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こちら異世界放送局  作者: 21号
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18話 歯の痛みは我慢できない痛み


「クソ……痛えな……」


 不定期に訪れる鈍痛に顔を顰めつつ、俺は酒も呑めない状況に舌打ちする。


 ことの起こりは友人たちと焼肉を食べに行った時の事だろうか。

 調子に乗って頼んだ鳥の軟骨が思ったよりも細かく、まとめて口に放り込んで噛み砕いたと思ったのだが、たまたま運悪く欠けていた歯に衝撃を与えてしまったらしく、ぱきりと割れてしまったのだ。


 そう、つまり俺は歯の治療の痛みに耐えていた。


 砕けた歯は根っこから派手に割れており抜かざるを得ず、その治療の結果、今日を含めて2日ほどは酒が呑めなくなってしまった。


 これには俺も参った。


 この程度で仕事は休めないが、仕事で疲れた体と心を優しく癒やしてくれるアルコールたちが摂取できないのはもはや拷問に等しい。


 かといってこのまま歯を放置していれば大好物のジャーキーやあたりめといった固い肴たちを二度と食べられなくなってしまうかもしれない。


 永遠の喪失と一時の我慢を天秤に掛けた結果、我慢する方を選んだはずだったが魂がアルコールを求めてしまうのは仕方のない事かもしれない。


「うう……我慢だ、我慢…」


 どうせ手元にあれば我慢が利かなくなってしまう気がしたので、現在アルコール類は我が家に置いていない。

 元々あればあるだけ呑んでしまうので、買い置きはせずに買った分を呑むようにしていた。買わずに帰ってくればこうなるのは分かっていたからだ。


「ちくしょう……早くラジオ始まらねえかな」


 いつもならのんびりと待つラジオ放送も今日は歯痛とアルコールを我慢するための清涼剤か鎮静剤扱いだ。


 そうしていつも以上に気もそぞろに待っていると、ようやく砂嵐の向こうに音が聞こえてくる。



『こちら異世界放送局です。


 こんばんは、地球のみなさん。

 パドゥキア王国歴613年10月30日の放送を始

めます。


 本日は領都ブリガンディアに流通する商品の数々をご紹介したいと思います』


 そういえば昨日の最後にそんな事を言っていたな。

 歯痛に悩み、食べたいものも飲みたいものもろくに口にできない俺としては旨いものの話をされるよりもよっぽどいい。タイミングがいいのはありがたい。


『領都にはいくつかの市場がありまして、それらは誰が言い出したわけでもなく自然に取り扱う商品ごとに分かれて広がるようになりました。


 まず最初に訪れたのは、平民の日用品を扱う出店の多い木工品市場です。

 食器、家具などの木工品を作る職人の中でも駆け出しといわれる若者たちが作ったものを主に取り扱っている市場ですので、商品の質はかなりまちまちです。

 その代わりと言ってはなんですが、ここでは値段が安い商品が多いの平民のみんなはよく利用しています。

 平民にとって食器や家具は安い買い物ではありませんが、かといって買わずに済むものでもありません。

 そこで彼らはこの市場で品定めをし、それなりに良い商品を扱う駆け出し職人がいる工房に目をかけます。


 駆け出し職人自体が腕を上げてくれたり、もしくは所属する工房の腕利き職人の試作品などを安く売って貰えれば、それは家族で受け継ぐ大事な財産にもなります。

 そうやって彼らは家具や食器を大事にするのです。


 駆け出し職人が作る家具の中には、あまり良くない木材を使用していてすぐに腐ってしまうものや、作りが甘く壊れてしまうものもあるので良し悪しではありますが。それでも高くて銀貨1枚ほどの家具であれば我慢できるというのが平民の意見でしょうね』


 家具は一生モノというイメージもあるが、同時に現代日本では引っ越しの度に買い替えたりするイメージもある。

 この辺りは戦後日本の使い捨てが美徳という謎の主義主張の印象がつきまとっているのかもしれない。


『ちなみにですが、工房を構えているような腕利きの職人はもちろん市場に出品したりはしません。

 ですので、高級家具を求めるような貴族は市場に現れることはありません。

 この辺りは母が話してくれた事がありますが、かつて父は「掘り出し物を求めて貴族なんかが来るかもしれない」と思っていたらしいのですが、平民と同じ場所で品物を探すような貴族はいませんからね』


「ぷっ」


 変な所にロマンを求めるというか、慎重に見せかけた空想癖というか、その辺りがタナカらしい。本人が言っていたことは無かったような気がするから、おそらくは黒歴史──なかったことにしたい恥なのかもしれないな。


『私も木工品市場で物色していたんですが、実家の商会で調達した食器の方が質が良く、現在も問題なく使用できている上に予備もあるので今回は遠慮しておきました。


 それから木工品の中でも日用品ではなく工芸品を扱う方の出店も見てきたのですが、ああいった芸術品に関しては……私には分からないので、なんとも言えませんでした。


 次の目的地にしたのは布雑貨を扱う市場です。


 領都は流行の発信地ではないですが、流通の拠点ということもあって流行が届くのも非常に早いので平民であってもその辺りは変わりません。

 ですが平民にとっては流行よりも、いかに安く手に入れるかが大事であることがほとんどです。

 布雑貨市場に売りに出される商品は大部分が近隣の住人、女性方が作ったものです。

 服飾ギルドなどが関与していないので非常に安く仕入れられるのが魅力ですが、あくまで一般の平民が冬の手仕事として作ったようなものが主なので、質は低いものが多いです。


 ですが、領都なので流行には敏感ですから、素材や作り方に関してはよく情報が回っています。なので、余所の村々で作られているような布よりも良いものが見つかることも多いと言われています。


 特に質の良い布を織れる事は平民の間では良い伴侶の条件とも言われており──』


「・・・あれ? あ、またかよ!!!!」


 まさかの途中終了だ。

 歯痛を我慢していたのも忘れるほどに驚いてしまった。

 まさかこんな短期間でやるとは思わなかった。


「あー……アイツも抜けてやがるなあ」


 つい笑いが漏れる。

 困ったことに鈍痛が歯に走るが、それでも笑いが止まらない。


 今度の途中終了はどんな謝罪をしてくるのか。


 明日のタナカの息子の反応が楽しみだ。

 この楽しみがあれば、もうちょっと頑張れそうだ。

 火曜日も生きてやろうじゃないか。


 ま、アルコールがとれないってだけなんだけどな

 

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