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リュウレイの誓い  作者: ミニトマト
リュウレイの誓い~後編~

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鍛冶師リュウレイ(59)

 白の山嶺の北側、鍛冶師たちの住まう村々を擁する雄大なる渓谷のその先に領主フェリナ・レイアスの治めるふもとの町が広がっている。かつては炎の王リュウシンの故郷を目指す旅の終着点ともなったこの町は、先の戦が終結してより六年。大きく様変わりしていた。


 フェリナ以前、辺境の領土を預かる地方領主の一族に過ぎなかったビダル家の千年に及ぶ治世の中、鍛冶や酒造業、その他の産業を積極的に振興したことにより経済的にも他の領地を凌駕するほどの繁栄を見たふもとの町には古くから王国西方を発祥とする商人組合の会所が設けられ、多くの商人貴族たちが集い定期的に物産の品評会が開かれてきた。


 その会合で高い評価を得た品物はその後、多くの顧客に恵まれ成功が約束される。開催を明日に控えた武具の品評会は多くの鍛冶工房が軒を連ねるふもとの町にとっても久々の大きな催し物であった。


 北の地に住まう荒くれぞろいの鍛冶師たちの元締めであり、武具品評会の主催者の一人でもある名工、リュウゲンは知り合いの工房を間借りしてほかの若い鍛冶師たちに交じり、自らも槌を振るっていた。


 はるか南麓、青の山嶺で産出した良質の鉄鉱石は娘のリュウメイが中心となって取りまとめた約定により、定期的に北の地に運ばれることになっている。そこで得られた利益はすべて中原よりの介入によって大きな被害を受けた町や村の復興に充てられることになっている。同時に、南麓周辺を領主連合の直轄領に編入するための準備も併せて行われている。


 大陸の中原、かつてのレゾニア王国の本土は現在辺境より流入した人間たちにより群雄割拠の様相を呈しているのは既に述べた。


 彼らは神のごとき力を持って君臨したレゾニア人が衰退したことにより、自らが中原の新たな主となるべく互いにしのぎを削っていた。戦乱により、荒れ果てた大地はかつての実り多き肥沃な王国時代とは異なり、飢えや疫病のはびこる地獄の様相を呈しているという。


 それでも群雄たちはさらなる力を求めて、古くから良質の鉄を算出する大陸中央の山塊へと目を向けていた。


 そこには力を失ったとはいえ、唯一大陸でレゾニア人の勢力圏を擁する北の地が存在する。中原ではすでに失われた炎神の加護に守られた彼の地を制圧することはすなわち炎の民に人間が取って代わることを意味する。


 古き神と権威を否定し自らの正当性を確保したい群雄たちは互いに先を競い合うかのように彼の地へと群がっている。それらを撃破し、北の地の平穏を守ることはかつて大陸の覇者として君臨した炎の王リュウシンの志を受け継ぐことに他ならない。


 あとに残された子供たちが成長するその時まで、中原の諸勢力を抑え込むことはレゾニア貴族たちの共通の認識となっていた。領主フェリナ・レイアスは先の領主議会で決定したこれらを踏まえて、新たに編成した人間たちの兵団を率いて大規模な軍事演習に臨んでいる。


 そこには各地から参加した領主たちの騎士団も加わり、万余の軍勢が集結していた。先の戦から数年。疲弊した北の地にこれだけの規模の軍団が集うのは久々のことであった。


 当初、大陸中原から流入した人間たちを雇い入れ一か月を予定していた軍事演習のほぼ半分を終えたフェリナのもとに知らせがもたらされたのは夜の帳が近づいた夕刻のことであった。


 演習地近くの貴族の館に逗留する彼女とその側近たちは古くからの知己である館主の心からのもてなしを受けた後、日ごろの疲れを癒すべく大きめの浴室になみなみと張られた湯船に身を浸していた。


 白く薫る湯気の中、数名の女性たちが無言のまま主とともにつかの間の休息を楽しんでいる。彼女たちの中心には金髪碧眼、長い髪をまとめ上げた一際白く透き通る肌を持つ美しい女性がいる。元王族の姫長メイシャンにも劣らぬ美貌と豊満な肉体を持つその女性こそ、彼女の姪にしてふもとの町の領主を務めるフェリナ・レイアスその人であった。


 北方の領主連合を組織してその盟主となった彼女はまた先のレゾニア王国貴族連盟第二位の家柄を誇るレイアス家の現当主でもある。妻を失い数年前に家督を譲った父オスレイ公に並ぶ声望を持つフェリナはまた旧貴族連盟騎士団の正騎士でもある。


 先の戦争においては後方から様々な支援で苦闘するリュウシンを支え続けた彼女もまた、その帰還を待ち望む一人でもあった。短い間とはいえ、北の地を目指し旅するリュウシンと過ごした日々はフェリナにとってもかけがえのない日々であったのだから――。



 … … …



 赤い炎の精の輝きに満たされた浴室の中、大きな木造りの浴槽に身を浸したフェリナたちの背後には十人ほどの若い女性の召使たちが控えていた。彼女たちは領主フェリナお付きの世話係でいずれもふもとの町周辺出身のレゾニア人たちで占められている。


 身目麗しい彼女たちもまた今は一糸まとわぬ姿で主のもとに侍っていた。そんな中、入口の戸が開き、赤茶色の髪を持つもう一人の若い召使が姿を現した。


 彼女もまたその白い素肌を晒しながらためらうことなく、フェリナに近づいていく。その近くでひざまずき、胸に手を当てた彼女は恭しく頭を垂れて、発言する。


「おくつろぎのところ、まことに申し訳ありません。留守を預かるフレマス・ビダル様より急ぎ領主様にお知らせするよう言いつかり、やってまいりました」


 その言葉を聞いたフェリナの近くにいた、短髪の女性が素早く主に視線を送りその意を確かめる。目を閉じたままのフェリナは、無言であった。それを許可と取ったその側近は召使に向かい、声をかける。


「構いません、続けなさい」


「神官様よりの通達で、明日の品評会に合わせて町の神殿にて姫巫女様による祭事が催されることになったとのこと。姫巫女様御自ら炎神への祈りをささげるとのことにございます」


 それを聞いた側近たちはみな一様に驚きをあらわにして、互いに視線を交わし合う。レゾニア人にとって一番重要な炎神への祭事を執り行うことは王族の特権事項でもある。王族は炎神への祭祀を司り、王はその神官たちを統べる存在でもあった。


 その直系を受け継ぐフェリナは先王アレンダールの孫にあたる。にわかに怒りを発したフェリナは躊躇うことなく、湯の中から立ち上がり側近たちに鋭い声で叫ぶ。


「相変わらず傲慢だこと! よりによって私不在の時に勝手に神事を執り行うとは! 王族の地位を捨て白の山嶺に隠遁なされた意味がお分かりではないようですわね、今度こそ許しませんわよ、叔母上!!」


 豊かな胸元に騎士として鍛え上げたしなやかな筋肉を持つフェリナの肉体が躍動する様はまるで生きた芸術そのもの目にするかのようでもあった。側近の女性たちも次々に立ち上がり、入り口を目指し歩みだした主の後に続く。皆、フェリナの騎士団学校よりの同窓の者たちばかり。


 レイアス家の末子として将来を嘱望されたフェリナの護衛として鍛えられた選りすぐりの貴族出身者たちである。誰もがみな北方貴族の特徴である金髪や銀髪に碧眼を持つ見目麗しき領主フェリナの親衛隊であった。


 フェリナを追う彼女たちは表情を崩さないものの、視線を交わすその眼もとには若干の笑みが見て取れた。レゾニア人としてはまだまだ若年のフェリナは日々の政務に追われ、疲れを癒す暇もない。その彼女が唯一本音でぶつかれる相手が叔母であり、負けん気の強い姫長メイシャンなのである。


 いつも合えば喧嘩ばかりの二人だが、その思いと絆は誰よりも深いものがある。そう、ちょうど姫長の義理の妹たちのように――。


 ――姫巫女様、今度はゆっくりしてくださるかしら?


 ――たまには私たちが鍛冶師の村に赴くのも悪くはないのだけどね。


 そんな耳には届かぬささやきを交わしながら、若き領主フェリナと美しきその僕たちは動き出す。


 年の近い叔母と姪、久方ぶり再会がもたらすものは何か、それを知る者はまだいなかった――。



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