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ハレルヤなんてさようなら  作者: 八兼信彦
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Scene2 酒場《バッコス》なんてさようなら その2

  ***


 フン! と鼻息ひとつ鳴らすと、店長はカウンターを飛び越えてホールに降り立った。

 そして奇声を発しながら〈ダブルバイセップス〉を決めた。

 それは上腕二頭筋を強調する、ボディービルダー特有のポージングである。

 すると、もともと肉厚であった店長の筋肉が、さらにもう一回り大きくなる。

 続けて〈アブドミナル&サイ〉〈サイドトライセップス〉〈ラットスプレッド・バック〉など数々のポージングを極めながら、全身の筋肉を拡張してゆく。

「くふう~~どうですかアンナさぁん。これがわたしの真の筋肉(トゥルーマッソー)です。もう昔のわたしとは違う! いまやわたしの肉体は弾丸さえも弾くのです!」

 筋肉で釣り上げられた笑顔で、アンナをねめつける店長。

「ごきげんよう。」

 望み通りにアンナが銃撃を加える。

「きええぃ!」

 店長が気合いを入れると、弾丸は厚い胸板に少しだけ食い込んで止まった。

「ふはあっ!」

 さらに掛け声ひとつで、弾丸は押し返されて地面へ落ちた。

「これであなたは手も足も出ないっ! 大人しく帰っていただきますっ!」

 誇らしげに筋肉を見せつける店長。

 だがアンナは微笑みを手向けると、天上に向けて撃った。

 吊るしてあったシーリングファンのコードが切れて、店長の脳天に直撃する。

 ふぎぃっ、と声にならない声を上げて店長は倒れた。

「バックス、もういいかしら? わたしたちお腹空いてるの。これ以上やるんだったら、機嫌が悪く(・・・・・)なるから、そのつもりでね。」

 優しく語りかけたアンナに、伏したままビクッとおびえた店長……

 しかし、いささかの逡巡ののち、ふたたび立ち上がるとまたも奇声を発した。

「きええええぃぃ!! バグ酒があれだけだと思ったら、大間違いだぁっ!」

 店長はポケットからリモコンを取り出して、ボタンを押す。

 すると壁掛けの大きな一枚絵が落ちて、扉があらわれた。

 扉を開けると、中には酒樽が積まれていた。

「残念でした、アンナさん。今日は商工会の打ち上げをやっていたのです!」

 店長がそう叫ぶと、居合わせた客が一斉に立ち上がり、揃いの法被を羽織った。

「いきますよ!商工会青年部のみなさん!」

『おぉー!』

 掛け声とともに青年部会員たちは樽を取り出して、天蓋をハンマーで叩き割る。

 強烈なにおいが漂う酒を、手際よく柄杓で注ぎ分けていった。

『乾杯ー!』

 活気あふれる青年部会員たちは、一気にバグ酒をあおる――

 かくして、アンナはむくつけき大男たちに取り囲まれてしまった。

「そんなもの飲んで、将来ハゲても知らないからね。」

 アンナは腰のホルスターに拳銃をしまうと、指の関節をボキボキ鳴らす。

 ようやく銃口から逃れたノエルだったが、そんなノエルに、

「逃げたら撃つねっ。」

 とアンナは冷ややかに言い放った。


 青年部会員の肥大した手が伸びてくる。

 アンナはその手を握り返した。

 互いに手と手を取り合う、力比べの形となる。

「握り潰してやらァァァ!」

 大男に押されてズンと沈み込んだアンナだったが――

 アンナは涼しい顔をしていた。

「じゃあ次はわたし。」

 アンナは大男の両腕つかんだまま、ひねり上げる。

「にぃぃぃ!?」

 大男が悲鳴を上げたがもう遅い。

 アンナは大男をぶん投げた。

 地面に打ちつけられた大男はあっさり失神してしまう。

「力比べだったら、わたし負けたことないの。」

「ふぬぉぉぉ!!」

 雄叫びとともに、青年部会員は次々とアンナに飛びかかる。

 しかしアンナはそんな男たちを、ちぎっては投げ、事もなく蹂躙していく。

 投げられ、極められ、折られた青年部会員は、あえなく消沈となった。

「あら、もう終わり?」

 アンナがふうと一息つくと――どこからか声が響いた。

『ふっふっふっふ……』

 含みを持ったいやらしい声は、店内のスピーカーから流れているようであった。

 そういえば、店長の姿がない。

 青年部会員とやり合っているうちに、姿をくらましたようである。

『アンナ! いや、アンナさん……』

 染みついた恐怖は拭えないのか、マイク越しでも呼び捨てにできない店長の声。

『今日という今日は、一滴も飲まずに帰っていただきます。』

 ファンファーレが鳴り響いた。

 壁がせり出てきて、隠し部屋が開かれる。

 おそらくこの店は、店長が対アンナ用に改築しまくったのだろう。

 壁の中からあらわれた店長は、妙な機械を身にまとっていた。

 それは強化外骨格(パワードスーツ)の一種で、より攻撃に特化した武装外骨格(アームド)と呼ばれるものである。

「それ、軍事品? よく手に入れたね。」

『あなたに勝つためなら、ローン地獄も怖くない!』

 武装外骨格(アームド)。それは『神の遺物』という希少なオーバーテクノロジーを利用した兵器である。

 市場に出回らない逸品を、関係者に横流しでもしてもらったのだろう。

 店長が脚部のリニアキャタピラーを空転させると、キュインキュインと轟音が上がった。

『鍛え上げられたわたしの肉体を、肉の弾丸として射出する!』

「えっと……つまり『突進』ってこと?」

『わたしの思いを届けるには、これしかないっ!』

 店長はすでに泡を吹き、目を血走らせていた。

 バグ酒の影響だろうが、これでは狂人、いや狂犬、いや狂猪である。

『わたしがこうなったのもォッ、あなたのせいだぁァッ!』

 キャタピラーが地面に触れると同時に、高速射出される店長。

 アンナがひらりとかわすと、直線上に倒れていた青年部会員たちが吹き飛んだ。

 さらにその激突は、もはや爆撃のように分厚い壁をえぐる。

 しかし店長は、その強靭な肉体に護られて無事であった。

「あーあ、またお店が無茶苦茶ね。」


 アンナが無邪気に笑うのを――ノエルは部屋の隅から眺めていた。

 こんなおかしな人たちの邪魔には、絶対にならないでいようと、そっと隅に移動していたノエル。

 ことごとく砕けゆく、テーブルと椅子。

 粉々になるグラスとビン。

 ぶちまけられる料理と酒の数々。

 突進する狂人と、宙を舞う大男たち。

 現実離れしているゆえに、むしろ幻想的にさえ見えてくる。

 さらに、それらを軽々とかわしてくアンナは、その金髪のせいか闘牛士マタドールを思わせた。


 ぱすん、ぱすん。


 アンナの銃弾が脚部の管にあたって、武装外骨格アームドから液体が漏れ出した。

 黄緑色に発色したそれは、どうやらバグ酒である。

 常にバグ酒を体内に巡らせる構造のようであった。

『ぬふォッ。アンナさん、熱い、熱いよォッ、これだァ、これだァッ!』

「気持ち悪いなぁ、もう。」

 この攻防にも飽きたのか、それとも空腹が限界を超えたのか、アンナは苛立ってきた。

『やっぱりわたしはアンナさんじゃないと燃えられない! それなのに、それなのに――』

 突然店長は、ノエルを指した。

『なんですかぁ! この男は!』

「へ?」

 ノエルの口から空気の漏れるような声が出る。

「別にいいじゃない。払ってくれるんだから、良い人よ!」

『良い人!? アンナさんの良い人!』

「陰険な顔してるけど、お金出してくれるんだから、良い人よ。」

『金持ちじゃなきゃダメなんですか! 所帯持ちじゃダメなんですか!』

 錯乱している店長には、もう何を言っても通じない。

『憎い。アンナさんと一緒に居られるなんて……憎い……』

 店長はゆっくりノエルへ向き直った。

『なんだその髪型はああああああ!!』

 狂人が、ノエルに向けて射出される。

「知るかーーーーーっ!!」

 絶叫のため、ノエルは身動きが取れなかった。

 あたりに爆音が轟いた。

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