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リュウレイの誓い  作者: ミニトマト
終章 ともしびの先へ

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終章(55)

 その幼い少女はじっと西の空を見上げていた。険しい山々に囲まれた懸崖にひっそりと暮らす彼女とその一族は古くから風の神を祖先として生きてきた。暗く垂れこめる暗雲に満ちた空が晴れ渡ることはまれで彼女はこの地で生を受けてからずっと変わることの無い景色と、山々を吹き抜ける強い風の音を子守歌に過ごしてきた。


 先日、体の弱かった母を亡くしたばかりであり、今は若い父親と小さな妹とともに暮らしている。つつましいながらも安らぎに満ちた生活の中で、彼女は暇があればいつも西から吹き抜ける風を全身に感じていた。


 まるでそこに死んだ母の面影を見出すかのように――。


「誰かが……来る……」


 その小さなつぶやきは遠い風の音にかき消されていった。



 … … …



 鍛冶師の村、その中央にある寄り合い所や共同浴場が立ち並ぶ広場の一角にリュウレイの姿があった。仕事帰りにいつもはゆっくりと一日の疲れを癒す入浴も仕事の汗を流す程度で終わらせたリュウレイは相棒のリュウフォンと妹分のカンショウが着替えを終えて出てくるのを一足先に外で待っていた。


「よし、準備はいいな」


 いつもは仕事道具を入れる布袋に酒と手土産の焼き菓子、それに村の周辺に咲いている青い花々を包んだ花束。これだけあれば何とか格好はつく。


 ――墓参りなんて言い出したのは自分だし、これくらいはしておかないとフォンやナルタセオ達に対して顔向けできないからな。


 正直、余計なことをしているという自覚はある。勢い任せに言ってしまったとの後悔もなくはない。しかし、これが自分の生き方だし一度口にしたことを曲げるようなことはしたくなかった。


「リュウレイ、お待たせ!」


 そんなことを考えていると後ろから誰かが抱き着いてきた。いうまでもなく、質感にあふれたこの感触は相棒のリュウフォン以外にはない。お風呂に入って体温が上昇した彼女のぬくもりはまた格別なのである。


 そこにもう一人、リュウレイたちの妹分のカンショウがやってきた。ほんのり赤く色づいた彼女は暢気に声をかけてくる。


「あ――、すっきりした! リュウレイ姐さんは着替えるの早いですね」


「ああ、二人とももう上がったのか。こっちは準備万端、いつでもいけるぞ」


 もう少しゆっくりしたいところだが、今日中に墓参りすると決めた以上有言実行。それがリュウレイのやり方だ、リュウフォンとカンショウは顔を見合わせた後リュウレイに向かい頷く。


「――それじゃ、早めに行って戻ってくるか。あんまり遅れると義姉さんに悪いしな」


「さっき、食堂で焼き菓子を一つもらっただけだもんね」


 帰りが遅くなるのを見越したリュウシュンはリュウレイたちに焼き菓子を余計に振舞ってくれた。まあ、リュウレイに対しては嫌みの一言ももれなくついてきたのだが……。


 義姉のメイシャンにはリュウフォンがそれとなく風の村を訪れることを伝えておいたらしい。それに対して義姉は『そなたたちの好きにするがいい』と答えただけだったそうだ。


 ――そりゃそうだろうな、いくら義姉さんでもこんなことにまでは付き合い切れないだろうし。


 改めて自分の考えのなさを突き付けられた形だが、それもこれも全部リュウフォンのためだと思い直し彼女に視線を送る。


「――それじゃ、ナルタセオ達のところに跳ぶよ。二人とも私の傍によって」


「はい」


 カンショウが素直に返答する中、リュウレイは無言でリュウフォンの片手を取る。やがて意識を集中し始めたリュウフォンの中心に風が渦巻き、心をとらえてやまない切なくも安らぎに満ちた旋律が周囲に響き渡る。


 ――ああ、これがフォンの歌声。私が愛してやまない女の音色なんだな……。


 瞳を閉じて、その旋律に全てを委ねようとしたその時、リュウレイの手をリュウフォンが強く握りしめてきた。


 ――ありがとう、リュウレイ……。


 そんな微かなささやきがリュウレイの耳元に届いて消えていった――。



 … … …



「シグル――、そろそろご飯だよ――!」


 背後で自分の名を呼ぶ声がする、振り返ればそのさきには一つ年上のシラルトリオともう一人の女性がこちらに向かい歩いて来るところであった。彼女たちは自分の方を見ると笑顔を浮かべて、手を振っていた。


「もうすぐ日が落ちるわ、そろそろおうちに帰りましょう。シグルラウネ」


「シラルと……ロマル、うん、わかった」


 シグルラウネと呼ばれた緑髪に茶色い瞳を瞬かせながら、素直にうなずいた。


「今夜は私たちの好きな料理だって――、よかったね――!」


 そう言ってやや興奮気味の女の子、シラルトリオがシグルラウネに抱き着いた。その勢いに圧倒されながら、シグルラウネはぼそりと呟く。


「でもね……もうすぐここに誰か来るよ、お客さんかな?」


「……外の世界にいる誰かが戻ってくるのかしら?」


 強い風に波打つ前髪を抑えた緑髪緑眼の女性、ロマルセロネが首をかしげる。その時、彼女たちの背後で聞き覚えのある旋律とともに一陣の風が渦巻く。


「この歌声は……リュウフォンだ!」


「……エルカオネ? まさかあの子が??」


 信じられないといった様子で子供たちとともにロマルセロネが背後を振りかったその時、風にはためく白い衣を纏った緑髪の少女と見覚えのない二人の黒髪の少女が目に入った。


「うわ――……、風が強いですね、ここ」


「まさしく秘境って感じだな」


 初めて目にする周囲の景色を物珍しそうに見つめる彼女たちの中で、ただ一人この村の同胞でもあるエルカオネことリュウフォンはまっすぐにロマルセロネたちの方を見つめてやや緊張した面持ちであった。


 ――まさかあの子がこの地にやってくることがあるなんて……。これも今は亡きシレルレオネと我が祖風神の導きなのかしら?


 その時、子供の一人シラルトリオが嬉しそうに声を上げた。リュウレイたちと面識のある彼女は数少ない知り合いの来訪に心を躍らせているかのようだった。


「あ――、リュウレイたちだ! どうしてここに来たの――?」


「お、シラルトリオだ! いきなり来て驚かせたか、ごめんな――!!」


 最近鍛冶師の村の子供たちから冷遇されているリュウレイは自分に向かい走り寄るシラルトリオを大喜びで抱き上げていた。


 シラルトリオは今朝方鍛冶師の村からここに戻ったばかり、若干驚いた様子ながらそれでもリュウレイたちのことを歓迎してくれている様子だった。


「ちょっと大事な用事があって、来たんだよ。お母さんか、ナルタセオに知らせてくれないか?」


「うん、いいよ! わたしが呼んできてあげる!!」


 頷いたシラルトリオを地面に下しながら、リュウレイが頷くと彼女は一目散に家のある方へと駆け出していく。その後ろ姿を笑顔で見送るリュウレイのもとにシグルラウネを抱いたロマルセロネが歩いてきた。


「あなたたちは鍛冶師の村の人ね、私はこの村の住人ロマルセロネ。この子はシグルラウネ、炎神の僕が私たちに今更何の用かしら?」


「――墓参りだよ、その子のお母さんの! 可愛いな、ほらこっちにおいで」


 シグルラウネに笑いかけるリュウレイ、シラルトリオやロマルセロネとは違う茶色い瞳の幼子は不思議そうにリュウレイを見つめた後、差し出された手を取った。


「ハハハ、やっぱり子供はかわいいな。特に女の子は!」


「……姐さん、別の意味に聞こえるから、そういういい方はやめた方が……」


 妹分のカンショウが可愛い顔立ちのシグルラウネを抱き上げるリュウレイをうらやましそうに眺めている。その背後から、リュウフォンが音もなく近づいてきた。


「久しぶりだね、ロマル。五年前の王都以来かな?」


 躊躇いがちに話すリュウフォン、成長した彼女の姿をまじまじと見つめたロマルセロネはリュウフォンを力強く抱きしめてその訪れを歓迎した。


「すっかり大きくなったわね、エルカオネ。あの小さかったあなたがこんなに大きくなるなんて……。もう二度と会えないかもと何度思ったことか――」


「ごめんなさい、何度もみんなに会おうと思った。けど、結局できなかった、本当にごめんなさい……」


 涙をにじませて謝罪するリュウフォンの頭をロマルセロネがやさしくなでている。


 ――やっぱり、ここがリュウフォンの本来の居場所なんだな。少し複雑だけど……。


 再会を喜び合う彼女たちのもとに村の方から数人の人が近づいてくるのが見えた。


 その先頭にはリュウレイの姉リュウシュンも憧れるこの村の長ナルタセオがいる。彼女に手を振りながら、リュウレイはこの訪問が実り多いものであることを心から祈らずにいられなかった――。


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