終章(22)
「――というわけで、私もカンショウや子供たちから手が離せなかったんだよ。だから迎えに行けなくてごめんね?」
「まあ、そんなことだとは思っていたけどな……」
いつもより遅めの入浴時間、リュウ家での宴会もひと段落した後にリュウフォンを伴ったリュウレイはようやく村の共同浴場を訪れていた。
今頃はすっかり騒ぎ疲れた義姉やラセルエリオたちが母屋の寝室でそれぞれの子供たちとともにやすらかな眠りについていることだろう。まだ飲み足りないのは、酒樽を離さない義母リュウメイと、酒が入るたびにより一層寡黙さを増していく大先生リュウゲンだろうか。
よく笑いよく話す義母とは違い、人生の憂さを酒とともに飲み干すような渋さを醸し出すリュウゲンは実に対照的だ。
――どちらかといえば、リュウシン様の飲みっぷりは義母さんに似てたよな。さすがに姉弟って所か。
短い旅のさなか、幾度か街の酒場で立ち寄った時にリュウシンも旅先で情報を集めるために町の人と杯を交わすこともあった。無論、自分で飲みに行くこともあったのだが――。
幼いセラとラナ、リュウシュンとリュウレイは朗らかに笑うリュウシンを見ていつか自分もあんなふうに皆と楽しく酒を飲めたらいいと秘かにあこがれを抱いたこともあった。
――それが今じゃこのありさま、どこで道を間違えたんだろうな。特に私は……。
酒を飲む楽しさを義母リュウメイから仕込まれた義姉やリュウレイはともかく、娘のリュウキョウが大きくなったらリュウシュンも参戦しそうな勢いである。
実のところ、姉姫アルスフェロー一家もなかなかの酒豪揃いである。特にカレオラなどは旧王国時代のレゾニア王都近郊にあった著名な酒処を制覇しつくした過去を持つほどの酒好きとくる。
王国時代からの付き合いで北方各地の有力な貴族ともつながりを持つ彼女はふもとの町の行政官フレマス・ビダルをはじめとする人々とも交流を持ち、姉姫の名代として領主連合の会合にも時折出席する。
その名目が、貴族たちの相手をする姫長メイシャンの補佐であることは村人ならだれもが知ることであった。あの義姉も酒に関してはカレオラとも気が合うらしく、よく笑い合うのを見かけたものだ。
それというのも、義姉の侍女長であった亡きミルマ・ミリスとカレオラとは友人関係であったことによる。お互いに王妃レイフェリアの信頼篤かった女官同士であった彼女たちはそれぞれに王家の姫巫女候補を補佐する立場を与えられ、自らの役割を全うしてきたのだ。
そこには、いかなる葛藤があったのかリュウレイたちには想像もつかないことであった。
ただ、いつかの宴の後、村の寄り合い所で元気だったころの村長ゴウケイと大先生リュウゲン、それに暗く沈んだ様子のカレオラが静かに杯を囲んでいたのを見たくらいか。
義理の父であるリュウゲンを迎えに赴いたリュウフォンに付き合っていたリュウレイは気配を察してその場から立ち去った。今にして思えば、あれは親しい人を失くした鎮魂の盃であったように思う。
それからというもの、あまり外に出ないもののカレオラやルタは村の人たちになるべく馴染もうと努力するようになったと、姉貴分のリシンやカリンたちから聞いた。過去を乗り越えたカレオラたちが直向きに努力する姿はリュウレイにとっても感慨深いことであった。
「酒一つとってもこれだけいろんなことがあるんだから、考えてみればすごいことだよな――」
「そうだねえ……」
リュウレイの何気ない一言にものんきに相槌を打つリュウフォン。彼女もようやく落ち着ける時間を過ごしているらしく、少し離れたところでいつも以上にゆったりとした姿を見せている。
その艶やかな姿は実に見ごたえがある、禁足地から戻ったリュウフォンもどこか依然と比べて大人びた感じがしないではない。やはり人は日々成長するものなのだと、実感する。
それに引き換え、リュウレイのすぐ近くにいる彼女はどうだろうか……。
「……なんだか、私のこと無理やり忘れてませんか。リュウレイ姐さん?」
「随分、やさぐれた様子だな。カンショウ……」
リュウレイの脇にしがみついて離れないのは別人かと思うほどに警戒心の強くなった妹分のカンショウであった。なぜか寄り合い所の宴会で自分に集まってきた子供たち一人一人の遊びに最後まで付き合わされた彼女は、身も心も疲れ果てどこかに消えたリュウレイのことを恨んでいたらしい。
――いやあ、逆に泣きたかったのはこっちなんだけどなあ!
さすがに悲惨な目にあった妹分を怒るわけにもいかないリュウレイは彼女の機嫌取りも兼ねて、夜の入浴に誘ったというわけである。
――まあ、迎えに行ったときに泣きつかれるとは思わなかったけどな……。
まじめな彼女は普段、時間があるときにリュウレイとリュウフォンが二手に分かれて相手をする子供たちを独りで大勢相手にしたらしい。
――そりゃいくらなんでも体が保つわけないだろうにな……。
少し考えればわかりそうなことを加減のわからない彼女はそこまで理解する余裕さえなかったらしい。子育てや家事は要領一つで変わる、これは村の女たちから聞かされた鉄則の一つだ。
特に忙しい小さな子を持つ母親は互いに助け合わねば、到底やっていかれないということらしい。まあ、まだ子供のいないリュウレイやリュウフォンにはわからない苦労を抱えた女衆の言うことだ、間違いはないだろう。
もっとも子供好きなリュウレイやリュウフォンは自分を慕いついてくる村の子供たちが可愛くて仕方ない。それがわかる子供たちや女たちが彼女たちをどれだけ頼りにしているかはわかろうというものだった。
「まあ、子供たちがどうしてカンショウに懐いたのかはわからないけど、いい機会だしお前も子供になれることだな。遊び方くらい私が教えてやるから、元気を出せ。お前がいつまでもそんな風だと子供たちが悲しむからな」
「それもそうですね……、わかりました。私もなんとかやってみます!」
あっさりリュウレイの言うことに頷いた素直なカンショウにリュウレイは思わず笑みを浮かべる。彼女がここまで疲れ果てたのはまじめに子供たちの相手をしていたからに他ならない。
これから正式に鍛冶師となったリュウレイも忙しくなるはず、その分カンショウに今までリュウレイが担ってきた役割が回るのは必然であった。
――もしかしたら、あの子たちもそれを察していたのかな?
あまり考えられそうにもないことが頭をよぎる。
「どうかしたんですか?」
「いや、カンショウは相変わらずかわいいなって思ってな、それ!」
「あ、姐さん不意打ちは……! んんっ!!」
いきなりカンショウに覆いかぶさり、彼女の無防備な唇を奪うリュウレイ。それを見たリュウフォンもあきれた様子でつぶやいた。
「あ――あ、また始まった」
疲れているはずなのに最後はいつもこれだ、元気な二人を前にお湯から浮かび上がったリュウフォンも彼女たちに気集を刊行すべく少しずつ上空から近づいていく。
――それじゃ、行くよ!
その晩、村の共同浴場から元気な乙女たちの声が消えることはなかったとか――。
そして翌朝、村にはとある来客が訪れるのである――。




