鍛冶師リュウレイ(63)
「よし、準備はできたな。カンショウ、そっちはいいか?」
「はい、いつでも出られます!」
リュウ家の母屋で簡単な朝食を済ませたリュウレイたちは、離れに戻り荷物をまとめていた。村を留守にする間のことは隣の近所にお願いしてある。皆、リュウレイの独り立ちの儀に期待しているのか、頑張ってくるように応援してくれた。
笑顔でそれに答えるリュウレイの心を反映したかのように今日も村の空は青く澄み渡っていた。
「これは刈り入れの時にしっかり手伝わないと、あとが怖いな」
「その時は頑張ってね――」
まるで自分は無関係といわんばかりに空を飛ぶリュウフォンが答えた。ちなみに彼女は山向こうへリュウレイたちを運ぶ役目を担っているために、全くの身軽。その交換条件としてリュウレイはリュウフォンの食事などを向こうで用意することになっている。そういうところはしっかり交渉してくるのだから、抜け目ない。
もっとも向き不向きを考えれば、それが妥当なのはよくわかる。二人の会話を聞いたカンショウは仲がいいですねと笑っていた。これまでのやり取りで彼女も大分、硬さというか遠慮がなくなってきた。
いい傾向だとリュウレイたちはほっと胸を撫で下ろす。むしろカンショウにとっては禁足地から戻った後の方が大変になるだろう。今は繁忙期が終わった直後ということもあり、手は空いているが二か月先の収穫祭に向けて村は一気に忙しくなる。
鍛冶師と農家を兼業するものは多いし、今では外からの移民によって開拓された農地も結構ある。加えて、親方や商人組合の話を総合すると領主連合もまた中原に対抗するための兵団を新設する動きがあるという。当然それらの兵士に配備される武器防具は商人組合を通して、鍛冶師たちに発注されることになるだろう。
かなりの数になるとはいえ、一つ一つ手作りするのが北の流儀。それは炎神の加護を受けた自分たちにしかできないことであった。いずれリュウレイのように、カンショウもまた自分の仕事場を一つ任されるはずだ。
その時のために見習いとはいえ、リュウレイや親方たちと同じ仕事がこなせるように徹底的に鍛えられることになるだろう。それが彼女の望む鍛冶師の道。力を課すことはできてもカンショウ自身が諦めることなくその道を貫徹してくれることを祈らずにはいられない。
おまけに彼女は南麓の名家カン家の跡取り娘だ。
この村に来た以上は、この村で婿を迎えて新しく一家を成してほしいとの期待もある。下世話な話をすれば、そちらの期待方が大きいだろうとリュウレイは見る。
幸い、この村に手ごろな相手がいなくとも近隣の村々には若手の鍛冶師などいくらでもいる。リュウレイたちと同年代の若者や娘たちも大勢いるのだ。
一時期、鉄が算出しなくなって鍛冶を廃業するものさえ出る事態となっていたが、ことを重く見た領主たちや商人組合の働きで各地から鉄屑やかろうじて鉄が取れる西方の鉱脈から鉄を運んで急場をしのいでいた。
しかし、中原に巻き起こる乱世の風は少しずつ大陸全土をかき乱そうとしている。それらにこれから自分たちはどうかかわっていくのか。それはリュウレイにもまだわからないことであった。
わかるのは今自分にできることを貫くだけ。青く輝く空を見上げながら、リュウレイは心に誓う。いかなる時も自分の力を信じて、生き抜くことを。
それが炎の王としてこの大陸の危機を救い、戻らなかったリュウシンへの恩返しでもあるのだ。
「ところで、これからどうするんですか? なんだか村の寄り合い所に向かっていますけど」
後ろでカンショウが声をかける。桑栄場、まだ彼女たちに話してはいなかった目的がある。
「禁足地までは一跳びだからな、さきに村長様に挨拶してから炎神の社に詣でる。それが私なりのけじめってやつだ」
「リュウレイも変なところで義理堅いからね」
カンショウの隣に移動したリュウフォンがクスリと笑う。
「それがリュウレイ姐さんのいいところですよ、きっと」
笑い合う彼女たちの視線の先に、寄り合い所やいつも足しげく通う共同浴場、それに村長の家が見えてきた。その中から背の高い女性の姿を見つけたリュウレイは顔を引き締める。
その女性、リシンは足元に連れた息子リトクとともにこちらに向かい笑顔で手を振っている。
リュウレイたちもそれに答えながら、足を速めた。
「村長様、元気だといいですね」
カンショウの言葉に無言でうなずくリュウレイ、村長にはせめて独り立ちした自分の作を見てほしい。そんな思いがリュウレイの胸に込み上げてくる。先を急ぐ彼女の背をやさしげな眼差しのリュウフォンが見守っていた――。
昨日と今日、公開時間が遅れたことをお詫びします。
明日からは通常に戻りますのでよろしくお願いします。




