鍛冶師リュウレイ(10)
「おお、すごい量だなあ!」
「見ろ、こんなに質のいい石を見たのは久しぶりだぞ!」
計五台、運搬用の屈強な体躯をした馬に引かれた荷台の上にはこれでもかというほど満載された鉄の石があった。その荷馬車もこの日のために商人組合が特注で仕上げた頑丈な車体を持っている。
それらに目を向けながら、リュウレイも鉄鉱石を手に取り、その質を確かめた。確かに鉄が豊富に含まれている。これなら、どんな鉄器も思うがままに作り出せるだろう。久しぶりに活気に包まれた村人たちをどこか冷めた目線でリュウレイは眺めていた。
「リュウレイ……」
すぐ背後で心配そうなリュウフォンの声が聞こえた。
「ああ、何でもない。ちょっと考え事をしてたんだよ。無視したみたいで悪いな」
リュウフォンは首を振ると、リュウレイに並んで荷馬車の上にある石を見上げた。これに積み上げるだけでも一苦労だろうが、下すのも大変だ。
「それは私がやってあげるよ、これなら多少手荒に扱っても大丈夫でしょ?」
「そりゃ助かる、ぜひ頼むぜ、リュウフォン!」
風の加護を纏うリュウ家の義娘の申し出に工房を取り仕切る親方リコウは思わず破顔する。もっともリュウフォンは抜け目なく、売店のツケを帳消しにするよう要求したが、ある程度の減額にとどまったそうな。
比較的重いはずの鉄鉱石の山が一度に浮かび上がり、工房の横手にある空き地に山積みになった時にはさしもの村人からも驚きの声が上がった。
その光景を眺めながらリュウレイは一人浮かない顔を見せていた。そんな彼女に近づく人影があった。
「お久しぶりです、リュウレイ姐さん!」
「?」
自分より若干年下の少女の声にリュウレイが首をかしげると、目深にかぶった外套を外して一人の少女が素顔を見せる。
「あ、カンショウだ! 久しぶりだね、元気だった!?」
いつの間にか、リュウレイのそばに戻ってきていたリュウフォンが声を上げると、黒髪黒目の少女カンショウは笑顔でそれに答える。
「この前はご迷惑をおかけしました……。その罪滅ぼしと言っては何ですが、南麓で産出した鉄の石を運ぶ役目を仰せつかりました。またお二人に会えて光栄です!」
「私も会えてうれしいよ、あのあと南の人たちがどうなったのか心配だったから」
そういうリュウフォンの言葉にカンショウは手短に教えてくれた。
町が焼け落ちてしまったカンショウたちは商人組合の好意により当分の間は、周辺の町に分かれて住み、そこで仕事を斡旋してもらえることになったのだという。もともと父一人子一人であったカンショウは天涯孤独であり、今後の身の振り方を考えている最中であるという。
そう語る彼女の話をどこか遠いことのように感じながら、リュウレイは自分のこれからに思いをはせていた。
理由はたった一つしかない、この後村長に相談に行くつもりであるのだから――。
「あの、私の話聞いてますか? リュウレイ姐さん」
怪訝そうな様子のカンショウがこちらを見ているのに気が付きリュウレイはうんと頷く。
「ああ、聞いているよ。いい雇先が見つかるといいな」
「そのことなんです……がっ!」
「!!」
突然、身をかがめたカンショウは腰元から柄の短い何かを取り出して、リュウレイに迫る。とっさに身を引いたリュウレイもまた背後に隠した義母の短剣を引き抜いて、カンショウを迎え撃つ。奇しくも、一月前と同じように打ち合った二人の少女は一瞬の交錯を経て、向かい合う。
「ふふ、引っかかりましたね。姐さん」
「……………」
そういってカンショウが取り出したのは短剣ほどの長さの木剣。対するリュウレイは真剣でカンショウを迎え撃ってしまった。気が抜けていたとはいえ、すまないことをしてしまった。即ち――、
「あ――あ、またやっちゃった……」
低い声音のリュウフォンが呟き、リュウレイの頬を思いっきりつねり上げる。
「痛でで!!」
リュウレイが悲鳴を上げるその先で、またしても身に纏う外套と装束を切り裂かれた全裸のカンショウが顔を赤くしながら立ち尽くしている。幸い、周囲には人影はない。工房の方もすでに午後の仕事に取り掛かる準備の真っ最中だろう。
女同士とはいえ、靴以外何も身に着けていない生まれ姿のカンショウはその素肌を惜しげもなく空気に晒してリュウレイの方に向き直った。
「相変わらず見事なお手並み、このカンショウ! リュウレイ姐さんとリュウフォン姐さんのもとに輿入れ!! じゃなくて弟子入りするためにやってまいりました!! これから末永くよろしくお願いします!!!」
そういって跪いた迷いのないカンショウの姿に流石のリュウレイとリュウフォンも顔を見合わせてしまった。
「正気、か?」
「はい、間違いありません! 私この一月ずっと考えていたんです。私はこれからどうしたいのかを。そして出た答えは、私もリュウレイ姐さんのように鍛冶師になりたいという思いでした。今すぐにとは言いません、一生かかっても成し遂げて見せます! だから私を弟子にしてください!! この通りです!!」
土下座しようというカンショウを無理やり立たせ、膝についた泥を払ってやる。それから上着を羽織わせて、リュウレイはため息をついた。
「お前の気持ちはよくわかったよ。けど私もまだ見習の身だ、いろいろ教えてやるくらいしかできないぞ、それでもいいのか?」
「はい、私、リュウレイ姐さんを追いかけて頑張ります!」
「大変なことになったね、リュウレイ。私も力になるから二人とも頑張ってね!」
こうして鍛冶師の村に新たな仲間が一人加わり、リュウレイも後輩を持つことになる。
――まったく、気楽に言ってくれるな。早いところ、独り立ちの儀を済ませてやらないと、カンショウにも悪いな。
新たに加わった責任を噛みしめながら、リュウレイは工房に戻っていく。とりあえず、リュウレイの服をカンショウに身繕う役を担ったリュウフォンはその背をじっと見送っていた。
「そういえば、カンショウはどこに住むつもりなの?」
「それは……」
カンショウからそれを聞いたリュウフォンは驚きを浮かべるが、それは先の話。工房ではリュウレイがまたしても親方やほかの先輩たちから大目玉を食らっていた。
「もう午後の仕事は始まってるぞ! 何やってんだ、リュウレイ!!」
「ああ、もう悪かったよ!! 今日は残業するからありったけの仕事を持ってきな!!」
「言われんでも回してやるから覚悟しろよ!」
「何でいつもこうなんだろうな、私は!!」
半ば自棄になりながら先輩たちに交じり、必死に槌を振るうリュウレイであった。




