終章(103)
それはリュウ家の母屋で、姫長メイシャンの夕食づくりを子供たちが手伝っていた時のことであった。リュウレイたちは仕事帰りの風呂を楽しんでおり、まだ戻ってくる気配はない。
日没間近な村のあぜ道を炎の精のもたらす赤い輝きに包まれた五頭の騎馬とそれに跨った女性たちがためらいなく進んでいく。
すでに村の中には人影もなく、村の入り口にある工房でリュウ家の娘リュウシュン、マクレベ夫妻とあいさつを交わした彼女たちは、姫長メイシャンの下へ向かうべくふもとの町からこの地までやってきたのだった。
目指す先はもう目前に迫っている、それを見て安堵した護衛の騎士の一人が先頭に立つ銀髪碧眼の女性フェルネートに向かい声をかけた。
「随分、遅くなってしまいましたね。フェルネリアお嬢様やウルが待ちわびていることでしょう」
「そうだな、しかしフェリナの要請でやらねばならないことが多かったのだ。それは仕方あるまい」
それに一行は北方の領地から持ってきた食材やフェリナの好意で持たされたお菓子などを可能な限り携えている。以前、この村に一時的に滞在したこともあるフェルネートは側近たちとともにこの村で宿を借りるつもりでいた。
大所帯になりはするが、気さくな村人たちの人柄を知るフェルネートにとってこの地は第二の故郷といってもいい郷愁を覚える場所でもあった。
あいにくまだ所用が片付いていないこともあり、明日はフェルネリアたちを連れてふもとの町まで戻らねばならないが、今夜くらいはリュウ家の人々とゆっくり過ごしたいと思うフェルネートであった。
「ようやく着きましたね、この館を見るのはもう五年ぶりですか……」
旧貴族連盟の都にあった上級貴族の子弟のみが通える騎士学校、そこで教鞭を取っていたフェルネートの教え子に当たる騎士に一人が感慨深げにつぶやくのが聞こえた。
彼女はレイアス家に仕える一族の出で、男系はすべて先の戦にて戦死を遂げ、一番上の姉が婿を取り現在領主として故郷を治めていると聞く。
もとより騎士としてフェルネートに仕えていた彼女は身の回りの世話などもよく心得ており、主が信頼する家臣の一人でもあった。
「ああ、それでは行くとしようか」
愛馬を降りたフェルネートの言葉に一同が頷く、フェルネリアやウルが喜びの声を上げたのはそれから間もなくのことであった。
… … …
リュウ家の食卓、それは戦場である――。
そう語ったのは姫長メイシャンの義妹リュウレイとリュウフォン。姫長一家の食欲の凄まじさを普段から肌で感じる彼女たちはいつも用意される食事の量の多さにある意味感覚がマヒしているのかもしれない。
もっとも自分たちも多く食べたいときにはありがたい状況ではあるのだが。
今夜はいつもとは違い、フェルネリアの母フェルネートが四人の部下たちを引き連れて、リュウ家を訪れていた。夕食づくりの真っ最中に新鮮な食材やお菓子などを持って現れた彼女たちをメイシャンが歓迎したのは言うまでもない。
その場にいたリュウオウの話によれば、姫巫女様はこれぞ炎神のお導きとまで感動したそうな。本気でそう思っているのだから、余計に質が悪いと思うのはひねくれたものの見方なのだろうか。
どちらにせよ、フェルネリアは数日前に分かれたばかりの母が迎えに来たとあって大喜びで彼女たちを出迎えていた。
「お母様――!!」
元気よく母フェルネートの胸に飛び込んでゆくフェルネリアの姿にその場にいた人々は大きな感動に包まれていた。好奇心の強いフェルネリアはこの村で見聞きしたことを母や家臣たちに伝えようと一生懸命。
そのあどけない姿に思わず破顔するフェルネートはその頭を撫でてやりながら、微笑むのだった。
「ふふ、お前のそんな笑顔を見たのは久しぶりだな。やはり少しでも外の世界を経験すると見識は広がる。これからはもっといろんな所へ行ってみなさい、その時は私も一緒だ」
そんな母の言葉にフェルネリアは大きく目を見開いて、喜びを露わにする。
「うん、だからお母さま大好き!!」
「ハハ、フェルネリアは現金だな――」
「うむうむ、仲良きことはよいことじゃ。よかったのう、フェルネリアよ」
近くにいた姫長メイシャンがそう呟くとフェルネリアは運と元気良く返事をする。同時にフェルネートをはじめ、その家臣たちは当代の姫巫女であるメイシャンの前にかしずき臣下の礼を取るのであった。
「恐れ多くも姫巫女様に置かれましては、我が娘フェルネリアを預かっていただき感謝の言葉もございません。このフェルネート心より御礼申し上げます」
「よいよい、我らはともにレゾニア王家の血筋。それにあの適当男と思いを通わせたもの同士じゃ。フェルネリアはもはや我が娘も同然。他の子らと同じようにかわいいものよ。のう、フェルネリアよ」
「はい、姫お母様!!」
メイシャンの言葉にフェルネリアが嬉しそうにうなずくと、メイシャンの二人の子供たちリュウオウとリュウサンも声を上げて頷いていた。
「サンと兄上もフェルネリアとは仲良しなのじゃ――!」
「うん、僕も村の友達もみんな仲良く遊んだんだよ」
「リュウオウ様や姫君もご健勝で何より。どうかこれからも我が娘をよろしくお願い申し上げます」
かしこまったフェルネートの言葉に戸惑いつつもリュウオウ達はフェルネリアとともにうんとかわいらしく応じていた。
その後、戻ってきたリュウレイたちを交えて、一行はリュウ家で姫長メイシャンと子供たち手造りの夕食に舌鼓を打つことになる。
自分の作った料理を母や家臣が食べるのを見たフェルネリアはこれ以上にないほどうれしさをにじませていた。賑やかな夕食の後、旅の疲れを癒すべく姫長メイシャンの提案でフェルネートたちは村の共同浴場でともに汗を流すことになった。
当然後片付けはリュウレイたちの任務となる。とはいえ、風呂場から戻ってきてばかりでまたとんぼ返りするのが億劫になっただけではあるのだが。
「さすがにあれ以上お風呂に入っていたら、ふやけちゃうもんね」
「……フォンがふやけたらさすがに困るな」
真面目な顔で応えるリュウレイをリュウフォンが少し冷めた視線で見つめていたのはいつものこと。メイシャンたちが戻るまでの間に片づけを置けたリュウレイたちは少し早くめに離れに戻り、就寝したのだった。
「フェルネート様、相変わらずおきれいな方だったな」
「フェリナの一番上のお姉さんだもんね、今度ゆっくりお話しできるといいね」
「そうだな、そうなるといいな――」
そんなことを呟き合いながら、リュウレイたちはいつしか眠りに落ちていった。その頭上には満天の星空が輝いていた――。




