終章(146)
「ああ、いたいた。探していたんだよ、ラセルエリオ!!」
リュウレイの視線の先にいたのは二人の子供を連れた緑髪の少し気だるげな女性、ラセルエリオであった。風の民としては長のナルタセオとともに炎の王リュウシンにその身を委ね、娘シラルトリオを授かった彼女もまたリュウ家の身内といってよい存在であった。
風の民の暮らしを支えるため、そしてリュウシンの残した北の地を守るために大陸各地を行商人として行き来するナルタセオに代わり、彼女の愛息子ラグセリオの面倒を見るラセルエリオは時折、退屈な風の村を抜け出してはこの近辺にある街道沿いの酒場に出没してはその支払いを商人組合やリュウ家に丸投げする厄介な存在でもあった。
しかもその一部はなぜかリュウレイの義母リュウメイの名義で自分のところにまで回ってくるのが常だ。おまけにそれに気が付いたのがつい最近のことなのだから、間が抜けていることこの上ない。
それでもリュウレイが彼女のもとを訪れた理由は他にある。先ごろ、ふもとの町や鍛冶師の村で散々騒動を起こした魁の歌姫レクルピオネを懲らしめるために、相棒のリュウフォンを通じて同じ風の歌姫であるラセルエリオに助力を仰いだのだ。
ここが稼ぎ時と踏んだ彼女は二つ返事でそれを了承すると子供たちとともに一足先にふもとの町に姿を現した。自由気ままに生きるレクルピオネにとって自分以上に我が道を行くラセルエリオは頭の上がらない存在であり、苦手な相手。
おまけに姫長メイシャンと姉姫アルスフェローによって懲らしめられ、領主の館で召使の真似事をさせられていたレクルピオネはなんとかそれを回避する方法を見つけることに必死であった。
結果、一晩夜の町で知り合いの店を転々としたレクルピオネは翌日朝帰りをしてその償いとしてラセルエリオの子供たち、ラグセリオとシラルトリオの子守りを命じられることになる。
その果てにレクルピオネは何よりも恐ろしいリュウメイ自らの制裁を受けていまは居候先である騎士姫フェイアネスとその息子フェアルートの下で寝込んでいるそうな。
――うちの義母さん敵に回してあの程度なんだから、よくよくあいつも悪運が強いんだよな。
おそらくまた関りになるであろうレクルピオネのことを思い浮かべたリュウレイは肩から力が抜けるような感覚を味わいながら、ラセルエリオたちのもとに歩み寄る。
「ああ、リュウレイじゃん。忙しいみたいだったからなかなか会えなかったね。元気だった?」
ことのほか上機嫌に語り掛けるラセルエリオ、逆に興味を引いたのは彼女の後ろでおびえた様子でこちらを見上げるシラルトリオたちの姿だった。いつも天真爛漫で笑顔の似合う子供たちの恐怖に満ちたその顔を見た途端リュウレイは二人に頭を下げていた。
「なんかいろいろあったみたいでごめんな、二人とも!! この償いはちゃんとするからまたうちの村に遊びに来いよ、シラルとラグが来ないとリュウオウ達や村の子たちも寂しがるからな」
自分たちに取り繕った笑顔を向けるリュウレイの様子にはじめ警戒感をにじませていたシラルたちは顔を見合わせてからうんと頷いてくれた。それを見たリュウレイは思わず喜びを露わにして二人の子供を両手で抱きかかえていた。
「あはは、そうか! ありがとうな、ラグ、シラル。お祭りが終わったらお土産持たせてやるから、楽しみにしてるんだぞ!!」
「うん、わかった。やっぱりリュウレイ大好き!!」
「ぼ、僕はそんなことないけど、一応お礼は言っておくよ……」
現金なシラルにどこか恥ずかし気なラグセリオ、二人にほおずりしながら安堵するリュウレイ。そこに手ぐすねを引いて待っていたのはラセルエリオ、彼女たちの背後から近づく一人の影があった。
「……ちょっといいかしら、リュウレイ」
「あ、リュミナ様! どうかしましたか?」
リュウレイたちに声をかけたのはフェリナの騎士学校からの同窓生であり、現在はその片腕とも呼べるリュミナであった。幼いころから主フェリナとともにレイアス家で教育を受けた彼女はともに幼少期を過ごした信頼のおける女性でもあり、また同じ炎の王にその身を捧げた無垢なる乙女の一人でもある。
そのリュミナが今は複雑な表情とともにリュウレイの前に立っている。一度、近くにいたラセルエリオの方をちらりと確認した彼女はリュウレイを手招きしてこう耳打ちした。
「実は、少し困ったことになっているの。あちらの方を見てもらえるかしら?」
子供たちを下ろし、リュミナが指さした方の通路を覗き込んだリュウレイの前に横たわっていたのは十数人の身なりの良い男性たちであった。北方のレゾニア人に多い金髪や茶色い髪の男性たちは全員がみな苦しそうにうめき声をあげて、床に寝かしつけられている。
その介抱に当たる召使たちの大変そうな様子に罪悪感を抱きながら、おぼろげに何があったのかを悟るリュウレイ。リュウレイが見たのはその真犯人である風の民の女性だが、彼女は白々しく視線を逸らしていた。
「まあ、そういうことだからここでの支払いは全部リュウレイもちで構わないのよね?」
「……………」
軽いめまいに襲われながら、リュミナの言葉に頷くしかないリュウレイ。そんな彼女も元に忍び足で歩み寄るラセルエリオ、背後からリュウレイに抱き着いた彼女は笑いながら謝罪する。
「いや――、ちょっと前に若い連中から声かけられててうざくてさ。お酒の飲み比べで勝ったら付き合うとか適当にやってたら、いつの間にか犠牲者が増えてこんなことになっちゃんたんだよね。それからさあ……」
ここからが本題とばかりにリュミナの方を見るラセルエリオ、それを見たリュミナは深いため息とともにリュウレイに残酷な現実を突きつけた。
「リュウレイが支払うっていう約束で風の村に酒樽三つを送ることになっているわ。まあ大変だとは思うけど、あなたも一人前の鍛冶師になったのだから頑張りなさい。応援はしてあげるから」
それだけ言うとほかに用事のあるリュミナは足早に去っていった。おそらくすべてを聞いたリュウレイの様子が尋常ではなかったせいだろう。
「ふふ、まあこんな感じになったけど、目的達成したから別にいいよね。それにお酒のお礼はちゃんとするからさ。ほら……」
甘い吐息とともに、リュウレイに口づけするラセルエリオ。どうやら彼女もこの地に集う炎の精の影響下にあるらしい。ラセルエリオの意志に間違いがないことを確認したリュウレイは難しい顔でしっかりと頷くのだった。
――まあいいや、やられっぱなしなのは性に合わないし、自分で蒔いた種だ。丸ごと刈り取ってやろうじゃねえか!!
覇気を取り戻したリュウレイの様子に満足したのか、らセリエリオは大きな欠伸を隠しながら二人の子供と一緒に離れていく。もう間もなく夜会が開催される。
リュウレイはいったん準備のために控えの間に戻る義姉メイシャンの後に続く。その先にはリュウオウにつきっきりの相棒リュウフォンと、姉姫アルスフェロー主従とともに付き添う妹分カンショウの姿があった。
「ようやく三人そろったな、今夜はこれからが本番だぞ」
「楽しめるといいね――」
「戦場に向かう兵士の気分です……」
対照的な様子の二人に微笑を浮かべるリュウレイ、そんな彼女たちを周囲の人々は静かに見守るのだった。




