食べやすいように? 果物で味を整えつつ、果物の汁を混ぜることで固形にしているようです。
・・・正直、苦味がどうにもなってないと思うのですが。向こうの子供たちは美味しそうに食べていたので今回は平気だと思ったのですが……まだまだ世の中には知らないことがたくさんあるようです』
こうして反省した様子を見せるのもいつものことで、どうせ明日になればコロッと忘れて街角のパン屋で作っているゲテモノの新作にでも手を出してまた泣きそうになるのがオチなのだ。
『ああ、それとノトス地方には放送局の電波をお送りする中継基地がなかったので、本日は良さそうな場所を探していました。
悪竜ヴォルドノスの影響か、大峡谷の風が吹きすさぶ場所は毒と氷に包まれていて、大きな熊や蜂のような虫、それに人などが氷漬けになっていました。
毒にまみれた氷というのが非常に厄介で、ああして凍らされているだけなら溶かしてしまえば中のものは助かると思うのですが、あの氷の中は毒の効果でじわじわと命が奪われていくそうです。
かくいう私が見つけた方も、その表情は非常に険しく、見ているだけでこの世の痛みや苦しみ全てを味わったような絶望を感じました。
とりあえず溶かしてみましたが、やっぱりダメだったようで、氷が解けたと同時に遺体が崩れ落ちてしまいました。中身はもうほとんどなくなって氷と水だけになっていたのでしょう』
地味にグロい話もわりと軽めにスルーされるのがこの放送の特徴でもある。
『そうそう、そう言えばもう冬も近いということで、今回は父が遺したとされる伝説の魔道具『コタツ』を販売している店に立ち寄るのがひとつの目的でもありました』
おっ、久しぶりに地球産の話だ。
このパーソナリティーの前担当、父親だという男がかつて地球の知識を元に適当な便利グッズを作ってバラまいたらしいものが異世界の各地に点在しているらしい。
らしいというのは、どうもこの父親は子供にきちんと1から10まで説明するタイプじゃなかったらしく、どんな魔道具を作って何があるのかなどがさっぱり分からず、こうして世界各地を回っては何か見つけて感想を述べていく。
『しかし残念ながら『コタツ』は発見できませんでした……
コタツの販路を担っているという商会には連絡がとれたので、週末には確認できると思います。
至福の空間製造機と言われる『コタツ』。
我が家には、その試作品とも言える『コタツもどき』がありますが、あれは石造りで重い上に天板にまで熱が伝播するので非常に使いにくく至福とはとても呼べないものなので、実はとても期待しているのです。
おっと、そろそろ時間が来てしまったようです。
魔石の魔力が尽きる短い間でしたが、お付き合いくださっておられる方がいらっしゃいましたら、お付き合いありがとうございました。
また明日、同じ時間に放送いたします。
それでは、おやすみなさい』
「おやすみ」
静かになったラジオから、また砂嵐の音が聞こてくる。
彼いわく魔石ひとつが尽きる時間。
それがラジオの放送時間。
毎回同じではないが、それもまた楽しみのひとつだ。
「さてと。明日もがんばるか」
明日は肝油ドロップでも買ってみようか。
そんなことを考えながら、俺は夢の中へと落ちていった。