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リュウレイの誓い  作者: ミニトマト
リュウレイの誓い~前編~
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調べの森

 よく晴れた昼下がり、雄大なる白の山嶺に囲まれた盆地の奥に広がる森の中を一人の少女が歩いていた。山々から湧き出た清水が流れる渓流を中心に豊かな緑があふれている。深い森の木々は湿気を含み、鍛冶師の里に暮らす人々に多くの恵みを与えていた。


 この地に人が住み着いてより千年以上もの間、その営みは変わることなく続いている。


 渓流のわき道に出た少女、リュウレイは木々に囲まれた流れに目を向ける。日の光に照らされて、きらきらと輝く水面に目を凝らしていると時折川魚が群れを成している様子が見て取れた。


 この村で暮らし始めてからはや6年余り、何度ここで魚釣りに勤しんだことかと思い起こして、自然と笑みが零れた。最近、立て続けに急ぎの仕事が入ったこともあり、あまり自由な時間を過ごした記憶はない。


 たまには日頃の忙しさから解放されて、ゆったりと過ごすのも悪くはないだろう。


「明後日の納品を済ませれば、少しは暇になるしチビたちを連れて一日過ごすのも悪くないよなぁ……」


 今朝方、工房に出向く自分を見送ってくれた幼い兄妹のあどけない笑顔を思い出し、リュウレイは独り言ちた。鍛冶師見習いとして働き始めたのはいいが、どうしても家のことは二の次になりがちだ。近頃は、食事に洗濯、掃除まで義姉に任せっきりだ。


 もともと身分の高い家の出だった義姉はリュウレイが仕えるべき人だった。


 それがいつの間にか、家族になり面倒まで見てもらっているのだから、人生不思議なものだ。子供たちが生まれたばかりのころはそれこそ、身の回りの世話はおろか食料の調達までリュウレイと実の姉のリュウシュンが必死にこなしていた。


 それがうれしくもあり、また楽しくもあった。自慢ではないが、家事の類は得意だった。今はほとんど、手出しする機会がないので腕がなまっているかもしれないが、ときどき無性に掃除とかをしたくなる。しかし、余計なことをするとただでさえ気位の高い義姉を刺激しかねない。


 怒ると流石に手には負えないので、今は遠慮しているに過ぎない。


 それも本気で怒っているわけではなく、子供たちの前でかっこいいところを見せたいだけなのだから、年上ながらかわいいものだった。


 そんなことを考えながら、渓流沿いの道をさらに奥へと分け入っていく。この森の奥には古代に築かれた街道が走っており、深い山々を貫いた隧道が存在する。かつては歴史の果てに埋もれ忘れ去られた遺構を今では少なくない旅人や里の者たちが往来し、利用している。リュウレイにとっても感慨深いことであった。


 街道と渓流の合流地点から少し行ったところに、この森で一番古い大樹が生えている。リュウレイの目的はこの大樹の上にあった。


 木々の間を吹き抜けるさわやかな風の中に心をとらえてやまない美しい少女の歌声が聞こえてくる。少し足を速めながら、大樹の根元を目指す。苔むした大樹の周囲は少し開けている。その周りには大小さまざまな森の生き物たちが集まり静かに歌声を楽しんでいるようだった。


 動物たちはリュウレイが近づいても、静かに目をつむったまま動くことはない。もう見慣れた光景だが、最初のころは戸惑いの方が大きかった。


 大樹を見上げるところまで歩み寄ったリュウレイは、口に指を当て大きく息を吹き出す。調べを断ち切るような鋭い口笛が響き渡り、動物たちが一斉に目を開きリュウレイの方を見た。前に大声を上げて怒られたこともあり、自分なりに工夫してみたのだが、やはり失敗だったろうか?


 先ほどまで聞こえていた歌声が止み、いつしか風がリュウレイの体を取り巻き渦巻いている。それと同時に体が浮揚感に包まれ、大地から足が浮き上がっていく。


 始めはゆっくりと、だんだん速度を増してリュウレイは樹上に待つ少女のもとに近づいていく。ついた先には小鳥に囲まれ、楽しそうに笑うリュウフォンの姿があった。


「いらっしゃい、リュウレイ」


 まるで歌うようにはにかむフォンの笑顔に、リュウレイは苦笑いを浮かべ右手に持っていた籠を差し出した。


「ほら、これお昼ご飯。また夢中になって忘れていたんだろう?シュンの奴に頼まれたから持ってきたんだよ」


「ウフフ、ありがとう。今日はいい風が吹いていたから、また時間が立つのを忘れちゃった」


 大樹の大きな枝の先に広がる青空に目を向けながら、リュウフォンは籠を受け取った。


 リュウレイは彼女のすぐそばに腰を下ろし、いつもとは違う山々の風景に目を奪われた。


 ここからは空がよく見える、山々を吹き抜ける風を捉えるには絶好の場所といえた。フォンはこの場所でいつも風詠みをしている。世界を回る大きな風の流れに自分の調べを乗せて、歌い続けるのが古から続く歌姫たる彼女の一族の役目なのだという。


 すぐそばのフォンに目を移せば、彼女は白い布を開き、中の包み焼をおいしそうに頬張っていた。それがいかにも子供らしく、彼女らしかったのでリュウレイの顔にも笑顔が浮かぶ。


 そうとは知らないフォンも微笑み返し、籠の中にあった包みをリュウレイの方に差し出した。一緒に食べようということなのか、さっき食堂で腹いっぱいに食べてきたばかりのリュウレイは一瞬戸惑ったものの、素直にそれを受け取ると大きな口を開けてかぶりついた。


 今度はこっちが、リュウフォンに笑われる番だな。


 そんなことを思いながら、彼女と過ごす時間を楽しむ。大樹の幹に体を預けたリュウフォンはリュウレイより頭一つ分背は低いものの、女性らしい体つきをしている。リュウレイよりも大きく育った胸や体を覆うのは一枚の薄く長い白の布切れ一枚のみ。


 体の線をよりくっきりと目に焼き付けたレイは彼女の視線を感じ、顔を上げる。そこには優しい笑顔のリュウフォンがいた。


「どうかしたの?」


「いや、べつに。そろそろ戻らないと、午後の仕事に遅れちまう。明後日、納品でふもとの町に行かないといけないんだ。それまでに残りの仕事を仕上げないとまた親方に大目玉食らうからな」


 リュウレイが腰を上げると、リュウフォンもそうだねと言って頷いた。親方はリュウ家の隣に住む若い鍛冶師で、今年で三十になる。鍛冶師の元締めをしている義母の弟分でリュウレイにとっては怖い師匠のような存在だった。


「お仕事頑張ってね、夕方になったら私が迎えに行くから」


「ああ、それなら夕飯の前にチビたちを連れて風呂に行こうか。あいつら喜ぶぞ」


「うん、わかった。みんなで行こうね」


 フォンの言葉にリュウレイもうなずき、大樹の枝を器用に降りていく。その姿は今朝の山嶺を駆け抜けた時と同じくらいの身のこなしだった。


 頼もしいその後姿を見送りながら、リュウフォンは調べを奏でる。その旋律にはどこか甘く切ない思いが込められているようにも聞こえた。


 森の木々の上、大きな雲が形を変えて流れていった。


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