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リュウレイの誓い  作者: ミニトマト
リュウレイの誓い~前編~
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ふもとの町(4)

 商人組合の取引所の一室。そこにはこの辺りの山や谷に住み、鍛冶を営む村の重鎮たちがそろっていた。今日はちょうど、月に一度の重要な会合があったそうだ。その会議を取り仕切るのが大先生、リュウゲンその人だった。


 今から7、8年ほど前、某所にて二年もの間捕らわれの身となり、一時は萎えていた体力も戻り以前にもまして精力的に活動する鍛冶師の元締めはもう60近い老齢だった。しかし、その肉体は若々しく実際の年齢より十歳は若く見えていただろう。


 鍛冶師にその人ありとうたわれたリュウレイの義母。その父親だけあって、向かい合うだけで、今でも緊張を覚える。


 久々の対面とあって、商人組合の所長が用意してくれた別室にてあいさつを交わす。


「久しいな、リュウレイ。リュウオウたちに変わりはないか?」


「はい、義姉さんや村の皆も元気に過ごしています。大先生もお変わりなくて、何よりです」


 何よりも大事な二人の孫を気に掛けるリュウゲンはその齢を重ねた彫りの深い顔に満足そうな笑顔を浮かべた。これはいつもリュウレイを迎えたときに彼が尋ねることだ、本題はその後にある。


「さて、今日はお前が仕上げたひと振りを持ってきてくれたそうだな。領主様に献上する品だと聞いている。出来は、期待していいのだな?」


 鷹揚に尋ねるリュウゲンの手前、リュウレイは思わず生唾を飲み込んでからはいと答えた。それを見たリュウゲンは頷くと、机の上に置かれた木製の箱を手に取り、何かにささげるように高く掲げた後に、一礼してその封を解いた。


 中に収められていたのは、昨夜リュウレイが最後の仕上げをしてその出来栄えを確かめた剣だった。


 正直、不安がないといえば嘘になる。しかし、限られた材料と時間の中で試行錯誤を繰り返し、それでも満足のいく品を作ろうと足掻き続けた結果、うまれた最後の一本だった。


「ふむ……」


 リュウゲンはまず柄拵えをじっくり眺めた後、静かに刀身を抜き放った。そして、突き刺すような鋭い視線でその切っ先から根元に至るまで、舐めるように見定めていく。


 その間、リュウレイは無言のまま、身動き一つできずにいる。幸い、かしましいリュウフォンは先に迎えに来た領主の使いとともに今は領主の館にいる。誰よりも義父であるリュウゲンを慕う彼女のこと。久しぶりに甘えたいに違いない。けれど、リュウレイの気持ちをよく知るフォンが我慢してくれたのだろう。


 後で好きなものをうんと食べさせてやらないとな。そんなことを考えながら緊張を和らげていたその時、リュウゲンが静かに剣を鞘に収めた。


 乾いた金属音が響き渡り、それがリュウレイの緊張をいやが上にも高めていく。剣を箱に収めなおし、リュウレイの方に置いたリュウゲンは顎に手を当てたまま、無言であった。


 先ほどまでの穏やかさは失せ、その眉間にしわを寄せた彼は視線を下げて何かを深く思案しているようでもあった。


「あ、あの大先生、私の剣はどうでしたか……?」


「ああ……」


 意を決してリュウレイが話しかけても、リュウゲンは生返事を返すばかりでそれ以上は何も言わなかった。その態度に不安を覚えたその時、部屋の戸が外から開かれて顔なじみの職員が顔をのぞかせた。


「リュウレイさん、そろそろ領主様のお屋敷に行く時間ですよ。遅れないようにね」


「あ、はい、わかりました!」


 慌てて立ち上がり、目の前に置かれた献上用の箱を取り上げるとリュウレイはリュウゲンに礼を言うとそのまま答えを聞かずに部屋を出る羽目になった。


 最後までリュウゲンはリュウレイと視線を合わせることなく、終わってしまった。領主に謁見した後、もう一度リュウゲンにそのことを問いただそうと商人組合を尋ねたものの既にほかの重鎮たちと酒盛りに出かけた後であると聞き、落胆したリュウレイはリュウフォンを連れて、彼女と約束した商店巡りに出かけて今に至るわけだ。


 … … …


「そんなに気にすることはないんじゃない? あとで必要なら、お父さんが教えてくれると思うよ」


「それならいいんだけどな……」


 お菓子をあらかた食べ終えたリュウフォンがのんきに言うのを横目に聞きながら、リュウレイはまた深いため息をついた。そうだ、こんなところで落ち込んでいても仕方がない。この胸のもどかしさは仕事にぶつけるべきなのだ。今までもずっとそうしてきたではないか。鍛冶にかける熱意も不安もすべてを込めてリュウレイは鉄を鍛えてきた。


 親方や村長、リュウレイに直接鍛冶の知識や技術を叩き込んだ人たちはみなそう教えてくれたではないか。悩むのは行動してからでいい、今は息を抜く時だ。


 そう思い、目の前の杯を手に取ると、横からリュウフォンが甘い果実酒を並々と注いでくれた。


「はい、レイも飲んでみれば? 今年の果実酒はとってもおいしいよ!」


 そう言って笑うフォンに元気づけられて、一息で飲み干す。リュウレイには物足りないが、それでも味は悪くなかった。


「フォンのお薦めだけあって、うまいな」


「でしょ?」


「そうだな、ハハハ!」


 二人、声を上げて笑い合う。そろそろ、村に戻るころかな。頭の片隅でそんなことを考えていると、フォンの後ろに人影が見えた。一瞬、目を細めて周囲を窺うと、ガラの悪そうな、この辺りでは見かけない顔立ちの男たちが十人余りこちらを取り囲んでいる。


 周りの食卓にいた人たちは後難を恐れてか、怯えた様子で距離を取っている。リュウレイは鋭く舌打ちをして立ち上がった。最近、外からこういった手合いが街に流れ込んでくることが多くなった。そのために、街のあちこちに警備の兵士が立っているのだが、さすがに人の多い市場の中にまで手は回っていないようだ。


 リュウレイの視線に気が付いた数人が、にやにやとげ下卑た笑みを浮かべてこちらに歩み寄る。狙いは黒髪の人間が多い、この町では目立つ緑髪緑眼のリュウフォンだろう。おまけに彼女はその立派に育った肢体を長めの布で覆い隠しているだけなのだ。これではほかの男どもが放ってはおかないだろう。


 仕事が忙しくて、しばらくふもとの町に出てくることがなかったとはいえリュウレイのことを知らない輩が増えたのには辟易した。女だてらに義母の跡を継いで鍛冶師を志すリュウレイもまた、衆目を集める存在らしい。


 街の悪童どもがリュウフォンと連れ立って歩くリュウレイにちょっかいを出すことは以前は日常茶飯事だった。それを義母から受け継いだ拳一つで黙らせたのがリュウレイだ。


 今日もまた、むしゃくしゃしていたところにいい退屈しのぎが落ちてきたと内心喜んでいたリュウレイの目の前で、男の一人がまだ状況を把握していないリュウフォンの肩に手を置きながら声をかけた。いや、かけようとした。


「おい、お前ら。なかなかかわいいじゃねえか。これからどうだい、俺たちと一緒に楽しいことしようじゃねえ……かぁ!?」


 最後まで言い終わることなく素っ頓狂な声を上げて、男は後ろに派手に弾き飛ばされた。あまりのことに誰もが呆気にとられたその時、リュウフォンが静かに立ち上がり、男たちの方を向き直った。その顔を見た男たちは怯えた声を上げ、後ずさる。それに構わず、リュウフォンは普段から考えられない程、低く怒りを込めた声で言い放った。


「……軽々しく私に触るな、薄汚い男どもが!」


 その言葉とともにフォンの足元から風が渦巻き、徐々にその強さを増していく。辺りには歌声のような旋律が鳴り響き、フォンを包み込むかのようだった。リュウレイはため息をついた後、リュウフォンの肩に手をかけてその前に躍り出る。


「そこまでにしとけ、フォン。大先生が知ったら悲しむぞ。それにお前を守るのは私の仕事だ。それを忘れんな」


「レイ……うん、わかった!」


 いつも通りのフォンに戻ったことを安堵しつつ、リュウレイは一歩ずつ男たちの方に向かい歩を進める。両手を鳴らしながら、肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべたリュウレイの声が響き渡った。


「さあて、テメエら。私の大事な女に手を出した落とし前はつけてもらうぜ? 腕の一本や二本じゃ済まねえから、覚悟しろや!」


 相手がリュウレイ一人とわかった男たちは落ち着きを取り戻し、一斉に殴りかかる。


「ふざけんじゃねえ、女一人に何ができる!?」


 一番最初に突っ込んできた男の右拳をかわし、リュウレイは自慢の左を男の顔面に叩き込んだ。


「ぶぎゃっ」


 情けない声を上げて、男は先ほどのリュウフォンの時よりもはるか後方に吹き飛ばされた。


 それを見て、呆然としていた男の一人に走り寄り、リュウレイが吠える。


「お前ら、この鍛冶師見習いのリュウレイにケンカを売ったんだ……、五体満足でこの町から出られると思うなよ!!」


「う、うわああああ!」


 悲鳴を上げて逃げ出す男たちをリュウレイは次々と殴り倒し、最後には全員叩きのめしてしまった。その後、食堂の人たちが呼びつけた警邏の兵士に連行される男たちを満足げに見送るリュウレイのもとにリュウフォンが飛びついて、ほっぺたに口づけてきた。


「ありがとう、やっぱりリュウレイはかっこいいね!」


「おいおい、褒めすぎだって……」


 まんざらでもないリュウレイに人たちが拍手喝さいを送る中、聞き覚えのある声がリュウレイの耳朶を打った。


「やれやれ、騒ぎを聞きつけてみれば案の定、うちのバカ娘どもだったかい。二人とも相変わらずだねえ……」


「えっ、この声って……」


 驚いたリュウレイが振り向いたその先には、先ほどまで自分たちがいた席に座り酒を飲む一人の女の姿があった。使い古した皮の胴巻きに、筋骨隆々に鍛え上げたその体躯。何よりその背はリュウレイより頭一つ分以上上背がある。伸ばした黒髪を後ろでまとめ切れ長の黒い瞳がこちらを愉快そうに眺めていた。


 何より、大先生リュウゲンによく似たその容貌は間違えようもない。


「か、義母さん……」


 いきなりの再会に戸惑いを隠せないリュウレイに代わり、彼女に声をかけたのは無邪気なリュウフォンだった。


「久しぶりだね、今まで何してたの?」


「ちょいと野暮用ができて、東の方にね……。長い事留守にして悪かったね、二人とも」


 立ち上がった義母が、リュウレイたちの方に歩いてくる。その何も考えていなさそうな表情がリュウレイの癇に障った。


「さっき、領主のフェリナのところに顔を出したら、あんたたちのことを聞いたんでね。どうせ市場の方だろうと、目星をつけていたのさ。久々に酒も飲みたかったしねえ」


「ふうん、そうなんだ。会えてよかったね、リュウレイ!」


 義母はそのたくましい手をリュウレイとリュウフォン、二人の頭に乗せて来る。その手を打ち払い、リュウレイはキッと義母の顔を睨みつけた。


「ふざけんなよっ! 私ら鍛冶師の頭を務めてるくせに肝心な時にはいつも村にいなくて何が村一番の女傑だよ! 私は義母さんなんて、大っ嫌いだ!!」


 リュウレイはそのまま怒りの赴くままに、右の拳を義母の顔目掛けて力の限り、思いっきり殴りつける。確かに手ごたえはあった、しかしまるで岩を殴っているかのような硬い感触に拳を痛めた感があった。


 一瞬、たじろいだリュウレイの両肩を義母の大きな手が鷲掴みにする。


 ――いけない! そう思った時には信じられないくらいの人間離れした膂力につかまり、身動き一つできなかった。


「ん――、会って早々にあたしに殴りかかるとは、あんたも見上げた度胸だ。けどまだまだ根性が追い付いて無いようだねえ」


 首を二三度ひねった後、義母は獣じみた笑みを浮かべて、後ろにのけぞった。


「ひっ……」


 小さな悲鳴が口から洩れたのと同時に、鈍い音が響き渡った。石を叩き付けられたより強い衝撃がリュウレイを襲い、世界が一瞬ぼわんと回った後意識が途絶えてしまった。


「あたしにケンカを売るのはまだ十年は早いねえ」


 その耳に届いたのは、懐かしき義母リュウメイの声だった――。


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