鍛冶師リュウレイ(90)
決意を新たにしたリュウレイはリュウフォン達の方を振り返り、笑顔を浮かべる。
「さあて、そろそろ下に戻るとするか! 今日は忙しくなるぞ、しっかり朝飯食べないとな!!」
気力が充実したリュウレイの顔にはどこか自信が漲っていた。しっかりいつもの自分を取り戻したリュウレイは覇気をのぞかせている。その笑顔を見た途端、リュウフォンの胸にも熱い思いが去来していたのは言うまでもない。
――いよいよだね、リュウレイ。私はあなたのすべてを一番近くで見つめているよ。
そんな二人を見ていたカンショウもまた、自分の目指すべき人の晴れ姿に心がときめかないはずがない。
――私はリュウレイ姐さんの独り立ちを見届けよう、何一つ見逃すことなく心に焼き付けるんだ!
リュウレイの言葉に頷いた二人は、そっと顔を見合わせると頷き合う。お互い一番好きな人のために自分が今何をすべきかを本能的に悟ったからだ。
「リュウレイが頑張るなら、私たちはそれを応援するよ。けど、それならご褒美もあげなきゃいけないよね?」
「そうですよね、やっぱり頑張ったからにはそれなりの報酬がないと」
にこにこと笑うリュウフォン達を前にリュウレイは怪訝そうな顔を浮かべる。それを見たリュウフォンとカンショウはリュウレイを挟むように両側に陣取り、さらにつやのある笑みを浮かべてこうつぶやいた。
「リュウレイの独り立ちの儀が成功したら、ご褒美に私をあげる。一日だけ好きにしていいよ……」
「私もです、リュウレイ姐さん。私をかわいがってください……」
二人ともリュウレイの耳元で消え入りそうなくらいの小さな声でそっと囁いてくる。その表情は羞恥で真っ赤に染まり、見ている方が恥ずかしいくらいだ。さらに二人は止めを刺すかのように両方から胸の肉をこれでもかというほどリュウレイに押し当ててくる。形を変える柔らかいその感触にリュウレイは心の奥底から凶暴な欲望が呼び起こされようとしているのを感じ、いやらしく笑っていた。
――いや――、私女に生まれて凄く損してないか――? でも女に生まれてよかった――!
自分でもよくわからない心の叫びにリュウレイが狂喜していると二人はリュウレイの手を自分の胸元にやさしく導いてくる。まるで朝の続きのような展開にリュウレイは有頂天になっていた。
――こらこら、君たち――! うら若い乙女がそんなはしたないことをしたら駄目じゃないか、実にけしからん! けしからん程の素晴らしさだ、ハハハハハッッ!!!!
自分の愛した女たちの魅力を改めて見せつけられたリュウレイは、リュウフォンとカンショウにそれぞれ口付けを交わして体を離した。
お互いに一糸まとわぬ姿であることがこの時ほど、誇らしく思えたことはなかった。
「二人の気持ちは確かに受け取った、私はいろんな人の気持ちを背負って独り立ちに臨むんだって改めて自覚したよ。ありがとうな、リュウフォン、カンショウ!」
「うふふ、リュウレイが精を付けないといけないように私たちも体力つけないといけないから、朝ご飯はいつもより多めにね!」
「私もリュウレイ姐さんのために頑張ります、期待していてください!!」
可愛すぎる二人の頭を撫でながら、リュウレイは再び眼下に広がる幽玄の景色を目に宿す。それは待ちに待った瞬間へと続く第一歩だった。
「よおし、やるぞ、私はやるぞぉおおおお!!!!!」
「お――――――ッ!」
三人の声が重なり、蒼天にこだましていった――。
… … …
「またここに戻ってきましたね……」
薄暗い神殿の入り口を前にカンショウが若干緊張した様子でつぶやく。背後に荷物を背負ったリュウレイがその背を押して励ます。
「緊張するなって、どうせ今日からしばらくの間はここで鍛冶に掛かりっきりだ。私の独り立ちに付き合うからにはそれなりに覚悟を決めておけよ」
「そうそう、リュウレイってば仕事が始まればそれだけに集中しちゃうからね」
一抱えもある鉄鉱石を背後に従えたリュウフォンもそれに同意する。カンショウは自分の持ち物を背負いなおすと、二人の姉貴分に頷いて道を譲った。三人とも食材を多めに使った朝食を食べて、途中で風呂を浴びた後まっすぐに鍜治場の中心にある神殿跡に戻ってきた。
後で聞いたことだが、独り立ちの儀の間は二人とも食事は取らないらしい。
後に残る食材の量もそうだが、驚いたカンショウが尋ねるとこんな答えが返ってきた。
「簡単に言えば、炎の精があれば人間でも一週間は飲まず食わずで過ごせるんだってさ。もちろんその間体は徐々に衰弱していくけど、足りない気力体力は炎の精で補えばいい。レゾニア人なんて最大でも二週間は大丈夫らしいからすごいよな」
「原初の種族でも、似たような感じかな? だから今のうちに覚悟を決めとかないとね。食べなくてもその欲求はたまっていくから、あとは自分との戦いになるの。だから頑張ってね、カンショウ」
「そ、それくらい何とかなります! 私だって炎の眷属なんですから!!」
確かにカンショウの方が眷属としてはリュウレイたちを上回る可能性を秘めている。しかしまだ経験が足りなくて未熟だし、逆にそれが足かせになることは否めない。
まあ、その辺はリュウフォンと示し合わせてあるので何とかなるだろう。最悪死ぬことがなければ大丈夫だ。
――ただ問題は、セファルナ様の力の影響力なんだよな。鍛冶に集中する私以外の二人がそれに耐えきれるかどうか……。
むしろマルドゥークの懸念はそちらの方であったに違いない。原初の民であるリュウフォンは別としても子供といっていいカンショウにどんな影響があるかなど、リュウレイにもわかるものではなかった。
「まあ、ここでこうしていても始まらない。仕事道具と鉄鉱石だけ持ってセファルナ様のいる地下の拝殿に行くとしよう。なに、始まってしまえば何とかなるさ」
「それもそうだね、私たちも行こう。カンショウ」
「はい、わかりました! 私の命、リュウレイ姐さんたちに預けます!!」
「相変わらず大げさだな、まあ任せておけよ。立派な剣を打ち上げて見せるからさ」
笑顔を浮かべて先を行くリュウレイ、その背を追いかけながらカンショウは大きくうなずいた。
――私も頑張ろう、リュウレイ姐さんの独り立ちを見守るんだ!!
希望に満ち溢れたカンショウの横顔と覇気に満ちたリュウレイの瞳、彼女たちを見つめるリュウフォンは嬉しそうに微笑んでいた。




