Scene7 機密《ミスティリオン》なんてさようなら その2
なにが起きているのかさっぱりわからないティナだったが、ノエルとユーリエルには察しがついていた。
「さっきの紋章。あれは『四つの庭』だよな?」
「そうそう。」
アンナは拳銃を引き抜いて、紋章を見せた。
「わたしはそのなかの『放埓の舟』に所属してるみたい。」
「みたい、だなんて人事だな。」
「まあね、生まれたときから会員だもん。親の影響ってやつよ。」
と悪びれる様子もないアンナ。
「あの、さっきから何のお話しをされているのですか?」
ますますわからなくなったティナが、ユーリエルに訊いた。
「えーっとね、『四つの庭』ってのはいわゆる秘密宗教結社って感じ。正教会の流れを汲む分派だねぇ。正教会から異端だって、敵視されているよ。とはいえ秘密結社でいえば業界最大手ってとこかなぁ。」
「へ~、ユーちゃん詳しいのね。」
「『四つの庭』というように、教義ごとに4つの団体に分かれていて、それぞれ『放埓の舟』『邂逅の樹』『凍傷の唇』『眠れる湖水』って呼ばれているんだよねぇ。」
としたり顔のユーリエル。
「そうそう、わたしは『放埓の舟』。放埓って言うように、自由の利く団体なのよ。じゃなかったら、わたしも脱退してるわ。」
「でも考え方としては面白い結社だよ。『四つの庭』ってのは4つの教義を合わせて、はじめて『大いなる愛になれませる』んだよね。バラバラにもみえる教義を拮抗させながら『愛』に到達しようってゆう団体なんて、他に見ないよぉ。たしか主神は女神さまだっけ?」
「聖母様。」
「そりゃ正教会も扱いが難しいよねぇ。」
ユーリエルが文化人のように話をはじめたので、ノエルは顔をしかめた。
「アンナさんって、やっぱりあぶない組織に所属していたんですか?」
「ティナちん、『やっぱり』ってどうゆうことかな?」
と顔をひきつらせるアンナ。
「あ、いえ、すみません……悪名ばかり聞いていたものですから。」
ティナは慌てて、心底すまなさそうに返した。
「ん? もしかしてティナって刺すタイプなの?」
「ボクも薄々気付いてたけど――だぶん無意識系の天然系ですねぇ。油断してたらサンドバックかも……」
「なるほどなるほど。」
などと分析をはじめるアンナとユーリエル。
「う……」
気まずい顔になるティナだったが、ユーリエルがさらに追い討ちをかけた。
「小さいときひとりで遊んでたって言ってたけど、単にともだちが出来なかったんじゃないの?」
「えっ、これって昔っからなの!?」
「うううう……」
目に涙を浮かべるティナ。
「わ、わたしぃ……なぜかわかんないんですけど……ともだちができないんですぅ……」
「うんうん。まずは自覚するところからはじめようね。」
「うわああああん……」
なんだかじゃれ合う3人に、ノエルはただ、
「まあ……仲良くしろよ?」
なんて言葉をかけてしまい、なんでおれは保護者みてえなことを言ってんだと、げんなりした。
扉が開いて、さきほどのパン屋らしくない店主が、バスケットを持って入ってきた。バスケットには、4つのグラスと焼き立てのパンが入っていた。
「どうぞ。」
店主は、いつも図面が広げられているだろう作業台にそれを置いて、みなに勧める。
「ありがとう。ところでなにかいいネタ入ってない?」
アンナが訊くと、店主は口元をくいと釣り上げて、
「大漁だぞ、アンナ。どの回線もおまえの話で持ちきりだ。懸賞金までかかってやがる。」
と楽しそうにこたえた。
「出処は?」
「〈クーザ・キルティ〉。暗黒街五家のひとつだな。でけぇとこに喧嘩売りやがって。」
「あー、そりゃ面倒なわけだ。」
「それで収穫は?」
「さあ。」
「さあ?」
「よくわからないんだよねえ、そのへんにあったものをひっつかんできただけだから。」
この返答に、店主は喉をカラカラと唸らせて笑った。
アンナの豪傑ぶりがたまらなく気に入っているようである。
「シシカバに渡したよ。」
とアンナは奥を指した。
「ああ見えて、鑑定士としての腕はたしかだ。」
店長はまるで自分のことのように胸を張って、ノエルたちに言った。
「ねえねえ、アンナはなんで龍華街にいたの?」
「ああそれね、」
アンナはパンを口に放り込みながら、なんてことないように、
「龍華街の麻薬ルートを潰してやろうと思って――お、旨いなこれ。」
と続けた。
「あ?」
これまた突拍子もない発言に、ノエルの声が漏れる。
「7回目のトライだったんだけど、なかなかうまく行かないのよねえ。」
アンナは屈託なく笑った。
店主もまたカラカラと喉をうならせている。
ノエルはあきれたが、しかしアンナならやりかねないとも思ってしまう。
「うまく潜入できてたのに、外からすっごい大声がして見つかっちゃったんだよねえ。」
「声……?」
「ねえノエル、あのとき路地で叫んでる人とか見なかった?」
「さ、さあな――」
曖昧な返事をするノエル。
それはきっとEMラジオのことだろう。
ポンコツ車が勝手にラジオを鳴らしたのだ。
はあ、と深くため息をついて、ノエルはグラスに手を伸ばしたが――空をつかむ。
じゅるじゅるじゅる、と隣から音がするので視線を上げると、そこにはシシカバが立っていた。ノエルのジュースをすすり終わると、シシカバは匣を作業台に投げた。




