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リュウレイの誓い  作者: ミニトマト
終章 ともしびの先へ

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終章(10)

「うう――ん、今日も充実した一日でしたねえ……」


 首まで湯船につかったカンショウが両手を頭の上で組んで思いっきり体を伸ばしている。それを見たリュウレイとリュウフォンはさもおかしそうに笑うしかなかった。ここに来るまでの間、わずかな時間とはいえ熟睡していたカンショウの衣服を脱がせて、風呂場まで運び込んだのはリュウレイたちだ。


 当のカンショウは目を覚ました途端、湯船に沈みかけていて大慌てだった。それから先ほどのつぶやきにつながるのだから、面白くて当然であった。


「ねえ、カンショウ。明日はお仕事も少し余裕があるみたいだし、今夜はうちにお泊りに来ない? もうアルスやメイシャンにはお許しはもらってあるから。後でルタが着替えを持ってきてくれるそうだし、夕飯はうちで食べなよ!」


「え、そうだったんですか? 何から何までしてもらってすいません、フォン姐さん」


 申し訳なさそうにするカンショウ、しかしその目は笑っておらずむしろうれしさが今にも爆発しそうな様子だ。正直言って、仕事のまともに取り組んでいるとあの禁足地での目くるめく日々がどうしようもないほどに懐かしく思えるのだ。


 それはリュウレイやリュウフォンも同じことで、彼女たちは朝の遠駆けや朝夕のお風呂場でのやり取りくらいしか自由になる時間がなかった。


 そんな中でもちゃんと自分たちの絆を育む彼女たちの秘めた努力たるや推して図るべし。


「今晩は、久しぶりにゆっくり私たちだけで過ごせるね。よかったね――、カンショウ?」


 そう言ってにやにや笑うリュウフォンを見たカンショウは顔を真っ赤にしてその豊かな胸元に飛び込んでいった。そんな妹分と相棒のほほえましいやり取りを見て、充実した人生をかみしめるのはリュウレイその人。


 自分が絡むのも好きだが、絡み合いを見るのも大好きな彼女はうんうんと温かい視線で彼女たちを見守っていた。


 ――いやあ、二人ともなかなか見ごたえ出てきたな、カンショウのやつも大分体が馴染んできたらしいし。


 薄く全身が朱に染まるリュウフォンとカンショウ。それは二人の心が通い合う証のようにリュウレイには思えていた。そして、頃合いを見つけてはそろそろと二人の後ろから近づいてゆく。


 それに気が付いたリュウフォンはほほ笑みとともに悩まし気な視線をリュウレイに送り、一方のカンショウもまた甘えるように女性にしては逞しいリュウレイに抱き着くのだった。


「ふふ、いらっしゃい。リュウレイ……」


「また何かいたずらされるのかと思って警戒してましたよ、私」


「いくら私だってそこまでガキじゃないから、安心しろよ」


 今日はリュウ家でお泊りだし、あまり遅くなってはまた義姉の怒りを買う。その恐ろしさを知るリュウレイとリュウフォンは同じ過ちを繰り返さないように心がけていた。


「もう少ししたら、上がるとするか」


 リュウレイの言葉にリュウフォンが頷く。


「そうだね、そろそろお腹空いてきたし」


「夕飯って姫長様の手料理ですよね、なんだか楽しみです」


 そう言ってカンショウが目を輝かせるとリュウレイは期待していいぞと笑った。実際、姉はこの五年間、自分なりに工夫と研究を積み重ねていたし、あの食にうるさい子供たちも母親の料理には納得している。時々リュウレイが作る料理にもおいしいと言ってくれるが、やはり義姉の手料理にはかなわないようだ。


 ――まあ、それはそれで可愛いものだけどな。


 リュウレイが笑うとそれを見たリュウフォンもうなずきながら、微笑む。そんな二人のやり取りにカンショウはただじっと見つめるばかりであった――。



 … … …



「――実はこの前、姐さんたち話していなかったことがあるんです」


「いきなりなんだよ」


「どうかしたの?」


 湯船から上がり壁際にある木製の長椅子に座り、三人そろって火照った体を休ませていたその時、若干思いつめた表情のカンショウが語りだした。そんな彼女の様子にリュウレイたちは首をかしげるばかりであった。


「この前、私がルタ様のこと話したのを覚えていますか? 結婚したいって呟いていたのを聞いてしまったあの話です。……実はあの話にはまだ続きがあるんです」


「……話していい内容なんだろうな、それは」


 他聞をはばかる内容なら、こっちに火種が飛びかねない。相手はあの誇り高くお堅い性格のルタだ。それに王族の護衛士を務めるほどの実力者。炎の民の中でも屈指の力を持つ女性なのである。


 もしそれを怒らせたなら後が怖い。心なしか、隣のリュウフォンがリュウレイの肩をつかんでいた。


「まあ、姐さんたちなら多分大丈夫だと思います。姉姫様とも仲がいいし。」


「言っておくけど、アルスは怒るとメイシャンの倍は怖いから、覚悟してね?」


 カンショウの下宿先の主、姉姫アルスフェローと親しいリュウフォンが忠告すると彼女は声を荒げて、首を振る。


「そういうことではないんですよ! その、姉姫様絡みの話なんですから」


「つまりは姉姫様とルタ様のことか。どういうことなんだよ?」


「あの時、ルタ様はお洗濯ものを畳んでいました。そしてそれは姉姫様のお召し物だったんです。ルタ様は丁寧に畳まれたそれを胸に抱きしめて、呟いたんです」


 ――ああ、姫様。最近、ルタのことを可愛がってはくださいませんね。旦那様やお子様たちが大切なのはよくわかります。けれど、私はいつまでもお慕い申し上げています――。


 一文字も間違うことなく、流暢に語り終えたカンショウ。その顔は真っ赤に染まり、見ているこちらの方が痛々しかった。


 ルタが自分の胸の内を吐露しているその後ろから近づく人影。それは他でもない彼女の主であったという。


「姉姫様は私がこっそり見ていたこともお見通しで、このことは内緒にしてねって笑っておられました」


 ――結局話してんじゃねえか。


 内心呆れつつ、リュウレイが毒づいていると視界の端に見覚えのある人影が現れたのに気が付いた。彼女がこんなところにいるのは珍しいなと思いながら、カンショウの話に耳を傾けているとこちらの方に近づいてくる。


 それに気づかないカンショウはまだ熱のこもった様子で、話を続けていた。


「ルタ様と姉姫様の関係を知ってしまった私は、正直悩みました。禁足地から帰ってきた今だからこそ、姐さんたちに聞いてほしかったんです……」


「そうですか、ではもう一度私にもわかるように最初から話してもらえますか、カンショウ?」


「はいぃぃっ!?」


 素っ頓狂な声を上げて、のけぞったカンショウの横に腰を下ろしたのは一糸纏わぬ白い素肌を惜しげもなく晒した護衛士ルタその人。服の上からではわからない彼女の実に魅力的な体つきを目に収めようとリュウレイが首を横に回すと、後ろからリュウフォンが思い切り頬をつねってきた。


「痛い痛い……」


「あれ――? どうかしたの、リュウレイ?」


「なんでもない……」


 そんなリュウレイたちのやり取りの横で、カタカタ震え出したカンショウを自分の方に抱き寄せたルタがその頭をやさしくなでて語り掛けていた。


「相手がリュウレイたちだからよかったものの、姫様と私は幼いころからずっと姉妹のように育ってきたのです。私が姫様をお慕いしているというのは単なる比喩表現にすぎません。この地に来てご家族をお持ちになられた姫様にお仕えすることは喜びに満ちた日々。けれど、姫様は私やカレオラ様にも人並みの幸せを望んでくださっているのです。それを勘違いしてはなりませんよ、カンショウ」


「はい、申し訳ありませんでした。ルタ様……」


「わかればいいのです、そちらの二人もいいですね?」


 底冷えのする鋭い視線でリュウレイの方を見るルタ。


 ――なんだか一番の悪者にされてないか、私?


 まあ凛々しいその視線を受けるのも何だか悪くなかったので、ご褒美としておくが。


「カンショウにもバツが必要ですね、覚悟なさい」


「は、はい!」


 そう言ってをつぶるカンショウ、ルタは彼女から体を離すとその前髪をたくし上げて額にそっと口付けする。その様子を見ていたリュウレイとリュウフォンは二人して、声ならぬ声を上げていた。


「あなたの着替えは向こうの脱衣所に持ってきてあります。今夜は姫長様にご無礼の無いように過ごしなさいとの姫様のお言葉。しっかり楽しんできなさい」


「はい……、ありがとうございます、ルタ様!」


 感動で涙を浮かべるカンショウ、そんな彼女を再び抱きしめながら、ルタはリュウレイたちに声をかけた。


「聞いての通りです、今夜はこの子のことをお願いしますね。けれど、羽目を外しすぎないように」


「は、了解であります!」


「右に同じく!」


 直立の体勢で返答するリュウ家の娘たちにルタはうなずくと一人、浴槽の方に歩いていく。この後、一人で入浴を楽しむつもりらしい。


 ――姉姫様の館にはお風呂あるはずなんだけどな?


 たまには一人になりたいこともあるのだろうと、その場はカンショウ達とともにおとなしく引き下がる。リュウレイたちの姿が消えたところで、ルタは一人頭を抱えながら先ほどの自分の行いを振り返って恥ずかしがっていた。


 ――ああ、私としたことが! 何をらしくないことを宣っているんですかあああ!!


 カンショウが語ったことを誤魔化すためとはいえ、かなり墓穴を掘った感があるルタはその後しばらく一人でうなっていたそうな。



 … … …



「ルタ様も恥ずかしがることないのにな、お姉さまのアリステロア様もそのお付きのマルロアさんとはいい仲だったし、レゾニア王族ならたしなみみたいなものだと思うけどな」


「いまさらって感はあるよね――」


 のんきに話し合いながら、暗くなった村のあぜ道をリュウ家に向かい歩いていく。妹分のカンショウは先ほどのことがまだ頭から離れないのか、ぼーっとした様子で二人の後をついていくだけだった。


「なあ、カンショウ! 私からも一つ教えてやるよ、私とリュウフォンがこんなふうに仲良くなったのは近くにお手本があったからなんだ。そうだよな、フォン?」


 その言葉が終わると同時に鋭い音が響き渡り、カンショウの着替えを持ったリュウフォンが笑う。カンショウがびくりとそちらを見れば、頬を引っ叩かれたリュウレイの姿があった。


「やだ――、リュウレイったら! それ以上言ったら本気で引っ叩くよ――?」


「やっぱりフォンは最高だぜ――!」


「キャ――ッ!!」


 頬を赤くはらしたリュウレイはめげることなく、リュウフォンの豊満な体を抱きしめていた。


 ――姐さんたちも仲がいいなぁ。でもお手本て何のことだろう――?


 それをカンショウが知るのはまだ先のこと、彼女たちの行く手にはまたしてもその帰りを待つ子供たちの姿があったそうな――。


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