Scene2 酒場《バッコス》なんてさようなら その1
アンナ・E・クロニクルの紹介のような章です。
ちょっと引かれるくらいの女……かもしれませんが、
ぼくとしては、こんな女が嫌いじゃないというか、むしろ好きだったりします。
***
日の暮れかかるころ、ポークルムという小さな宿場町にたどり着いた。
ここなら宿には困るまいと思っていたノエルだったが、アンナに先導されたのは、『パッション』という酒場であった。
「ノエル、お金持ってる?」
「はあ?」
後部座席のヘッドレストに、女帝よろしく腰かけたアンナが訊いた。
銃口はいまだにノエルを捉えている。
「なんだ、カツアゲか。」
さすがにそろそろ苛立ってきたノエルが口を尖らせた。
「違うわ。貸してって言ってるの。」
「カツアゲはみんなそう言うんだ。」
「わたしはお願いしてるのよ。」
「また『願い』か……」
「食べなきゃ人は生きていけないのよね。哀しいけど。」
「全然、哀しそうにみえねえな――OK、わかったよ。」
「ありがとっ。」
ノエルが渋々了承したのをみて、嬉しそうに車から飛び降りるアンナ。
足取りは軽く、ノエルに銃口を向けながらも先に歩いていく。
ノエルも仕方なく、アンナに続いて車を降りた。
ログハウス風の酒場はまだ新築らしく、木の香りを漂わせている。
店長の趣味なのだろうか、太い木が組まれた頑丈そうな店である。
さらに入口には、やたら大きな立看板があった。
『安心明朗会計の店〈パッション〉
当店では、次のような方の御入店をお断わりしております。
・ほかのお客様のご迷惑となられる方
・刺青を入れた方
・反社会的組織に所属しておられる方
尚、ご理解いただけない場合は、強制排除といたします。
何卒ご容赦いただきますよう、お願い申し上げます。』
どこか物々しさを感じさせる語句である。
すでにこの店からは情熱ではなく、受難のにおいが感じられた。
だが荒くれ者の多い宿場町であれば、こうした気遣いも悪くない。
注意書きはまだ続いていた。
『また、当店は「アンナ・E・クロニクル」対策店となっております。金髪二挺拳銃の女を見かけましたら、至急、店長までお知らせください。
〈店長 バックス・バルザザール〉』
――――
「おいアンナっ!」
ノエルの声に、酒場のドアに手をかけていたアンナが振り返った。
「なぁに?」
「おまえ、何やらかしたんだ?」
「いちいち大げさなのよねー、ここの店長。」
「…………」
なにか不穏なものを感じたノエルは、黙ってしまった。
そしてそれは正しかったと、すぐにわかることとなる。
パスン。
入店早々、アンナは店長の耳たぶを撃ち抜いていた。
「ひぎゃっ!? あっ、アンナさん!?」
驚愕する店長に、アンナは微笑みをもってこたえた。
「久しぶりぃ、バックス。元気にしてたぁ?」
バックスと呼ばれた大男は、みるみる青ざめていった。
「お店もきれいになったのね。建て替えてからどれくらい経つの?」
「いえ……まあ……」
耳を押さえながらおびえる店長。タンクトップからあふれるご自慢の筋肉が、見事にあわ立っている。
(見ろ、アンナだ!)
(あの土竜殺し?)
(実在したのか? 都市伝説だと思ってたぞ。)
などと客が口々に囁きはじめる。
「ところでさあ、入口に目障りなものがあったんだけど――あれ何?」
「うっ……」
窮した店長は、さらに顔をひきつらせた。
「困ってることがあるんだったら相談してよぉ。わたしとあなたの仲でしょう?」
「う……うぅ……」
「あ、わかった! 勘定が溜まってるのね。でも大丈夫。」
そういってアンナは、入口に立ち尽くしていたノエルを指した。
「今日は彼が払ってくれるの。」
「恐喝されてるんだ。」
「余計なことは言わなくていいのよ、ノエル。」
アンナが銃口でカウンターを指定するので、ノエルは仕方なく席に着いた。
「あ、アンナさん。お支払いはもう結構ですので……」
「そうなの?」
店長は精一杯の声を、喉の奥からしぼり出す。
「本日は……お帰り願えないでしょうか……」
「え、気のせいかな? いま、わたしに帰れって言わなかった?」
「アンナさん……ハアハア……お帰りを……ハア……ください……」
過呼吸のようになりながらも、絶え絶えに言葉をつなぐ店長。
「バックス……表の看板はあなたの意志なのね?」
「そうです……あれはわたしらの意志です……」
「へえ。」
「頑張れバックス……頑張るんだ……わたしはこの日に向けて……厳しいトレーニングに耐えてきたんじゃないか……」
伏し目がちだった店長が、勃然、自身にエールを送りはじめた。
「ようやく建て直したこの店を……また破壊されるわけにはいかないんだっ!」
店長は歯を食い縛ると、3つのカクテルシェーカーを両手に構えた。
「アンナさん、見ていてください!」
店長はシェーカーをキッチンに叩きつけると、カウンターに並べてあった酒瓶を次々に注いでいった。
それが終わるとすべてのシェーカーに蓋をして、おしぼりできれいに水分を拭き取った。
「これがわたしの高次元シェーカーです!」
カウンターに並んだ3つのシェーカーを、目にも留まらぬ速さでシェイクしてゆく店長。
ときには1つ、ときには2つ、ときには3つ同時に、巧みな技でかき混ぜていった。
「おおぉぉ!」
美技を披露する店長に、アンナは目を輝かせた。
「わたしはついに発明したのです。数種のアルコール、プロテイン、ステロイド、テストステロン……それらを精緻にかき混ぜることによって、『バグ』に似た現象を人為的に発生させるカクテルの作り方を!」
店長は3つのシェーカーを、巨大な銀盃に注いだ。
「これがわたしの、バグ・オブ・バックスだっ!!」
盃に黄緑色に発光する怪しい液体が満たされた。
店長はそれを両腕で掲げて、ぐびぐびと飲み干した。
「ノエル聞いた? バグ・オブ・バックスだって!」
「これじゃあただのバグ・オブ・バックスだな。」
お読みいただきありがとうございます!
まだまだヘンテコになってゆきます!