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リュウレイの誓い  作者: ミニトマト
リュウレイの誓い~前編~
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ふもとの町(1)

 強い風が鍛冶師の里を吹き抜けていた。時折、ごうごうと大きな音を立てながら、森の木々を揺らしている。一人、自室のあるリュウ家の離れに籠っていたリュウレイは耳障りな風の音に耳を傾けていた。


 薄暗い部屋の中を照らしているのは近くの梁に吊るされた小さなカンテラ一つだけだ。ぼんやりと薄く赤い輝きを放つそれは不思議と十分な明るさで部屋の中を照らし出している。


 リュウレイは手に取った剣に目を凝らしていた。左手で柄を握り、布を持った右手で静かに刀身を撫でていく。水平に構えたそれは赤い光を照り返し、まるで吸い込まれてしまいそうな妖しい輝きを放っていた。


 この剣を打ち上げるまでに10本以上の試し打ちを繰り返してきた。特に今回はこの辺りを治める若き領主に自分の打ち上げた剣を献上することになっている。普段からリュウ家を何くれとなく援助してくれる、慈悲深い領主に恩返しする数少ない機会を無駄にするわけにはいかなかった。


 傍らの作業机に置いた鞘を手に取り、剣を収める。鞘に施した細工の数々もリュウレイが作ったものだ。手先が器用な先輩の鍛冶師に相談しながら、試行錯誤を重ねた苦心の作だった。


 しかし、どれをとってもまだリュウレイの目から見れば、満足のいく出来ではない。まだこの工房に来たばかりのころ、義母が剣を打ち上げ、鞘を作り細工を施していく後姿を見た。あの時の真剣な表情は普段の義母からは想像もできないくらい、格好良かった。


 その時は自分が義母の跡を継ぐことになるとは、思いもしなかったが。


 不意に誰かが外から入口の戸を叩いた。リュウレイが視線を向けると、リュウフォンが音もなく部屋の中に入り、静かに戸を閉めたところだった。


「強い風だったね。こんなの、久しぶり」


「そうだな」


 リュウレイの顔を見たフォンは笑顔を浮かべて、こちらに近づいてくる。レイが献上品を納める箱の中に剣を仕舞ったのを見ていたフォンが問う。


「明日は領主様に会うの?」


「ああ、その前に大先生に会って仕上がり具合を見てもらうつもりだけどな。今度のはちょっと自信作なんだ。だから大先生の反応が楽しみだな」


「そっか、お父さん喜んでくれるといいね」


 そういいながら寝床の端に腰を下ろしたフォンが言った。大先生というのは、義母の父親。すなわちリュウ家の先々代のことだ。とある事情からフォンは彼のことをお父さんと呼び、慕っている。フォンにとっては実の父親同然なのだろう。


 リュウレイにとっては尊敬すべき鍛冶師としての先達であり、目標の一つでもある。もともとこの村で暮らしていた大先生は、このあたりの鍛冶師たちの元締めとしてふもとの町で領主や商人組合の相談役として、滞在している。月に一二度、村に戻ってくるものの、所用が多く、ふもとの町にいることの方が多かった。


 本当なら、孫も家族もいるこの村でゆっくり過ごしたいのだろうが、そうはいかないのが現実だった。


「そういえば、二人とも最近リュウレイが遊んでくれないって寂しがってたよ。あとで遊んであげれば?」


 思い出したようにフォンが言った。その一言にリュウレイは困ったように頭を掻いた。チビと遊ぶのは楽しいが、リュウレイには仕事がある。現状、お金を稼いでいるのはこの家ではリュウレイだけだ。


 義母はいつ戻ってくるかわからないし、義姉は家事と子育てに忙しいし、ついでに言えばリュウフォンは生活力皆無だった。実の姉、リュウシュンは家を出て自分の家族と暮らしているし、リュウレイは自分以外あてにできる者はいなかったのだ。


「チビたちか……、明日の納品が終われば少しヒマになるし、その間にまた釣りにでも連れて行ってやるさ。リュウオウと約束したからな」


「ふーん……それならよかった。ちゃんと約束守ってあげてね」


「大丈夫だって、私にとってあの子たちは大事な家族だからな」


 リュウレイが答えるとフォンはうれしそうに笑って付け加えた。


「じゃあ、私は?」


 無邪気にほほ笑むフォンを見てレイは一瞬言葉に詰まる。どう答えていいか迷ったからだ。


「だ、大事な家族に決まってんだろ……!」


 なぜか声が裏返り、頬が紅潮していくのが自分でもよく分かった。


 いきなりに何聞いてんだ、コイツ――!


 内心の動揺を悟られないように顔を背けると、右手をフォンに引っ張られた。そのまま彼女と同じように寝床の上に並んで座り込む。


「それだけ?」


「うぐっ……!ほかになんて言えばいいんだよ!?」


「ウフフ、レイがとってもかわいい――」


 いたずらを楽しむ子供のような笑顔を浮かべるリュウフォンにレイはタジタジだった。


「ああもう、明日も早いんだし今日はもう寝るぞ!いいな!!」


「は――い……」


 素直に頷いたフォンだが、目が笑っていないような気がした。それを横目にため息をついたレイはカンテラの明かりに視線を戻して、呟いた。


『消えろ――……』


 その言葉とともにカンテラの明かりは徐々に弱まり、やがて室内は闇に満たされた。暗闇の中、静かに衣擦れの音だけが聞こえてくる。リュウレイも自分の着ていた服を脱ぎ終えると近くの机の上の放り投げた。

 上掛けをめくり、寝床に潜り込むとフォンの温もりが直接肌に伝わってくる。


「ふふ、お休みなさい。大好きだよ、レイ」


 リュウレイの頬に口づけして、フォンが耳元でつぶやいた。


「私もな、明日は一緒にふもとの町を回ろうな。お休み、フォン」


 返事は聞こえないが、フォンが頷いたような気がした。それに満足したレイは静かに瞼を閉じた。


 遠く、風の音がいつまでも耳にこだましたような気がした――。


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