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リュウレイの誓い  作者: ミニトマト
リュウレイの誓い~後編~

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鍛冶師リュウレイ(52)

 少し早めの昼休憩に戸惑うところはあったものの、この時期はいつも似たようなものだと思い直し、食堂に向かう。リュウシュンのいる厨房をのぞき込んでも手伝いの女性たちはいつもより少なかった。それもそのはず、工房に常駐する商人組合の職員たちは二か月ぶりの品評会やその他の準備に駆り出されており、食堂を利用する人数は普段より少なかったからだ。


 普段なら村を訪れる旅人たちもふもとの町に集まっているのか、その姿はまばらであった。リュウシュンの旦那マクレベも午後から手伝いで妻子とともにふもとの町を訪れるらしい。義姉やリュウオウ達もそれに同行するので、今夜は文字通りリュウレイたちだけになる。


 それを聞いたカンショウは妙に気合が入っているような感じがした。まあ、楽しみなのはリュウレイやリュウフォンも同じことなので、人のことは言えないのだが。


「今朝、姫長様達が不在ならリュウレイ姐さんたちを館に招いてはどうかしらって姉姫様に言われたんですが、どうしましょうか?」


「カンショウは、どうしたい――?」


 笑顔でリュウレイが問い返すと、顔を真っ赤にしたカンショウは黙ってうなずく。彼女にとっても待ちに待ったお泊りの日、朝はルタの取り成しもあってまた次の機会にということで落ち着いたらしい。


「ルタ様もいろいろ心得ているな……」


 誰にも聞こえないようにリュウレイはそっとつぶやく。義姉メイシャンにとっては、ルタのような存在はやはりリュウシュンなのだろう。リュウレイは文字通り家族として義姉やリュウオウ達と接している。それゆえに一歩退いた立場から支えてくれる人間はありがたい存在だった。


 その時、食事を楽しむリュウレイを見ていたカンショウがボソッと尋ねた。


「あの……ずっと気になっていたんですが、姫長様のお付きの方はどうしているんですか?」


 思いがけないその言葉に、リュウレイとリュウフォンの動きがぴたりと止まる。視線だけ交わした彼女たちのただならぬ雰囲気にカンショウは言葉を失った。


「……そのことは義姉さんには聞かないでやってもらえるか、カンショウ」


 若干沈んだ様子のリュウレイにカンショウはただ頷くしかなかった。


「午後はさ、明日の下見もかねて橙の隧道がある古道の方に足を延ばしてみようよ。あっちの方にも穴場の水辺があるから!」


 その場を取り繕うようにリュウフォンが声を上げる。戸惑った様子のカンショウはただ頷くしかできないでいた。彼女の視線の先には食べ終えた自分の食器を載せたトレーを手に立ち上がるリュウレイの姿があった。


 ――私、また余計なことを言っちゃったみたい、どうしたらいいのかな?


 苦しくなる思いを胸に秘めたカンショウはそっと胸に手を当てる。そんな思いつめた彼女にリュウフォンは励ますように笑顔を向けるのだった。



 … … …



 姫長メイシャンことレゾニア王家の末姫アレアスタ・ブレナス、彼女には幼いころから共に過ごしたお付きの幼馴染がいた。その名はヤルマ・ミリス、アレアスタの侍女長ミルマ・ミリスの末娘であった。


 王妃レイフェリアの信頼篤かったミルマは王妃の長女でアレアスタやアルスフェローの姉に当たるフェレナスに仕えたこともある若き女官であった。その後、王都の名門貴族、ミリス家に嫁いだミルマは長く王妃に仕え、王の後宮や大神殿に重きをなした。


 そして今から二十年以上前、王妃レイフェリアがのちに自分の後継者となる姫君アレアスタを産み落とすと、同じころに娘を生んだミルマがその侍女長となることが決まった。


 それはレゾニア貴族にとって僥倖ともいうべきこと、もし仮に仕える姫君が次代の姫巫女となれば、その片腕たるお付きの女官は王家の内宮を差配する要職に就くことになる。


 事実、王妃レイフェリアの女官長マルミスタとその一族は王妃の後ろ盾をもとに王国内外に強大な権勢を振るっているのだ。


 王妃の相談役すら務めるミルマにとって娘ヤルマがその地位に就くことは見果てぬ夢であった。だた惜しむらくは、ヤルマは生まれた時から病弱でとても宮仕えに耐えられるとは思えなかったことくらいか。半面、王家の末子アレアスタ姫は炎神の化身のように天真爛漫でのちに王家始まって以来の大問題児と呼ばれたお転婆であった。


 そんな彼女に手を焼く王妃の苦悩は日に日に深くなるばかり。心痛を発する主の姿に触発されたミルマは一大決心のもとに人見知りの上に引っ込み思案な娘ヤルマを王宮に上げることを決意するのだった。


 初めてヤルマと出会ったアレアスタは初めて会う自分と同じ年ごろの娘に興味津々であった。しかし、新たに自分のお付きとなったヤルマは体が弱くまた気弱であることにはやや不満げの様子。しばらくの間は、アレアスタが逆に手のかかるヤルマの面倒を見る様が見受けられたという。


 その甲斐あってか、やがて人並みに振舞うようになったヤルマではあったがやはりアレアスタの後を隠れるようについて回るのが常であった。そんな妹のようなヤルマのことをアレアスタは誰よりも大事にするようになっていた。


 やがて時は流れ、アレアスタが10歳の誕生日を迎えて間もなく王妃レイフェリアは自らの後継者候補として正式に三名の王女を指名する。


 それはアリステロア、アルスフェロー、そして末姫アレアスタ。以上の三名が炎神の神託により次代の姫巫女候補として選ばれたのだ。それを聞いたアレアスタは大いに怒り、王宮から外に出られないわが身の不幸を嘆いたとか。


 皮肉にも、彼女の願いはかなえられることになる。その神託からわずか二か月後、王都は異形の獣を率いた幼い少女の手により、滅びさる。その時より、流亡の王女アレアスタの苦難の旅路は始まった。


 その傍らには常にヤルマとミルマ、二人の姿があったという――。


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