終章(28)
「お風呂、気持ちいいね。お母さん――」
「ああ、そうだな。うちの村にもほしいくらいだ――」
「そうだね――」
差し込む日の光に照らされた白い湯気の中、リュウレイたちの向かいに腰を下ろしたナルタセオ達親子三人は、気持ちよさそうに湯船の中でくつろいでいた。実年齢で百五十年、外見で言えば二十歳くらいのナルタセオは姫長メイシャンや姉姫アルスフェローと同様に長命を誇る種族の女性だけあって、とてもラグセリオのような子供がいるとは思えないくらいの瑞々しい若々しさに満ちている。
緑色の髪と瞳、それに褐色の肌を持つ彼女は今自分の両脇に二人の子供を抱き寄せて、心からゆったりと過ごしているようだった。エルカオネことリュウフォンの実の叔母でもある彼女は女性らしい魅力的な体つきをしている。若いリュウフォンより見事に良く実った胸元に顔を寄せる息子のラグセリオとラセルエリオの娘シラルトリオはこの上もないほどに安心しているようだった。
そんな二人の表情からもナルタセオに対する深い愛情と信頼が垣間見えるようで、リュウレイはほほえましく三人の方を眺めていた。
しかし、リュウフォンとリュウレイに間を挟まれた妹分のカンショウは違った。彼女は固まったまま、ある一点を凝視している。それもかなりまじまじと。
それは……、解説しなくてもわかろうというものだ。油断しきっているナルタセオ達に気づかれたことだと思い、リュウレイがさすがにたしなめようとしたその時リュウフォンが先に動いていた。
「……めっ」
「あう……」
妹分のカンショウにはとことん優しいリュウフォンである、そっとカンショウを自分の方に抱き寄せて、その耳に甘くかじりついて意識を自分の方に向けさせている。小さな悲鳴を上げたカンショウはリュウフォンの大きな胸に抱き寄せらせて嬉しそうに懐いていた。
「フォン姐さ――ん……」
「あんまり人のことをじっと見たらだめだよ?」
「は――い……」
よしよしとカンショウの黒髪を撫でるリュウフォンの姿に泣きたくなるのなぜだろうか?
――最近、本当に私に対する扱い悪くないか?
いろいろ自業自得のような気もするがそれはこの最前部忘却の彼方に放り捨てておく。人生、特に鍛冶師は自分の恥など気にしていては務まらないのだ!
何かいたずらしてやろうといろいろ考えていると、いきなり横から頬をつねられた。
「痛ててっ!」
「ねえ、リュウレイ。あまりくだらないことを考えていると顔に出るよ?」
「ご、ごめんなさい……」
「しっかりしてください、リュウレイ姐さん……」
リュウフォンの迫力に押されて謝ると、カンショウが呆れたように肩を落とした。二人ともリュウフォンの尻に敷かれている様子に子供たちが声をあげて笑っていた。
「リュウレイたちって仲がいいよね、お母さん!」
「え? そ、そうだな。仲がいいかもな……」
なぜか不自然にリュウレイから視線を逸らすナルタセオ、その顔が赤くなっているのは湯に浸かっているだけではなさそうだ。
「どうしたの、ナルお母さん?」
「な、何でもないぞ、私はいつも通りだからな」
女の子だからかちょっとした変化に気づいた様子のシラルトリオに尋ねられたナルタセオは慌てて、それを否定する。ますます墓穴を掘っているようにしか見られないが、リュウレイと視線が合った彼女は、ふと安心したように微笑んで見せた。
――変に意識されているのかな?
まあ、この前リュウレイが東の峰の頂で彼女にしたことを考えれば、当然なのかもしれないが。自分よりはるかに年上の女性なのに、結構かわいいところがある。案外、リュウフォンと血がつながっているからかもしれない。
自分のすぐ隣で少し怒った表情を見せるリュウフォンをリュウレイは躊躇いなく抱き寄せて口付けする。
「――っ! もう、いきなり……!!」
「いいだろ、フォンは私に大事な嫁だからな?」
「……もう仕方ないな――」
「あの、姐さんたち。私のことも忘れないでもらえると嬉しいです――」
少し寂し気なカンショウ、そんな彼女のためにリュウレイとリュウフォンは両側から彼女の頬にそっと口付けする。
リュウレイたちのやり取りを不思議そうに眺めるラグセリオ、そんな息子をナルタセオは自分の方に引き寄せる。
「リュウレイたちってどこか変?」
「子供には刺激が強いから、お母さんと一緒にいような?」
「は――い」
のんきに声をあげて笑うシラルトリオ、それからしばらくの間ゆったりと湯に浸かった彼女たちはリュウ家の母屋に赴くべく、風呂から上がるのだった――。
… … …
「久々に会ったけど、ナルタセオさんって素敵ですよね――」
「ああ、何せ客商売しているから、身だしなみにも気を使っているらしいからな」
「なるほど……」
動きやすく露出の高い黒の装束を見事に着こなす風の末裔、二人の子供に囲まれて楽しそうにするナルタセオの方を見ていたカンショウはその姿にどこか見惚れているようでもあった。
それは身近なリュウフォンへのあこがれの延長線上であることはリュウレイにもよく理解できた。もっとも当のリュウフォンは子供たちやリュウレイ、カンショウまで後から着たナルタセオに視線を向けているので面白くなさそうな顔をしてそのあたりを漂っている。
「それじゃ、そろそろうちに戻ろうか」
「ああ、そうだな。二人とも行くぞ」
「うん」
「は――い!」
リュウレイの誘いにナルタセオが応じると、ここでカンショウとはお別れになった。その際、リュウレイは一つだけカンショウに耳打ちしておく、下手をすれば今後カンショウにもかかわってくるからだ。
「あのな、ナルタセオはリュウシュンの本命なんだ。だからあいつの前で下手なことはするなよ、平常心で行け」
「へ――、そうなんですか。でもリュウシュン姐さんが憧れる気持ちもよくわかる気がします。そんなリュウシュン姐さんも素敵ですけど――」
――何か別のものに火をつけた気がするのは気のせいだろうか?
一人満足げにうなずきながら、別れを告げて姉姫宅に向かうカンショウ。そんな彼女の将来に不安を抱きつつ、リュウレイはナルタセオや子供たち、空を行くリュウフォンとともにリュウ家へと歩き出す。
「それじゃ、義姉さん達の待つリュウ家へ急ぐか!」
「そうだね」
リュウレイたちの向かう先の両側にはもうじき収穫時期を迎える農作物が実り豊かな姿を見せている、季節は確実に移り行く――。
そうしたことに胸を躍らせてリュウ家を目指すリュウレイたちであった――。




