終章(62)
日曜日分の更新です。
――いやあ、眼福だったなぁ……。
午前中に収穫した最後の芋を倉庫に運び終えたリュウレイは先ほど目撃した光景を思い返していた。あの後、まっすぐにこちらに向かい飛んできたリュウフォンは近くの物陰にリュウレイを連れていくといきなり頬を引っぱたいた。
おかげで左の頬には彼女の手跡が赤く残り、今でも少しじんじん痛む。しかし、義母リュウメイとよく親子ゲンカをするリュウレイにとってはかわいいものだった。
――不届きなのは仕事サボってのんびりしてたあいつも同じだし、お互い様だよな。こればかりは。
手押し台を押してリュウ家の母屋に戻ったリュウレイは家の中にいるであろう姉と義娘のリュウサンの姿を探していた。この後、休憩のために村の寄り合い所に集まり、昼食会が開かれる。頼まれているわけではないが、リュウレイも手伝うつもりでいる。
しかし、今朝方あれほど芋料理を恐れていた姫長親子の姿はどこにもなかった。考えられるとすれば、さっきの腹いせにリュウフォンが先に二人を誘って寄り合い所に向かったことくらいか。
「それにフォンの奴、朝から妙に気合が入っていたからな。そっちの方を優先したか……」
リュウ家の農園で働く人々に交じって芋掘りを楽しんでいたリュウオウもリュウフォン達と合流して寄り合い所に行ったと考える方が自然かもしれない。さすがのリュウレイもそろそろ腹が減ってきたところだ。
「早いところ、村の広場に行ってみるか。腹ごしらえしとかないと、午後まで持たないからな」
そう言いながら、リュウレイは人影もまばらになった昼時のあぜ道を一人、村の中心に向かい歩き始めた。その視線の先には、楽し気に過ごす人々の姿があった――。
… … …
それはリュウレイがリュウ家に戻る少し前のことであった。あちこちで用事を済ませたリュウフォンが空を飛びながらリュウ家の農園の方に戻ってくると、農民たちと手伝いの子供たちに交じり過ごすリュウ家の長男リュウオウの姿を見かけた。
友達に囲まれて楽しく過ごすリュウオウは年相応に無邪気な姿を見せている。この後はリュウ家の母屋でメイシャンたちを迎えに行くだけなので、ついでに彼もつれていこうと考えて、空から声をかける。
「リュウオウ、もうお昼だよ――!」
「あ、リュウフォンだ! 用事は終わったの――?」
「もう終わったよ――、今からメイシャンたちを迎えに行くところだから一緒に行こうよ!」
「うん、わかった――!」
リュウフォンの呼びかけに答えたリュウオウ、少し年上の容姿の整った家族を持つ彼のことを他の子供たちがうらやましそうに眺めていた。そんなことはつゆ知らず、リュウフォンが指先を動かすとリュウオウを中心に風が巻き起こり、その体を上空へと押し上げる。
自分の方の飛んできたリュウオウの体を思いきり抱き締めたリュウフォンは満足げに微笑むと、笑顔を見せた。
「はい、着いた。じゃあ、一緒に行こうね!」
「うん!」
元気に答えるリュウオウに目を細めたリュウフォンは農民たちに別れを告げるとまっすぐリュウ家の母屋を目指し飛んでゆく。
「母上たちも芋掘りすればいいのにね、僕たくさん掘ったんだよ!」
「ふうん、リュウオウは頑張り屋さんだね。お昼はたくさんご飯食べて、午後も頑張ろうね!」
「うん、そうだね」
こんなに多くと身振り手振りで説明するリュウオウの頭を撫でるリュウフォン。しかし、彼女自身はなるべくなら、芋掘りの手伝いなどしたくはなかった。今年はリュウレイから離れて行動しているのも去年までなし崩し的にあちこちで芋の運搬などに駆り出されて辟易した結果でもある。
もっとも、彼女は気づいていない。午前中はリュウレイが用事のことを加味して大目に見ていたということに。午後はカンショウあたりも巻き込んでリュウフォンをいつも以上にこの芋掘りに付き合わせようと画策し始めているとは全く思いもよらぬことであった。
リュウフォン達がリュウ家の母屋に降り立つと、ちょうどそこにはリュウメイが戻ってきたところであった。
「おや、アンタたちも戻ってきたところかい。しっかり働いたかい?」
リュウフォンからリュウオウを受け取り、自分の胸に抱きあげたリュウメイが問いかけるとリュウオウはうんと頷く。逆にぎこちない表情でこくんと頷いたのは当のリュウフォンだった。まあ、誤魔化そうにも村で唯一の風詠みの歌姫たる彼女のこと、その動向は村中ある程度関心を持って見守っている。
故にどこにいても衆人環視の眼は光っていたのではあるが……。少し前のリュウレイとのやり取りも目ざといリュウメイは見ていたがここでは素知らぬ体で接していた。
「まあ、いいさ。もう昼だしリュウシュンたちに頼まれてメイシャンたちを呼びに来たんだよ。フォン、アンタ何か頼みごとをしてたそうじゃないか。準備できているから遅れるなって言ったよ」
「あ、そう……わかった、ありがとう……」
「?」
挙動不審なリュウフォンを見て不思議そうな表情を浮かべるリュウオウ。そんな二人をを見てほほ笑むリュウメイ。気を取り直して彼女は母屋の戸を開き中に入ってゆく。無言のリュウフォンもおずおずとそのあとに続くのであった。




