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リュウレイの誓い  作者: ミニトマト
終章 ともしびの先へ

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終章(115)

「うふふ、またお会いしたわね、リュウレイ。それにそちらのお嬢さんたちも」


 うっとりとした表情でこちらを見るのは銀髪の公女フィルセミナ、その澄んだ緑色の瞳がリュウレイたちの方に向けられていた。熱めの、レゾニア人好みの温度に調整された湯船の中に身を浸す彼女はその瑞々しい肢体を惜しげもなく、晒していた。


 この前、領主フェリナ自慢の庭園内であの人騒がせな魁の歌姫レクルピオネの操る風の前になすすべもなく、衣服を引きちぎられてしまった時の記憶がリュウレイの中に鮮やかによみがえる。


 両隣にいる相棒のリュウフォンとフェルネートに仕えるウルもまた見事な体つきだが、優雅で上品、華麗にして可憐なる公女の持つ雰囲気とは比べるまでもなかった。


 どこか、体の中が熱病に侵された感のあるリュウレイはそんな自分を悟られまいとして、金髪碧眼、騎士として鍛え上げたしなやかな体躯の上にこれまた思わず見惚れてしまいそうな美貌を誇るフェイアネスに語り掛ける。


「私を呼ぶようにウルに勧めたのはお二人ですか?」


「ああ、ちょっとした緊急事態でな。私がフィル姉さまと相談して決めたんだ。当のフェルネート姉上はここにはおられないから、安心してくれ」


 フェイアネスの言葉に姉のフィルセミナも笑顔のまま頷いて見せた。その気になれば、権力を使いいくらでも無理がきくはずの彼女たちがこちらをそこまで頼ってくるということはやはり表ざたにはできない類のことなのだろう。


 しかし、一つ懸念がある。荒事の類には義母リュウメイをはじめ、かつて鍛冶師で一番無謀剛毅で知られた村長ゴウケイや喧嘩騒動では負け知らずの親方リコウたちに鍛え上げられたリュウレイのことである。

 自分自身だけならまだしも、目に入れても痛くないほどかわいがる相棒のリュウフォンや妹分のカンショウにまで危険が及ぶとなれば話は全く違ってくる。


 そこのところはどうなのか、リュウレイの視線がすっと細くなるのを見たウルや二人の貴族はそんなことお見通しとばかりに笑顔を崩すことなく言葉をつづける。


「いくらリュウ家のものとはいえ、お前たちにそんな無理を押し付けるはずがないだろう。もっと単純で些細なことだ。しかし、私たちにとっては大事なフェルネート姉上ことなんだ。だからこうして無理を言ってここまで来てもらった。それだけはわかってくれ」


「そういうことなら、引き受けますよ。他ならぬお二方の頼みとあればね」


 フェイアネスの言葉にようやく頷くリュウレイ。それを見た二人の顔にも安堵が浮かぶのが見て取れた。


「ふふ、引き受けてくれてよかったわ。ここまで話して、断るのならこちらにも考えがあったから」


 からかうように笑うフィルセミナ、怪訝そうにそちらを見るリュウレイたちの目の前で彼女が手を振ると湯気の向こうから一糸まとわぬフィルセミナ直属の召使たちが現れて、その見事な肢体を披露して見せた。


 まさかいつもより濃い湯気の向こうにあったのは、甘く実った果実の数々と蜜溢れる楽園の姿であったとは――。


 どこか楽し気に微笑む彼女たちの数を目視で数え終えたリュウレイは顔を引きつらせながら、フィルセミナに問いかける。


「あの……この前見た時の二倍以上人数いませんか? フィルセミナ様の召使の方々」


「ええ、そうね。あの時は第一陣しか連れてきていなかったから。私に直接仕える子たちと政務官としての業務を担当する子たちの二部隊が存在しているのよ。さらにアルカフーオを手伝う子たちも控えているけれど、連れてきた方がいいかしら?」


「ちなみに私の親衛隊もいるだが、フィル姉さまの手前この浴場に入りきらなくてな。お望みとあれば、リュウレイのより取り見取りだぞ?」


「あのすみません、それどういったご褒美ですか?」


 思わず問い返すリュウレイ、そのどこか虚ろな表情は自分の心の奥底に眠る欲望が解放されそうになる一歩手前の状態であった。


 一方の召使たちはそんなリュウレイを見て恥ずかしそうに顔を赤らめたり、微笑ましそうな表情を見せたりと反応はさまざまであった。一応説明しておくと、彼女達もまたレゾニア貴族の末流に連なる確かな血筋の者たちばかりである。


 もともと神の血筋に連なり、人間よりもはるかに丈夫で美しい容姿を誇るレゾニア人のこと。特に彼女たちは長き時を経ても衰えることの無い肉体と美貌を保ち続ける術を持っていた。


 さて、そうなってくるとレゾニア人にとって最大の敵は長き人生の時間になる。そのために彼らの中で文化文明の根底として人生を楽しむための娯楽産業が大いに発展したのは歴史の必然といえよう。


 先の戦から数年たち、表向き平穏を保つ北の地においてはやはり娯楽はその重要さが見直されてきた時期でもあった。


 特に閉鎖されがちな貴族社会において、同じ立場の者たちとの交流は重要であり貴重な機会となる。人と人の触れ合い、それこそがいきものとしてどれほど基本的でありかつありふれたものか改めて語るまでもない。


 その先に花開く秘め事をこの場で語るのもまた無粋の極みであろう。


 つまりはフィルセミナとフェイアネスは数の暴力に訴えてもリュウレイたちに強制的であれ、いうことを聞いてもらうしかない状況に追い込まれていたらしい。


「いくらリュウレイたちでも、これだけの子たちを相手に逃げることはできないでしょう? そこまで薄情ではないものね」


 どこか挑発するような発言のフィルセミナもまた、リュウレイの方に近づいてくる。狙いはウルやリュウフォン、カンショウとさして変わりないのがよくわかるのがどこか悲しかった。


「ふふ、さてどうする? おとなしく私たちの話を聞いてくれなければ、私とフィル姉さま自ら相手してやるが……?」


 あまりこういった方面ではリュウレイにとってなじみのないフェイアネスもためらいなく近づいてくることからもこの状況を楽しんでいるのだと結論付ける。


 ――この人たち、さっき引き受けるって言ったのを軽く忘れてるだろ? なんなんだ、全く……。


 実にけしからんこの状況、男女の性別関係なしにこの世の楽園が今ここにある。これを楽しまずしてリュウ家の跡取り娘リュウレイの名が名乗れようか!?


 ――しかし、問題を先送りしても意味がないので、とりあえずそちらに突破口を求めたリュウレイは、迫りくるフェイアネスたちに問いかける。


「その前に、フェルネート様はどうしたんですか? ここにはおられないようですが」


「それは当然よ、だってこれは私たちがお姉さまのために集まって決めたことだから」


「ここにいるのは私とフィル姉さま、それに信頼できる家臣たちだけだ。子供たちはみんなで集まって勉強したり、遊んだりしているからな」


 ちょうど、風の民の血を受け継ぐ兄妹ラグセリオとシラルトリオが母親のラセルエリオに連れられてこの館に滞在している。あまり馴染みがなく、普段会うことの無い彼女たちと過ごす時間は何物にも代えがたいのであろう。


 そこに各地から集まった諸侯たちの子女まで加われば、遊び相手には事欠くまい。


 リュウレイがレクルピオネに対する仕返しに呼び寄せた彼女たちが皮肉にもこの状況を招いた一因になるとは思いもよらぬことであった。


「……と、いうわけだから」


「安心して覚悟なさい、リュウレイ。それにあなたたちも」


 逆らうことを許さない迫力を伴った笑顔でリュウレイの前に立つフェイアネスとフィルセミナ。リュウレイにしがみ付いていたウルは心得たように体を離すと、リュウフォンやカンショウに目配せした。


 少し未練はあるものの、これから相棒のリュウレイがどんな目に合うのか興味の沸いたリュウフォンと若干混乱気味のカンショウはおとなしくウルの方に退いていく。


 完全に孤立する形となったリュウレイの両脇にはかつて憧れを抱いたレイアス家の姉妹、フィルセミナとフェイアネスが陣取り、両側からほぼ同時にリュウレイの頬に口づけする。


 ――神様、私これからどんな目にあうのでしょうか? 


 フィルセミナの家臣たちが恍惚の表情で見守る中、リュウレイは心の中でそう呟くのだった――。


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