終章(39)
「こっちの味付けはどうだ、フォン?」
「ん――……、悪くないね。いつものリュウレイの味に比べれば少し落ちるけど」
リュウレイから出来上がったばかりの料理皿を受け取ったリュウフォンはそう感想を述べていた。どうやら、今夜のリュウレイはいつもと少し味付けを変えているようだった。
まだ試行錯誤の最中だけにリュウレイの料理を食べなれたリュウフォンには少し物足りなさを覚えるものであったのかもしれない。
「そんなことをしているなんて随分余裕ね、それとも勝負はあきらめたのかしら?」
隣で鍋を振るうリュウシュンの嫌味にリュウレイはふんと鼻を鳴らす。それを見たリュウフォンは肩をすくめると二人に声をかけて厨房を出ていった。
「じゃ、私はこれ運んでくるから次お願いね――」
「ああ、わかった!」「わかったわ!!」
リュウレイたちの返事も重なり、お互いを鋭い視線でにらみ合うと彼女たちは再び調理に向かう。そんな中でもちらちらとリュウレイの料理を観察していたリュウシュンはリュウフォンが述べた感想の理由を既に見抜いていた。
――あの子があんな料理を作るとは予想外だったわね。
それが工房の厨房を取り仕切るリュウシュンが抱いた感想だった。その理由は単純だ、リュウシュンの料理はいわばこの村の家庭料理を少し工夫したもの。いつ食べても飽きないように味付けにもそれなりにこだわっている。
以前から食べやすいその料理は旅人や工房で働く男たちには好評を博していた。当のリュウレイとてなんだかんだ言って残さずに人一倍平らげているのがいい証拠だ。
そして、宴会などの手伝いに駆り出されるリュウレイが作るのは少し味付けが濃い言わば店屋の料理そのものだった。もっともそれには理由がいくつかある、常に体を酷使するリュウレイは体が栄養分を欲すると同時に濃い味付けを好むからだ。
それ故に、リュウレイの料理は酒好きが多いこの村の住人たちからは好まれているというわけだ。特に義姉や義母は大歓迎といったところだろう。
そのリュウレイが味付けを変える工夫をしてきたのはやはり禁足地に行ってからのことだろう。そこでどんな心境の変化があったのかはわからないが、リュウフォンやカンショウにもそれは共通している。
――仲がいいのはわかるけど、あの二人までリュウレイみたいになられたら困りものだわ。もっとしっかりしてもらわないと。
特にこの村に来たばかりのカンショウはリュウシュンもそれなりに面倒を見ている。それは妹のリュウレイに懐いている彼女の将来を危惧しての気持ちの方がどこか強かった。
そんなこちらの心情などつゆ知らず、カンショウは純粋にリュウシュンを慕ってくれていた。そんな素直さも気難しいリュウレイやリュウフォンが彼女を可愛がる理由の一つなのかもしれない。
空の皿を抱えて戻ってきたカンショウを見たリュウシュンはどこかほっとした気分になる。やはり気性の激しい妹のリュウレイと意地を張り合うのはそれなりに気疲れをするのだろう。
そんなリュウシュンの気持ちを察してか、皿を流し台に置いたカンショウが二人に声をかける。
「次の料理お願いします、あとお皿が大分溜まってきたので私、洗い場の方に回りますね!」
「ああ、頼む!」「お願いね!!」
二人同時にカンショウに返事をしたリュウレイたちは一瞬にらみ合った後に顔をしかめた。
「「……ふん!」」
その様子にやはり二人は血のつながった姉妹なんだなと思うカンショウであった――。
… … …
――それにしてもまさかカンショウがあんなことを言うなんて思わなかったわね……。
穏やかな表情を装いながらも、姉姫アルスフェローは胸の底に眠っていた過去の思いや感情を呼び起こされたことに動揺を覚えていた。
それはかつて王都で炎の王リュウシンとともに過ごした日々は彼女にとって忘れることのできない思い出であったから――。その思いはナルタセオやラセルエリオ、当時王の後宮に集まりリュウシンを愛した者たちに共通するものだろう。
運ばれてくる料理を囲み、楽し気に過ごす子供たちもまたそんな母親たちの心情を察してか、ことさら明るく振舞うけなげなその姿がアルスフェローの寂寥の思いを強くするのであった。
当時、解放された王都の後宮を預かっていたのは姉のアリステロア王女とアルスフェローであった。彼女たちの役目はやってくる新たな王の下、滅びた王家をいかに再び繁栄させるかということにあった。
既に多くのレゾニアの民は死に絶え、中原には辺境より入り込んだ人間たちがそれぞれに暮らしている。
それらの現状を踏まえリュウシンは少数のレゾニア人による統治を継続することで形の上でレゾニア王国を存続させ、中原の大地を人間たちの手に委ねるという宣言を行ったのだ。
それは遥かなる古代より続く神代の終わりであり、新たなる人の時代の始まりを意味するものであった。人々が大いなる希望に湧きたち新王国建設に向かう中、王宮では多忙な日々を送るリュウシンを取り巻く多くの女性たちがいた。
彼女たちは王家の末流に連なり、炎神の大神殿に仕える女官たちであった。彼女たちはそのまま、王であるリュウシンの後宮を形成する者たちともなる。リュウシンの王都解放によりその幕下に加わっていたナルタセオや王宮の片隅で仲間とともに眠りについていたラセルエリオもまたリュウシンの人柄に惹かれ、彼と契りを交わすことになる――。
振り返って王女であったアルスフェローはどうであったのか、それは考えるまでもないことであろう。
――あの頃の私は、ううん私とアリスお姉さまはリュウシンの一番近くにいた。誰よりも彼にあこがれて、彼を愛していたのだから……。
今でも胸を締め付けられるほどの恋焦がれる熱く純粋なその思い、その思いにあれから何度眠れぬ夜を過ごしたことか。
――私にとってリュウシンは青春そのものだった、そして彼を失ったあの日から私は一人の女として生きることを決めた。彼の残したこの大地とともに――。
アルスフェローの脳裏には逞しいリュウシンの面影がまざまざと蘇る。多くの傷を負いながら、それでも彼は未来を夢見ることをあきらめずにいた。しかし、今彼はここにはいない。
それが何よりも悲しく思えることであった――。
土日は公開時間が遅くなります。




