鍛冶師リュウレイ(93)
長い通路を照らす赤い輝きの下、カンショウを抱き後ろにリュウフォンを連れたリュウレイはすっかり固くなった肩をまわしながら、呟く。
「眠気があるのに眠くないっていうのが凄いな、同じように食欲はあるのに腹減った感じもないし」
それだけセファルナの力の影響が強かったということか。この分なら、真打となる二本目の剣にも問題なく挑戦できそうだ、そう言ってリュウレイは腕の中のカンショウを見る。
「今までに経験したことがない不思議な感覚ですよね、確かにフォン姐さんの言う通りでした」
「何かをし続けるには確かに便利かもね。私は御免だけど……」
「そりゃそうだろう、なんていったってフォンはよく食べるからな」
「いいじゃない、おいしいものは大好きなんだし!」
「フォン姐さんらしいですね、私もですけど……」
食いしん坊なリュウフォンの言葉にカンショウは笑って同意する。
「けど、これならまだまだ余裕は十分にある。二人には悪いけど、私は手を抜くつもりはないからそのつもりでな」
リュウレイの言葉にカンショウとリュウフォンは神妙な顔つきでうなずく。二人がわざわざここまで来たのはリュウレイの独り立ちを見届け、その成功に協力するためだ。
その目的がかなうなら、もう少しくらいの無茶は望むところらしい。
二人のその覚悟だけは絶対に譲らないといった様子にリュウレイは逆に励まされた気がして、ここまで付き合ってくれた彼女たちに深い感謝を抱く。
その時、リュウレイの顔を見上げたカンショウが尋ねた。
「でもあれだけ体を酷使したのに、リュウレイ姐さん疲れていないんですか?」
「まあな、全然余裕だよ」
「逆に私たちは何もしないでいたから、疲れた気がするね」
驚いた表情を浮かべるカンショウにリュウフォンが笑顔で答えた。案外そうなのかもしれない、何もせずにただ見ているだけというのも体を動かしている以上に疲れるものだ。
「でも、それだけではないですよね、今の私たち……」
リュウレイに抱きかかえられたカンショウは申し訳なさそうな表情でリュウレイを見る。手足を動かすことはできても立ち上がるにはまだ全身に力が入らない彼女は感謝とうれしさの入り混じった表情を浮かべていた。
「リュウレイ姐さんにはあとでちゃんとお礼をしないといけませんね。楽しみにしていてくださいね……」
そう言って頬を赤らめるカンショウにリュウレイは優しく『期待しているぜ、お嬢さん』と笑いかける。それを聞いたカンショウは真っ赤になってこくんと頷く。
そのやり取りを見ていたリュウフォンはリュウレイの耳元で声を上げる。
「二人とも、私のこと忘れてない? 私だってリュウレイにお礼するんだから!」
「忘れるわけないだろ、何せフォンはフォンでちゃんとお礼してるじゃないか。なあ?」
露骨にいやらしい表情でリュウフォンを見るリュウレイ。そう、背後のリュウフォンはリュウレイの両肩に手をかけて密着し、その大きくて柔らかい胸をこれでもかというほど押し当てているのだ。
それに何より、三人ともそろってセファルナのもたらす炎の中に一日余りずっと籠っていたのだ。その間に流れた汗のにおいがより強くお互いを感じさせ、その存在を意識しあっていた。
「大分、汗かいたし食事の前に少しすっきりしたいよな」
リュウレイの提案に二人揃って同意したのも道理というものか。地上の神殿跡についたリュウレイたちは水場で体の汚れを流した後、食事の準備が整うまでの間外に出て久々に日の光を浴びた。
まぶしい朝日を浴びたリュウレイたちはその心地よい光に目を細めながら、しばし無言で山風にたなびく白い靄に包まれた景色を堪能していた――。
… … …
「う――ん、ちょっと大盤振る舞いしすぎたか……」
自分たちの計画性の無さを後悔しながら、リュウレイは火にかけていた鍋の中身をかき交ぜていた。炊事場で食材を確認してみたがどう考えても食べ盛りの三人が食べるにはあと二食が限界といったところだろう。
神殿の外で日に当たっているリュウフォン達はいつの間にか、二人寄り添いながら眠りに落ちている。かなり気疲れしているであろう彼女たちのためにも食材をケチるわけにもいかず、リュウレイは嘆息する。
湿気が多く地理も定かではないこの禁足地では、リュウレイたちが食材を探すなど無謀極まりない。あのシウレゼからもらった地図を確かめてみても、遺跡のことは書かれていてもそれ以外の情報は皆無だった。
「さて、どうしたものか。しっかり食べさせておかないと、あとのお愉しみがな……」
既に二本目を仕上げた後のことまで視野に入れているリュウレイとしてはなるべく二人のご機嫌を取っておかねばならない。何しろ、二人はリュウレイが英気を養うための大事な存在なのだから。これ以上ないほどに大切に扱ってもばちが当たることはないだろうと確信していた。
それにこんな自分をここまで慕ってくれるリュウフォンとカンショウが可愛くないわけがない。彼女たちのためにも自分にできることくらいなんでもしてやりたいと思うのが人情ではないか。
――けど、無い袖は触れないのが世の常だしな。
今日一日乗り切った後、明日は少し早めに切り上げて村に戻ればいいかと思ったその時、ふいに人の気配を感じた。
「それがお前たちの朝食か? 常に食べなければならないとは肉体があるのも大変だな」
「セファルナ様!? どうしてここに?」
驚いたリュウレイが振り返ると、そこには地下神殿で見たよりはっきりとした形のセファルナがいた。当然なにも来ていない彼女は、腰に両手を当ててにやりと笑う。
「いやなに、お前たち三人が楽しそうに話しているのを見ていたら私も久々に地上に出てみたくなってな。こうして付き合ってみたわけだ、それとも私はお邪魔だったか? リュウレイよ!」
ぐいと自分より背の高いリュウレイに顔を寄せてくるセファルナ、不思議と実体のないはずの彼女だが押し当てられた胸元は確かな質感を持ってリュウレイには感じられる。
それを問いかけるとセファルナは呆れた様子でこう答えた。
「それはそうだろう、お前たちもまた私の加護の中にいるのだ。だから少しの時間であれば互いにこうして触れ合うこともできるのだぞ?」
「うわっ!」
リュウレイを抱き寄せたセファルナは自らの胸元に彼女を導き、笑いかける。
「どうだ、リュウフォンほどではないが私もなかなかのものだろう?」
「はい、結構なお手前でございます……」
何千年前かに実在した人物、その幻影ともいうべき精霊を相手にこんな展開が待っているとは想像もつかないリュウレイは混乱と喜びのはざまでそう答えていた。
「ふふ、あった時から思っていたがお前も大分どうかしているようだな。それが悪いかはわからぬが、ほどほどにしておかぬとそのうちあの二人にも愛想をつかされるぞ。気を付けておくのだな」
「大丈夫です、あの二人は私のものですから。それに愛想をつかされる前にもっと惚れさせたもの勝ちです!」
悪びれもせずに答えるリュウレイにセファルナは乾いた笑いを浮かべていた。
「それ、そろそろ料理の方が完成したのではないか? 表の二人も腹を空かせているのだろう、さっさと持って行ってやれ!」
興味深そうに湯気の立つ鍋の中身をのぞき込みながら、リュウレイをせかすセファルナ。
――まさか自分も食べてみたいんじゃないだろうな?
そんなセファルナのしぐさに笑顔を浮かべながら、リュウレイは食事の準備を整えていく。せっかくの機会なので食事は外で取ろうとリュウフォン達に伝えてあるので、鍋をそこまで運ぶ必要がある。
「ほら、早くしろ! 先に行っているぞ!!」
「はいはい、今行きますよ――!」
こちらを手招きするセファルナの姿にリュウサンも大きくなったらあんなふうになるのかなと笑顔のリュウレイ。その先では、セファルナの声に目覚めたリュウフォン達が驚いた表情でこちらを見つめているのが目に入る。
――やれやれ、これなら退屈せずに済みそうだな。
心の中でそう呟いたリュウレイの目の前には愛しい二人と古の主が待ち受ける。彼女たちに笑顔で応じ、リュウレイは神殿の外へと歩いていった――。




