鍛冶師リュウレイ(94)
「ほら、フォン。熱いから気をつけろよ」
「うん、ありがとう! いただきま――す!!」
リュウレイから料理の入った木皿を受け取ったリュウフォンが喜びの声を上げる。見晴らしのいい神殿前の石畳の上に腰かけたリュウレイたちは古の精霊セファルナとともに約一日ぶりとなる朝食を楽しんでいた。
「おいしい――! やっぱりリュウレイ姐さんの料理は最高ですね!!」
感極まった様子のカンショウもリュウレイに礼を言うところを見るとやはり食事への欲求は大分溜まっていたのだろう。はしゃぎながら食事を楽しむリュウフォン達の隣でリュウレイもまた自分の作った料理を堪能する。
――うん、時間がなかったから味だけ整えた手抜き料理にしては我ながらうまくいったな!
食材を煮込む時間は義姉のカンテラの力で大分短縮させたので問題ないが、味付けを工夫する時間が足りていなかった。こちらの方も自分の経験に救われた形だが、二人が喜んでくれたのは正直うれしかった。
リュウレイたちが食事を楽しむさまを横で眺めていたのは精霊セファルナその人。
リュウレイたちがこの地を訪れるまで眠りについていたという彼女は久々に目にする禁足地の風景を懐かしそうに見つめていた。
かつては多くの人が住まい、日々の暮らしの糧を得るために汗を流したこの地も今では誰一人住まぬ不毛の地と化している。ここに生きた自分の末裔たちは今どこで何をしているのだろうか。それを思うセファルナの胸には何とも言えない寂しさとカンショウが込み上げる。
しかし、そんな彼女の思いを知ることもなく、嫌興味すら抱くことなく三人の少女たちは無心に食事をとり続けている。何も纏わぬ彼女たちの姿にどこか忘れていた情欲の火を思い起こしながら、セファルナは思う。
――それにしても良い食いっぷりだな……。
この地に生きた人々や子供たちもまたこんなふうに日々の食事に勤しんでいた姿を思い出す。精霊であった彼女は自分を生み出した本人が亡くなっても時々は姿を隠したまま、こうして人々の暮らしを眺め見守って過ごすことがあったのだ。
それにしてもわざわざ赤の聖地の東端、今では禁足地と呼ばれる地下神殿の奥深くに眠りについていた自分をわざわざおこしに来るものがいるとは……。数千年の時を過ごしていた過去の記憶はあやふやなところもあるが、それでも人の営みが変わることなく続いているのを知った時はうれしかった。
――ふふ、こ奴らもいつかは母となり子を得るのだろうな。三人とも元気な子を産みそうだな、良い面構えだ。
食欲の強まっていたリュウレイたちはお代わりを重ねて、とうとう全部食べつくしてしまった。空になった器を洗い終えたリュウレイが戻ってくると、どうにか体が動くまでに回復したリュウフォンとカンショウと並び、セファルナを含めた余人で静かに風の音が木霊する禁足地の景色を見つめていた。
「こうして誰かと一緒に過ごすのは懐かしいものだな……」
誰もが無言の中、不意にセファルナが口を開く。赤みがかった精霊である彼女もまたリュウレイたちと同じく何も纏わぬ姿であるだけに、意識はしないもののその美しさに目を奪われる。
「しばらく一人で語るぞ、この地にやってきたもの好きなお前たちへの褒美だと思うがいい。遥かな昔、王家の禁を犯し炎神への疑いを抱いた私は処刑されるところを、姫巫女であった姉と時の王の情けによりこの地へと追放され幽閉された。まだ当時は王国などと御大層なものではなかった大陸はまだ未開の地が多く残されていたのだ。
だが、この地にも人は住み私とともに多くの同志や家臣たちがこの地にやってきた。私は自らの罪を償うべく、この地を開拓せねばならなかった。なぜなら私にも幼い子供たちがいたからだ。こんな不甲斐ない母を持ったばかりにあの子たちには大きな苦難を背負わせてしまった。だが、わが子やほかの子供たちは強かった。彼らは私を支え自分たちがみなを守るのだと、奮起したのだから。
結果として、この地に切り開いた私たちはのちの世に通じる多くの産業の基礎を築いて栄えたのだ。私の本体、セファルナ・アルドルは千年余り生きたその生涯に多くの子と多くの弟子を育てて、満足していたはずだ。
彼女が消えた後も精霊である私は彼女の跡を継いで、末裔たちとともに長き時をこの地で過ごした。今となっては過去の記憶に過ぎないがな……」
セファルナが語ったのはマルドゥークから聞いたあらましとさして変わりはない。しかし、そこには自分の子や子孫たちへの思いが込められている。その子孫の一部は貴族連盟の重鎮として名を連ね現在も続いていると、マルドゥークは言っていた。セファルナがこの世に残したものは決して無駄ではなかったのだ――。
「お前たちもまたこの地で目的を果たすのだろう、私はそれに協力するが決して手を抜くつもりはない。それが精霊たる私の誇りあり、お前たちへの礼儀である」
セファルナの言葉にリュウレイをはじめ三人は静かにうなずく。ここまで来たのなら後少しだけだ。乗り越えられない試練を炎神は決して与えはしないだろうとリュウレイは思う。
「わかっていますよ、ここまでしてもらったのにその心意気に答えないのは鍛冶師の名折れ。私は鍛冶師リュウメイの義娘です、期待してください!」
「その言葉が嘘偽りでないことを祈ろう、では私も本気になるとするかな……?」
そう言ってセファルナは突然強い輝きに包まれる。
「!?」
ちょうど隣にいたカンショウが声にならない悲鳴を上げて距離を取りリュウレイのそばに寄ってくる。輝きが収まった後、そこにいたのは少し背が伸びて大人びた雰囲気を持った精霊セファルナの姿だった。それに何より先ほどより大きく成長した部分にリュウレイとカンショウの眼はくぎ付けになる。
――これは見事!
――いいお仕事なさってます!!
それと同時に隣のリュウフォンの胸元と見比べて、その見事さに見惚れてしまう。一瞬とはいえ、リュウレイたちの視線に気が付いたリュウフォンは笑顔のまま、リュウレイの頬を張り飛ばした。
――あおう! こ、これはご褒美か、ご褒美なのかっ!!
耳元に響く乾いた音にリュウレイはいつも通りのいやらしい笑みを浮かべてリュウフォンを見る。彼女もいつもの習慣とはいえ、どこか笑顔が浮かんでいた。
さすがに妹分のカンショウには怒れないリュウフォンはその大きな胸に彼女を抱きしめて小声でしかりつける。
「……めっ!」
「ごめんなさい、フォン姐さん……」
――でもごちそうさまです!
騒がしい三人のやり取りにセファルナは苦笑いを浮かべていた。
「お前たちといると飽きることはないな――」
「セファルナ様、そのお姿は?」
赤くなった頬をさするリュウレイが問いかけると彼女は笑いを浮かべて、胸を張る。
「今までの姿は力を節約するためのもの、いわばかりそめの姿にすぎん。こちらの方がより強い力を振るうのに適しているのだ」
つまりは生前のセファルナその人の姿を映しとったものであるらしい。胸も大きく成長しているが、それでも若干リュウ家の希望、リュウフォンの方がまだ大きかったのだ。
「さて、休憩はそろそろ切り上げて地下に戻らぬか。私はいつでもいいぞ」
セファルナの言葉にリュウレイたちはうなずく。先を行くセファルナにカンショウが話しかけたのはその時のことだ。
「あの、セファルナ様ってお子様は何人いらしたんですか?」
気になるところはそこだったらしい。彼女の問いかけに後ろのリュウレイたちはもちろん、セファルナも苦笑いを浮かべている。
「そうだな……」
しばらく考えたのち、彼女は世の中には知らない方がいいこともあるとだけ答えた。
「あの伝説に聞く南の花ほどではないよ。それが答えだ」
「南の――」
「花?」
聞きなれない言葉を耳にしながら、照らされた地下への道を戻るリュウレイたち。彼女たちがその言葉の意味を知るのはまだ先のことであった――。




