Scene3 予言者《ナービー》なんてさようなら その3
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ポークルムの東端に、この町の獣苑がある。
そこは木々の生い茂る自然公園というべき場所で、そのまま背後の深山へと続いている。
いわゆる、「気」の流れが集まるパワースポットであり、古来より土地の獣が住むといわれ、それゆえに『獣苑』と呼ばれている。こうした獣苑は都市ごとに存在している。
その獣苑前の広場――そこは駐車場でもある――に黒塗りの車が十数台停まっていた。
黒服に身を包んだ男たちは、無線機を片手に慌ただしく動き回っている。
龍華街の支部を襲ったアンナ・E・クロニクルを、町から駆り出すために集められた〈クーザ・キルティ〉というマフィアの構成員であった。
その広場の一角。
とりわけ大きなリムジンの中に、白い祭服に身を包んだ若い女が座っていた。
「おかしいですね……」
車内の円台に広げられた地図を眺めながら、女がつぶやく。
「この町にいることは間違いねえんだ。慌てることはねえ。」
女の向かいには恰幅の良いご老体が、深々と座っていた。
しわの刻まれた厳めしい顔つきで、声もひどくしゃがれている。
「いいえ、コンマイトさん。なにか変なのです……」
「どこがどう変なのか、このご老体にもわかるよう説明できますかな? 司祭様。」
司祭と呼ばれて、女はやや顔を赤らめた。
「司祭だなんて、よしてください伯父さま。いつものようにティナとおっしゃってください。」
「祭服の司祭様を呼び捨てだなんて、とんでもねえ。」
老人は諭すように言った。
恰幅の良いこの老人は、アレグラハム・コンマイト。
暗黒街にその名を轟かす〈クーザ・キルティ〉のボスである。
そして向かいに座る、白い祭服の女は、ティナ・フィバーチェ。
彼女は巫の能力をもつ巫女であった。
「こちらに近付いている気がするんです。」
ティナは気を取り直して、アレグラハムに言った。
「ほう。どれどれ。」
アレグラハムは上体を起こして、地図に目を落とす。
ティナは、地図にアンナの進路を指先で描いていった。
「この地点から、進路を変えて。そこから、このようなルートをたどって……いまこのあたりにいるようなのです。」
ほうほう、と大きくうなずいてみせるアレグラハム。
「ゆっくりこちらに近付いているような気がするのですが……」
指先の航路を見て取ったアレグラハムは、すぐに思いいたった。
「やつら屋上を移動してやがる。」
「えっ? そうなのですか?」
「まちがいねえ。」
というとアレグラハムは運転手に指示を出した。
「やつらは屋上だ、払い落とせ。」
「かしこまりました。」
運転手が車外に待機していた構成員へ伝えると、情報はまたたく間に伝播していった。
「こちらの居場所が割れていると思うか?」
アレグラハムがティナに訊いた。
「いえ、それはないと思います。精霊も穏やかですので……」
だがティナは不安が拭えずにいた。
それが、失敗は許されないという逼迫からくるものか、直感からくるものか……ティナにはいまひとつわからなかった。
無線端末から指示を受けた構成員は一斉に屋上を見上げた。
ある者は高台へ登って、眼下に屋根を捉えた。
しかしどこにも、ノエルたちの姿を見つけることはできなかった。
そのころアンナは、ミカンをふたつ、男に差し出していた。
男は面食らい、動揺しながらも、震える手でそれを受け取った。
「え?」
円卓の前に座っていたティナが、思わず声を漏らす。
「どうした?」
「いえ、その……」
ティナは次の予測地点に驚いて、口籠ってしまった。
この『予知』というのは、厳密にいえばティナがやっていることではない。
巫の力をもって、獣苑の獣、つまり精霊と、心を通わすことにより、街に暮らす人々の『思い』を、精霊から教えてもらっているのだった。
そのため彼女たちの巫の力は、精霊魔術とも呼ばれている。
その精霊の囁きによると、アンナが次にあらわれる場所というのが――
「ここ、に来ます。」
「あん?」