終章(21)
時間を少し遡る、リュウレイが鍛冶師の村の周囲にそびえる八峰巡りをしている最中のこと。村の工房前に美しい音色の旋律とともに一陣のつむじ風が巻き起こった。その中から現れたのは幼い二人の子供を連れた一人の緑髪緑眼の女ラセルエリオだった。
ラセルエリオの娘シラルトリオと行商人をしているナルタセオの息子ラグセリオは時々こうして鍛冶師の村に遊びに来ていた。
それは終の歌姫シレルレオネが亡くなる前からの習慣でもあった。
眠気の抜けないラセルエリオは賑やかな声が聞こえてくる工房の方をしばらく見つめていたが首をかしげていた。
「ここ、リュウ家じゃないね、お母さん」
「村の工房だよ、なんだか人がいっぱいいるみたいだけど」
「ありゃ――、ちょっと頭がボケてたかな? 失敗失敗……」
重い瞼のラセルエリオが頭をかいていると、入口の方から見覚えのある一人の少女が顔を出した。女性らしい体つきを一枚の長い布で覆った彼女を見た子供たちは嬉しそうに声を上げて歩み寄る。
「あ――、リュウフォンお姉ちゃんだ!」
「リュウフォン、久しぶり!」
「調べが聞こえたから、見に来たらやっぱりエリオたちだったんだね! いらっしゃい、元気にしてた?」
子供たちを風の力で抱き上げたリュウフォンが笑顔で彼女たちを歓迎すると、眠いラセルエリオは欠伸をかみ殺しながら、片腕を上げてそれに答えていた。
「あ――、眠い……。久々に下に降りたからついでにリュウ家のみんなの顔が見たくてさ……」
「それにしてもはもうずいぶん出来上がってるみたいだね……」
工房の中では村の人々が宴会の最中、お酒のにおいが充満するそちらを見やりながらリュウフォンが苦笑いを浮かべていると、子供たちもあきれたように訴えかけてくる。
「ラセルお母さん、またツケでお酒飲んだんだよ――」
「しかもうちのお母さんのお金でさ――、しようがないよね!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。大人には飲みたくなる時があるんだよ」
怒るラグセリオとシラルトリオを宥めながら、腕を組んでそうそうと頷く酔っ払いの方を見つめるリュウフォン。
――前にナルタセオから聞いたことって本当だったんだ……。
外でリュウメイと飲むことがある彼女はその際、子供を預けているラセルエリオの楽しみである酒場巡りの代金を負担していると愚痴をこぼしていたことがあるのだ。そしてそれはリュウメイの知るところとなり、ついにはこの前の騒動でリュウレイにめぐってきたと……。
最近、お金に関してはとことん付きの無いリュウレイのことを思い出し心の中でため息をついていると、後ろから誰かの声が聞こえてきた。
「――助けてください、フォン姐さ――ん……」
「あ――、あっちの方がまだだった。今行くからもう少し耐えてて、カンショウ!」
「あの人誰?」
「工房に弟子入りしたカンショウだよ、私とリュウレイの妹分みたいなものかな」
「ふ――ん」
工房の入り口には小さい子供たちに囲まれて、すでに半泣き状態の妹分カンショウがいた。子供たちに無視されて爆発したリュウレイが工房を飛び出して既にそれなりの時間過ぎた今、文字通り元気いっぱいの子供たちに振り回されたカンショウは身も心もボロボロになりつつある。
「私きっとこのまま、飽きられるまで子供たちに弄ばれて最後にはぼろ雑巾みたいに捨てられるんですよ、きっと……」
体力の有り余るリュウレイが不在の中、一人で村の子供たちの相手をするカンショウはすでに限界を迎えつつある。一方、リュウレイよりも押しに弱い彼女の方が甘えやすいと見抜いた子供たちはますます盛り上がりご機嫌だった。
「ねぇ、次は向こうで遊ぼうよ!」
「あ――、ちょっとそんなに引っ張らないで――!」
リュウフォンが付いていても、普段自分たちだけで遊んでいる子供たちは新顔のカンショウに懐きまくっていて、この状態だ。
「じゃあ、二人もみんなと一緒に遊ぼうか!」
「うん、私もみんなと一緒がいい!」
「僕も負けないよ!」
「さらに二人も追加ですか――!!」
悲鳴を上げるカンショウの背中を押しながら、工房の中へ戻っていくリュウフォン達。その横から、今度はリュウメイとメイシャンが顔のぞかせた。
「おお、誰かと思えばラセルエリオではないか! ちょうどいい、我らの宴に付き合うがいい!」
「よく来たねえ、今日はうちの娘の祝いの宴さ! 遠慮はいらないから思いっきり飲んでおくれよ!!」
「あ――、私そろそろ眠い……」
リュウ家の二人に間を挟まれたラセルエリオはそのまま工房の中に引き込まれていった。それから夕暮れ時を迎えて、完全に酔いつぶれたラセルエリオを残し村人は引き上げて、子供たちを含めたリュウ家の面々は母屋へと戻っていった。
リュウレイが戻ってきたのはそれから間もなくのことであった――。




