古の調べ(9)
一部抜け落ちていた箇所があったので差し替えます。
「ほんと、アレアスタったら昔からいろいろやらかしていたのよ! 私なんて、大事に育てていたお花を全部摘み取られて、台無しにされたことだってあるんだから!!」
勢いよく姫長メイシャンの悪態をつく姉姫アルスフェローは胸に抱いた3歳になる娘をあやしつつ、器用に食事を平らげていた。その前で、姉姫に食って掛かるのは姫長メイシャンだ。彼女の横にもリュウレイが作った味付けの濃い料理が入った皿が積み上げられている。
「あれは姉上が摘んでいいといったからではないか! おかげでわらわは母上から大目玉を食って、姫巫女の修行をやり直す羽目になったのじゃぞ!! 昔のことなどお互い様じゃ!!」
「あのお花はねえ、フェレナスお姉さまのために育てた大事なものだったよ! 末娘のフェリナのお目見えに合わせて、咲かせたのにそれをよりによって全部……」
流石に言葉に詰まったのか、アルスフェローが食台に手をつきうつむいた。
「大丈夫か、アルス?」
隣のナルタセオが声をかけると、アルスフェローは突然顔を上げて近くにいた給仕に声をかけた。
「これ、おいしいね! お代わり3皿お願いね!!」
「姫長様といい勝負ですね、アルス様……」
「うん、だって負けてられないもん! 子育てって体力使うから!!」
「はは、わかりましたよ! リュウレイに言っておきますから」
そういって苦笑いを浮かべていたのは女たちの頭リシンの妹分の片割れカリンだった。もう一人のショウヨウと彼女は姉姫の家に近いこともあり、その世話を担当している。そのため、姉姫一家とは家族ぐるみの付き合いがあった。
空になった皿を持ち、厨房に向かうカリンを見送ったアルスフェローはナルタセオに声をかけた。
「ああ、あなたにお礼を言うのを忘れていたわ。また珍しい花の種をありがとう。大事に育てるわ」
「そういってもらえると、私もやりがいがあるというものだ。また期待していてくれ」
「うん、咲いたら見に来てね。とってもきれいな花を咲かせて見せるから!」
そういって笑うアルスフェローは村はずれに薬草園を営んでいる。王都にいた頃は、王宮の庭園をいくつも管理して薬草や美しい花々を育てていた経験を活かし、村人のためになればと始めたことだ。
王都からこの地にやってきた王女アルスフェローは亡き父王に願い編纂させたこの大陸に自生する植物の辞典を携えていた。姪に当たる領主フェリナの館にある庭園も彼女が監修して造成されたものだ。
フェリナの母フェレナスは王妃レイフェリアの長女に当たる。5年前の動乱で命を落とした彼女を偲んだアルスフェローはかつて彼女のために育てた青の花をフェリナの庭園に咲かせていたのである。
「やれやれ、姉上と一緒では落ち落ち食事も取れぬわ! これ、そろそろわらわに酒を持て! 今夜は飲まねばやっていられぬわ!!」
「さすがにお酒はまだ……」
義姉リュウメイの影響ですっかり大酒豪と化した姫長に姉姫アルスフェローはため息をついた。赤ん坊を抱えた身で流石に酔いつぶれるわけにはいかない。せめて子供がもう少し大きくなってからだろう。
「お母様、どうかしたの?」
あどけない表情を見せる愛娘を優しく撫でながら、微笑むアルスフェロー。そんな彼女と同じ立場のリュウシュンは困ったように笑いかけるしかできなかった。
「いいんだよ、リュウシュン。あなたの気持ちはわかっているから。この子たちが大きくなったら、メイシャン抜きで飲みに行きましょうね」
「ええと、その時はみんなで一緒に飲みましょう。どうせうちのお義母さんが音頭を取りますから」
「リュウメイか……確かにその方が楽しめそうね。ちゃんと伝えておいてね、私が一緒に飲みたがっていたって!」
「ハイハイ、ちゃんと伝えておきますよ。姉姫様」
「相変わらずしつこい女じゃな……、さすがのわらわも手に負えぬわ!」
そういって、盃をあおる姫長に姉姫はさらに食って掛かる。二人の果てしない応酬にリュウレイの料理を堪能していたリュウフォンはため息をついた。
「リュウレイいないんだ、つまらないな……」
「後で様子を見に行ったらどうだ? その方があいつも喜ぶだろう」
ナルタセオに声をかけられたリュウフォンはうんと頷く。結局姫長達の騒ぎは宴が終わるまで途絶えることはなかった。




