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リュウレイの誓い  作者: ミニトマト
リュウレイの誓い~後編~

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鍛冶師リュウレイ(21)

「そなた、禁足地のことは存じておるか?」


 村長の問いかけにリュウレイは背後のリュウフォンを見た。気まずい表情でリュウフォンが頷く。二年ほど前に、リュウフォンに誘われたリュウレイは暇つぶしとばかりに東の山奥を空から探索したことがある。その際、今は失われたもう一つの隧道の先にあるという禁足地周辺を見たことが一度だけあった。


 後日、興味を覚えたリュウレイはその足で禁足地の手前まで行った。当然リュウフォンも付き合ってくれたのだがそこは緑濃き森におおわれていた。そして何より長年にわたり人が足を踏み入れなかっただけに、得体の知れない不気味さに包まれていたのだ。


 結局それ以上は進めずに引き返したリュウレイたちだったが、これまでそのことを人に話すことはなかった。


 それを聞いた村長は額に手を当てて、深く息を吐き出した。その様に自分にも思い当たることがあるのではとリュウレイは見て取った。


「やはり若者の好奇心を止めることなど出来はせぬか、これもあのリュウメイの悪い影響だろうな」


「さっきから黙って聞いてるけど、全部うちの義母さんが悪いだけじゃないんだろ?」


 ドスの利いたリュウレイの声に、村長はにやりと笑う。


「それはそうだ、だがリュウメイの後に育ったリコウたちなどは怖いもの知らずでお前さんより手を焼かされたわ! あやつらの親の世代は大分苦労に苦労を重ねた。それを忘れてはならんぞ、歴史は繰り返すというしな」


 いずれお前もそうなるといわんばかりの村長の言葉に、リュウレイは言い返すこともできなかった。


「さて、肝心の話の続きだが禁足地とは我ら北の鍛冶師にとって聖地なのだ。そこは遥か古の時代に初めてこの地で鍛冶場が開かれたところ、姫長様と同じ炎の民、すなわちレゾニア人の鍛冶師たちが住み着いておったところだ」


「やっぱりそうだったんだな。空から見たとき、遺跡のようなものが点在しているのが見えたんだよ」


 リュウレイの言葉に村長は無言でリュウフォンの方を見た。ぺろりと舌を出したリュウフォンに村長は首を振る外なかった。


「まあ、リュウフォンが誘ったのならば仕方あるまい。あの子は姫長様の眼であり耳だからのう。かくいうワシもこの村を旅立つ直前にそのすぐそばまで行った。二度と戻れぬかもしれぬ旅を前に、少しでも故郷を目に焼き付けておきたかったのでな」


「あんたも人のこと言えねえだろ! まあ気持ちはよくわかるけどさ」


 リュウレイが笑うと村長もつられて笑っていた。こうしているとまるで本当に自分の祖父のような気がしてくる。


 ――要は死んだゴウエンさんがうらやましくて仕方なかったんだな、私は。


 鍛冶師となることなく、死んだ村長の孫。その代わりにかわいがられていたとしてもリュウレイはうれしかった。できれば、自分もこの村で生まれ育ちたかったと何度も心の中で思った。けれど、それはかなわぬことなのだ。だからこそ今自分のやるべきことにのみ思いを向けて必死に努力してきた。


 それらは決して無駄ではなく、今のリュウレイを支えてくれている。


「ここまで言えばわかるであろう、鉄がなければ鍛冶場など存在する必要はない。つまり北の地にはワシらの知る鉱脈とは別の、もう一つの古の鉱脈が存在するのだ。お前さんが当てにしているのは、それであろう?」


 リュウレイが頷くと村長はしばし言葉を無くしていた。それだけ重いことであったからだ。


「……わしら人間が炎の民の祖先より、鍛冶の業とその役目を与えられたのはおよそ千年前だ。それは北の地に時の王の一族が領地を与えられたことによる。その王弟は王家の莫大な援助をもとに北の地を開発して、大いなる繁栄の礎を築いた。それがここより遥か東方に栄えた貴族連盟の栄華の都。王弟は北の地の貴族たちに大いなる活力と権力を与えて、評議会を組織した。地方の領主たちも続々とその傘下に入り、北の地の貴族たちは旧王国で並ぶもののない権勢を握ることとなったのだからな」


 その繁栄は千年の長きにわたり、評議会最高議長は三代を数えた。在りし日の繁栄を知る村長は遠い過去を顧みるかのように、昔を懐かしんでいた。


 千年、その間に鍛冶という役割を与えられた人間たちは大いにその技を磨き、求められるがままに鉄器を生み出し続けた。そして、その時開かれた新たな鉱脈は枯渇してしまったのだ。


「だがなリュウレイよ、以前この村にいたレゾニア人の技師、レグナス殿がおっしゃるにはレゾニア人の鍛冶師たちはその倍以上の歴史をこの地で過ごしていたという。それを支えた古の鉱脈が今もあるとは限らんのだぞ?」


 当然の問いかけにリュウレイは強く答えた。


「だからこそ、行くんだよ! そこに何があるのかは、行ってみなけりゃわからない!!」


「無謀極まりないことだな……」


 村長は諦めたように首を振ると、リュウレイに告げた。


「この村を治める役人オルセイ様に相談してみよ。おそらくは無駄だと思うがな。フェリナ様や姫長様の口添えなぞ当てにするな! あの方たちは関係ない、すべてはお前がやることだ。それを忘れるなよ」


「……わかったよ、村長様。ようやく覚悟できた、罰を受けて死ぬならそれまでってことさ」


 リュウレイが笑うと、衣服を直したリュウフォンがふわりとその体にまとわりつく。


「その時は私も一緒、だからね?」


「まったく、お前さんたちには敵わんな……」


 リュウレイたちを見た村長は疲れ切った様子でつぶやいていた。しかしその表情にはどこか満足した感があった。一人、佇むカンショウを見た村長は彼女に笑いかける。


「新顔のお前さんを放っておいてすまんな。しかし、これがリュウレイとリュウフォン。我が村の宝なのだ。お前さんも今日からその中に加わる。手間のかかる娘たちだがよろしく頼むぞ、カン家の娘よ」


「はい、わかりました……」


 リュウレイたちに圧倒されたのか、カンショウは少し気落ちした様子であった。


「話が長くなってごめん、それじゃ私たちは工房に戻るよ」


「リコウにはあとでワシが謝っておこう。それとオルセイ様は今日村におられるはずだ。覚悟していくがいい」


「わかったよ、ありがとう。村長様」


「ありがとうね、おじいちゃん!」


 リュウフォンに抱き着かれた村長はその頭を撫でてやる。しかし、老い衰えた身にはそうしたやり取りもきついのだろう。リュウレイたちが部屋を出るころには再び寝台に横たわるばかりであった。


「やれやれ、どこまでも世話のかかる娘たちだ。だが、最後まで退屈せずに済みそうだわ」


 一人力なく笑う村長を戻ってきたリシンが見守っていた。


「話は終わったのかい?」


「いや、むしろこれからだな。まったくとんでもないことを言い出しおる、リュウレイはリュウメイを超えた大バカ者になるぞ。今に見ているがいい、リシンよ」


「そんなの……、あのリュウフォンがついているんだから当たり前だろうにね!」


「それもそうか、ワハハッ! いや、これは一本取られたわい!!」


 寝台の上で声高に笑う村長、それをリシンが止める。上掛けを掛けなおしながら彼女はつぶやく。


「やれやれ、あの子たちに付き合っていたらいくつ身体があっても足りはしないよ」


「そういうな、この老いぼれに残された最後の楽しみなのだ。さて、リュウレイの奴は見事成し遂げて見せるものか。とくと拝見させてもらおうか――」


 そういった村長は疲れたのか、間もなく眠りについてしまった。その顔はいつもより穏やかに見えた。


「やれやれ、男っていうのはいくつになっても子供みたいなもんだね。うちの息子と大して変わりないじゃないか」


 そういってリシンは部屋を出た。あとにはどこまでも愚直に鍛冶の業を究めんとした男が一人、休むばかりであった。

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