終章(12)
「いやあ、優雅な夕食を楽しむはずが逆に何でこんなに疲れているんだろうな、私」
夕食の準備から食器の後片付けまで、ほとんど押し付けられたリュウレイは重くなった肩を回しながら、独り呟いていた。この後は離れにある自分の部屋で、カンショウやリュウフォンを交えて楽しく過ごすはずが、さらに厄介ごとを抱え込む羽目になってしまいやるせなさだけが込み上げてくる。
薄情な義姉は食後の晩酌を義母のリュウメイと楽しんでいたし、子供たちも大好きな伯母さんに懐いていた。リュウフォン達はというと、食事が終わった後リュウレイが洗い終えた食器を拭いて戸棚に収める役をこなしたくらいで、あとはのんびり食後のお茶をすすっていつの間にか義姉の用意してくれた客間に先行してしまっていた。
「義姉さんも機嫌が悪くなるととことん、キレるからな。今度からはもっと気を付けないと」
そんなふうにその場限りの反省を何度繰り返してきたことか。リュウレイのしぶとさというか、どんな状況でも決してめげない不屈の精神は義母と義姉の二人によって鍛え上げられたといっても過言ではあるまい。
「さてと、あの二人今頃何してんのかな?」
リュウレイがいつもの客間の戸を開けると、そこには誰の姿もなかった。二三回、部屋の中を見回してみるものの、そこに人の気配は全くない。
リュウレイは首をかしげながら、部屋の中央まで歩いていく。
「あれ、私部屋間違えてないよな?」
近くの机の上にはリュウシュンが持ってきたであろう飲み物とお菓子が山と積まれている。先ほど、リュウオウ達にも声をかけておいたし、もうじき来るだろう。リュウフォンやカンショウがいないならここで子供たちの相手をして機嫌を取っておいた方がいい。
――それにしてもあいつらどこに行ったんだ?
リュウ家は村の中ではそれなりに大きい建物だが、それでもふもとの領主邸ほどの敷地面積があるわけではない。あくまで村の有力者の家でしかないからだ。
――ふふ、リュウレイったらまだ気づかないの? 薄情だね……。
その時、リュウレイの耳元で誰かがささやいた気がした。驚いて振り向いたその先に覚えのある柔らかい感触が目の前から迫ってきた。
「うぷっ! お前フォンか!?」
「――ふふ、リュウレイお疲れ様! ちょっと遅かったからいたずらしちゃったよ……」
急に目の前に現れたリュウフォンの胸元、抱きしめられたリュウレイは驚きの声を上げる。ついでに後ろからはカンショウが抱き着いていたりする。
「どうですか、リュウレイ姐さん? フォン姐さんの提案で日ごろ頑張っている姐さんへのご褒美なんですけど」
「……大変よろしい、よろしいからとりあえず離れてみようか。私も服を脱ぎたいし」
リュウレイに抱き着くリュウフォンとカンショウは既に戦闘準備万全。要するに生まれたままの姿を披露済みというわけだ。そこにリュウフォンが提案する。
「なら、このまま私が引ん剝いちゃおうか? ぞの方がきっとぞくぞくしちゃうよ?」
「いいですね、私リュウレイ姐さんが引ん剝かれるの見たことないです!」
自分が良く引ん剝かれるカンショウは目をらんらんと輝かせていた。そんな彼女たちをとりあえず引きはがし、自分の服に手をかけたリュウレイは珍しく顔を染めて言う。
「――あのなあ、言っとくけど私もお前くらいの時によくフォンや義姉さんを怒らせて服を引ん剝かれていたんだよ! 一日と開けずにな、それも村の子供たちや親方たちが見てる前でだぞ? まあ、自業自得だけど……」
二年位前、ちょうどリュウレイが人生で一番とんがっていた時、親方やほかの鍛冶師たちとの軋轢もまた多かったころだ。今でこそ、落ち着いているが当時のリュウレイは義母リュウメイのが不在の時、自分の修行の在り方を巡って目上の者にかみつくなど日常茶飯事であった。それに義姉やフォンに対しても素直になり切れずに泣かせたこともある。
まあ、その罪は身を持って償うことになったのだが……。
「いやあ、さすがにフォンと大喧嘩して素っ裸のまんま仕事させられた時にはみんなを恨んだよな……」
さすがに別室に籠っての仕上げ作業だったが、先輩たちと微妙な溝が生まれたのは今となってはいい思い出だ。親方リコウや先輩たちにとってリュウレイは手のかかる年の離れた妹弟子だ。
日ごろ、よく怒鳴られたりぶん殴られたりするもののリュウレイもその場でやり返すため、お互い気心は知れているが、やはりそれでも気にかかてもらっていたことを今ではありがたく感じている。そうした目に見えない配慮があって今はこうして一人前の鍛冶師として独り立ちできたのだから。
「そうだったんですね――、やっぱりレイ姐さんは最高です――!!」
「おいおい……」
一人感慨に耽っていると、突然カンショウが抱き着いてきた。リュウレイが戸惑っていると、彼女は若干頭に血が上った様子で唇を重ねてくる。
「リュ、リュウレイ姐さん、姐さんのこと食べてもいいですか!?」
「突然何ほざいているんだ、こいつは……」
――ああ、これも私とフォンの教育の賜物か。見事に道を踏み外しているな……。
とりあえず、かわいい妹分を怒るわけにもいかないので耳を甘くかんでみる。すると彼女は小さく驚きの声と小さな悲鳴を上げてこちらを見つめてきた。
リュウフォンやルタが本気で彼女を叱れない理由がわかった気がした。
――うむ、美味である!
抱き着くというよりもはや全身でしな垂れるカンショウを抱きしめて満足をかみしめていると、笑顔のリュウフォンが目に入った。
「カンショウに何しているのかな――?」
「いやこれはだな……」
「問答無用!」
またしても見事な音を立てて、リュウフォンがリュウレイをひっぱたく。これも愛情表現なのだから、困るリュウレイ。まあ、痛くないように加減はされているのだが。
「――あの、姐さんたちそろそろ寝台の上に行きませんか?」
机の上にあるお菓子や飲み物の方を見ながらカンショウが、提案する。もともと今夜は女の子三人で楽しく話して日ごろの疲れを癒すのが目的なのだ。
「ああ、それもそうだな。それにそろそろあいつらも来る頃だろうし」
リュウレイの言葉にピンと来たリュウフォンも笑顔を浮かべて、頷いていた。
「来るって一体誰が――?」
事情を把握しきれないカンショウが首をかしげていると彼女たちの背後で勢い良く扉が開かれて、小さな人影が飛び込んできた。
「お菓子――!!」
「お菓子なのじゃ――!!!」
「ええ、リュウオウ様とちび姫様!? な、なんでここに!!?」
年頃の娘三人が部屋の中とはいえ、子供の前で素っ裸なのはどう考えても教育上よろしくないと思ったカンショウが驚きの声を上げる。いやそれ以上に、どう説明したものか頭が追い付かないでいる。
そんな彼女に目もくれず、リュウオウ達はまっすぐお菓子の山に向かい突撃していく。
「大丈夫だよ、リュウオウ達は私たちで見慣れているからな。よく裸のまま一緒に寝たりもするしな」
「二人ともよく私やリュウレイに甘えてくるんだよ、どことは言わないけど」
まだ子供の二人は母のメイシャンが可愛がっているせいか、よくリュウフォン達の胸元に甘えてくるのだという。具体的な内容は控えるが――。
「へぇ――、そうなんですか」
夕食後だというのに一生懸命にお菓子を頬張るリュウ家の兄妹の姿に心癒されるカンショウ。彼女はリュウレイから離れると、リュウオウ達の方に歩いていきいろいろと話しかけていた。
そんなほほえましい光景に目を細めながら、リュウレイたちは笑顔を浮かべていた。
「あいつも順応性高くなってきたな」
「リュウオウ達も人懐っこいからね、大丈夫だよ。みんなカンショウのこと大好きだからね」
「私もだ、特にフォンのことは大好きだぜ?」
「私はリュウレイのこと、……――」
小さくつぶやいたリュウフォンの言葉を耳にしたリュウレイはそっと彼女を抱き寄せて深い口付けを交わし合う。それは久々に味わう愛しい人のぬくもりだった。
――私もだ、フォンのことを誰よりも愛しているよ……。
心の中でそう呟くリュウレイ、彼女たちの甘く切ない思いは夜の闇に静かに溶けてゆく――。




