幕間(2)
… … …
室内に響いたかすかな物音にフォンは目を覚ました。今のは部屋の戸が閉まる音ではなかったろうか。隣ではフォンの囲むようにリュウオウとリュウサンの兄妹が昼寝を楽しんでいる。眠り始めてから少し時間が立ったはずだが、食堂の片づけをしていたリュウレイはまだ戻ってきていない。
ひょっとしたら、眠りに落ちていたリュウフォンたちを見て暇つぶしに出かけてしまったのかもしれない。リュウレイはフォンに何かを無理強いすることはほとんどない。リュウフォンもリュウレイの言うことはなんでも素直に聞いているし、リュウレイもフォンの好みをよく理解しているから、そういうことは滅多にないだけなのかもしれないが。
「レイ――、僕お魚釣れて楽しかったよ……またみんなで行こうね……」
リュウオウがあどけない寝言を口にする。その頭を撫でてやりながら、リュウレイに思いをはせる。シュンに頼まれたのはやりすぎだったかな。でもお金をごまかすのはいけないことだって聞いていたし、それがリュウレイのためになるとシュンから聞かされていたから、お仕事として引き受けた。
リュウシュンから頼まれごとはほとんどないし、いつもお菓子や果実酒をもらっているのでそのお返しついでと軽く考えていたのが失敗だったかもしれない。
リュウフォンはいつもリュウレイの近くにいることにしている。それは彼女がフォンだけを見て、フォンを必要としてくれているのがわかるからだ。一緒にいてこれほど気が休まる存在は今までの人生で初めてのことだった。
リュウレイが仕事を始めてからは、一緒にいる時間が減った。その分、風を司るリュウフォンの力を頼みとした村の長を務めるリュウ家の女主から、風詠みやリ農園を動物の被害から守る役目を預かっている。
それはリュウフォン自身も納得して引き受けたことだし、何もやることがなくてただ森の奥に引きこもっていたころよりはましだと思った。今では村の人たちとも何とか打ち解け、普通に世間話をするまでになった。
もともと臆病で人見知りだったリュウフォンはいつも自分のことを気にかけ、守ってくれるリュウレイに憧れ、彼女のことが誰よりも好きだった。
だからこそ、その胸の奥底ではある不安がいつも渦巻いていた。リュウレイがいつか自分を置いてどこかに行ってしまうのではないか。それはリュウシュンのように家族を持つことだったり、今のように一緒に過ごせなくなることでもあるだろう。
本当に必要とされなくなる時がある日、急に来たらその時自分はどうなってしまうのだろうか。また、王都で過ごした孤独の日々に逆戻りしてしまうのではないか――。誰からも顧みられず、ただ心無い人形のように過ごしていたあの頃……。
もっと恐ろしいのは、そんなことではない。許されざる大きな罪を背負った、自分への報いがいつか必ずやってくる。それは影のようにリュウフォンの心に巣食い、いつも語り掛けてくる。お前には幸せになる権利などどこにもないのだと――。
――レイ、助けて私のリュウレイ! あなたが近くにいてくれなければ、私は、私の心は壊れてしまう……!
心の中でリュウレイに助けを求めるリュウフォン。そんな彼女をリュウ家の兄妹は慰めるように寄り添っていた。
リュウフォンは知らない。リュウレイもまた、リュウフォンを失うことを恐れていることを。彼女たちがお互いの心を知り、さらなる一歩を踏み出す時はまだ先のことであった。




