鍛冶師リュウレイ(95)
リュウレイたちが再び地下神殿へと赴くころ、朝を迎えたふもとの町の領主邸別館では姫長メイシャンが一足先に鍛冶師の村へと戻るリュウレイの姉リュウシュンを出迎えていた。
久方ぶりにふもとの町で雑貨商を営む義父セグレべ夫妻と家族水入らずを満喫したリュウシュン夫妻と娘のリュウキョウは晴れて満足げな様子であった。
朝日に照らされた見事な庭園、それを見下ろす別館の見晴らし台にてメイシャンと向かい合うリュウシュンは笑顔で別れの挨拶を告げる。
「工房のお店や食堂のこともありますから、私たちはこれから鍛冶師の村に戻ります。お義母さんやリュウレイたちのことも心配ですからね」
「滞在中は姫長様や領主フェリナ様にも多大なお心づかいをいただきありがとうございました。親父のセグレべも喜んでいましたよ」
「ふむ、それは何よりじゃ。わらわやリュウオウたちはあと一日ほど滞在してから村の皆と引き上げることにする。フェリナやほかの者たちがもう少しここにいろとうるさいのでな」
普段は妻のリュウシュンに支えられて頼りない感のある青年マクレベも娘リュウキョウを胸に抱いた今朝は別人のように頼もしく見える。義理とはいえ、リュウ家の義娘を娶らせたからには彼も姫長メイシャンの身内も同然。
いずれは発展していくであろう鍛冶師の村の将来を担う貴重な人材となるのは間違いない。それゆえ、今はセグレべに任せてあるリュウ家の資産管理をいずれはこのマクレベに任せるつもりでいた。
「そなたたちの事は頼りにしておる、これからも変わらずに村のために尽くしてくれ。頼んだぞ」
「はい、お任せを。なんといっても私はリュウ家の義娘で義姉さんの義妹。どこまでもついていくつもりですから」
「ふふ、しっかり者のそなたには皆まで言うこともあるまいか。それでは道中気をつけてな」
「はい、それでは私たちはこれで……」
その言葉を最後にリュウシュンたちは下がっていく。その後ろ姿を見送りながら、別館の前に泊まった馬車に目を向ける。そこには村への荷物を満載した商人組合の馬車が三台も出発の時を待っていた。
そのどれもが、村での宴に使われる食材やリュウシュンたちがふもとの町の市場で仕入れた商品ばかりだ。村人の増加に伴い、村で唯一の商店を営むリュウシュンたちへの要望も日々増しているとのこと。
これからもその役割はますます重要視されるのは間違いない。
――さてさて、村に戻るリュウシュンはこれでよいとして禁足地に向かったリュウレイたちはどうしていることやら。無事に独り立ちできておればよいのだが。
ある程度のことはカンテラを通して把握はできるものの、全てを知るほど姫巫女とて万能ではない。古の精霊セファルナとの遭遇以来、メイシャンは意図的に知覚を遮断して成り行きに任せるようにしている。
彼女にはお目付け役のリュウフォンもいるし、姉姫の加護を受ける妹分のカンショウもいるから問題はないと思いたかった。
――しかしあやつらだけにしておくのも不安ではあるがのう……。
町の南側に遠く連なる白き峰々に視線を移しながらメイシャンは人知れず、ため息をついていた。
リュウレイも鍛冶師として独り立ちするからにはこれ以上に一人の大人としてまたリュウ家の名を受け継ぐものとしての自覚を持たせるようにしなければならない。そしていずれはリュウシュンのように一家を担うようになってほしい。
それがリュウレイの義姉となったメイシャンの願いでもあった。きっと夫であるリュウシンもまたその成長を期待しているはずだ――。
「叔母上――、お話はまだ終わらないのですか――?」
「姫長様――!」
その時館の方か数人の声が響き、姫長メイシャンはさらに深いため息をついていた。昨夜からこの館には領主フェリナをはじめその家族が滞在して、メイシャン家族との交流を続けている。
フェリナ主従はこの町の領主となる以前の旅の時から、セラとラナ。すなわちリュウ家の姉妹を自分たちの妹のように溺愛している。特にリュウレイはフェリナの側近から貴族への礼儀作法をはじめ、騎士見習いの基本的な心構えや剣の扱いについても手ほどきされており、その交流は今もなお続いている。
リュウレイの義姉としては幾分焼きもちを焼かないではないが、フェリナたちはメイシャンとも身内以上の付き合いを求めてくるのが現状だ。
「さてまたあやつらの相手をしてやらねばならぬか――」
まだ目覚めない子供たちのことを思い浮かべながら、姫長メイシャンは館の方へと足を向ける。その頭上には朝日が輝き、空を飛ぶ小鳥たちのさえずりが青空に響き渡っていた――。
… … …
人気のない鍛冶師の村の工房、いつもは村の人々や商人組合の職人たちが集うこの建物も今はひっそりと佇んでいる。しかし、その奥からは鉄を打つ槌の音が響き渡っていた。
それはこの村の鍛冶師たちの頭でもあり、今やリュウ家の先代とも呼ばれる鍛冶師リュウメイその人。久しぶりに村に戻った彼女は先祖代々の得意先である貴族たちからの注文を受け、その剣を打ち上げていた。
幼いころから祖父や父の鉄を打つ音を子守歌代わりに育った彼女は寝食を惜しんで久々の感触を楽しみ、全身全霊を持って鍛冶に向かい合っていた。
今やこの村の鍛冶師の長とも呼ばれるリュウメイだが、それにはいくつかの理由がある。それはこの村の鍛冶師たちに代々受け継がれた知識にある。
遥かな昔より人間たちの舵を支え、後押ししてきたのは北方の領主貴族たち。大口の顧客ともなる彼らの好む刀剣の類やその家々の紋章は数百を超える。ましてや人よりはるかに長い年月を生きるレゾニア人を相手に商売をするということは並大抵の苦労では務まらないことだ。
それ故に、鍛冶師たちはそれぞれ独自に顧客から受けた注文の詳細を口伝として受け継ぐ習慣が生まれたのもまた必然ということ。後継者を失った村長ゴウケイや名工として知られた祖父リュウエンや父リュウゲンを持つリュウメイはこの村が代々培ってきたそれらの口伝全てを継承する立場にある。それがリュウメイの名を高める要因の一つとなっていた。
またリュウメイ不在を預かる親方リコウもまた彼女に次ぐ知識の持ち主でもある。
やがては義娘リュウレイにもそれらを継承してゆかねばならない。鍛冶師としてようやく独り立ちの時を迎えたリュウレイが一人前になるにはまだまだ長い時間が必要だった。
――もっとも私もまだまだ現役を退くつもりはないけどねえ! 帰ってきたらそれからが本当の修行の始まりだ、覚悟しておくんだね。リュウレイや!!
禁足地にいるであろうリュウレイたちの帰還を待ちながら、至高の鍛冶師とうたわれた女傑リュウメイの槌の音は休まることなく、鳴り響いていた――。




