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ハレルヤなんてさようなら  作者: 八兼信彦
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Scene1 銃弾《ブレット》なんてさようなら その2

  ***


 行商と別れてほどなく、アヴァルスの街が見えてきた。

 山間部に囲まれた海辺の街は、豊かな水資源と開かれた港によって栄えている。

 白壁のまぶしい居住区も景観がよく、穏やかであった。

 買い物袋を一杯にして歩く若い女性。

 犬を連れ歩く青年。

 道路に椅子を持ち出して編物をする老婆。

 窓越しに声をかけあう奥様方。

 広場はかけっこに興じる子供たちの甲高い声にあふれている。ベランダには植物が茂り、中庭パティオの池は水をたたえていた。


 そんな中、路地を徐行するノエルは――人々の笑いの種になっていた。

 風にかき乱された黒髪が、巻き貝のように逆立っていた。

「まずは宿だな。」

 とっととシャワーを浴びるべきだろう――

 気にしないフリをして衆人環視を抜けるノエル。

 腹の内では悶々と、車を手配した者への恨みを募らせた。


 ノエルは、ボードゲームに熱中するふたりの老人に、宿を知らないかと尋ねた。

 老人は盤上から少しも目を離さずに、道を指差した。

「ありがとよ、じいさん。」

 老人は黙ったまま、サムズアップでこたえた。


  ***


 しばらく進んでも、しかし宿らしき建物は見つからなかった。

 居住区を抜け、中心街も抜けると、やがて倉庫が立ち並ぶ一角まで来た。

 海に程近いここは、人気もなく閑散としている。

「見落としたか? にしても――」

 ここはまずい。

 人の少ない場所というのは災難トラブルの温床である。

 受難者体質のノエルにとっては早々に立ち去らなければならない場所である。


 だがそんな予感をあざ笑うかのように、巨大な石門が姿をあらわした。

 朱や金で装飾された、けばけばしい石門は、〈龍華街〉の入口を示している。

 そこは移住者たちによって築かれた、異人街。

 法治が行き届かず、不法滞在者や犯罪者のねぐらにもなっている。

 あたりは次第に祭りの喧騒に包まれていった。

 どうやら月に一度の闇市を開催中らしい。

 通りは怪しい商人や観光客であふれてきた。

 青や黄の旗が吊るされ、派手な龍のハリボテがそこかしこに置かれている。

 ここまで来たらもう引き返すことはできない。

 龍華街というのは一度入り込んだら、街を抜けなければ出られないようになっているのだ。

 だが、本通りは闇市で通行不可である。

 ノエルは気が進まないながらも、裏通りへ回るほかなかった。


  ***


 くたびれたビルに挟まれた、薄暗い路地。

 ここは移民たちの居住区であるらしい。

 そこかしにゴミや段ボールが堆積しているせいで、車の通れるスペースはかなり狭く、ゆっくりとしか進めない。

 頭上には幾本ものひもが張られ、黄ばんだ洗濯物がぶら下がっている。

 バシャっという水音が聞こえてきた。

 誰かが窓から排水でも捨てたのだろう。

 衛生観念の欠落した裏通りは――不穏であった。

 立ちこめる悪臭も、屋根がなければ防ぎようがない。

 焦燥に駆られるが、スピードも出せない。

 滅入る気持ちを少しでも紛らわせようと、ノエルはセンターパネルに手を伸ばした。

 EMラジオの牧歌さを取り戻したかったのである。

 だが、そのとき――


 手がボタンに触れる前に、ラジオがひとりでに起動した。

 ミカたんの可愛らしい声が、車載スピーカーから爆音・・であふれ出した。


『はっじまぁるよ~~~~~!!』


 静かな路地に、響き渡るミカたん。

 途端――銃撃音があたりをつんざいた。

 ノエルの頭上へ粉砕されたガラス片が降ってくる。 

「あ?」

 ノエルの口から気の抜けた声が漏れる。

 ノエルはアクセルを踏み込んだ。

 間一髪、ガラス片は後部座席を引き裂くに留まった。

 しかし銃撃音は鳴り止まず、ノエルの頭上には次々とガラス片が降り注ぐ。

 スピードを上げて突っ切りたいのだが、散乱したゴミのためにそれができない。ハンドルとアクセルで、なんとか自分の身だけは回避していくノエル。

 ガラス片に刻まれて、光沢を失っていくビビッドレッド。

 頭上からは男たちの怒声が聞こえてくる。

 だが声も銃撃も、ノエルに向けられたものではなかった。

 左側のビルの4階付近で揉め事(トラブル)があり、そのとばっちりに会っているようだ。

「だぁああああ! 屋根ええええええ!」

 ノエルの悲痛な叫びは、しかし銃撃音にかき消される。

 EMラジオからは、軽快なジャズが流れっ放しになっていた。

 ビルは内部がつながっているのか、ガラスはのべつまくなし降ってくる……


 ようやく路地の出口が見えてきた。

 表通りは日当たりも良いようで、ここからは輝いて見える。

「あと少し!」

 出口付近はゴミも少なく、思い切りアクセルを踏めそうだ。

 ノエルがそう思ったとき、4階の窓から何かが飛び出した。

 逆光でシルエットしかわからないが、人影のようにも見える。

 その影は――ノエルに向けて発砲してきた。


 パスンっ!


 軽い銃声に、ノエルは思わずブレーキを踏んだ。

 金切り声を上げて急停車する赤い車。

「っ……!」

 弾は当たっていない。だが――

 ノエルはハッとして空を見上げた。

 ビルに挟まれた細長い空は、青々としている。

 その中を、洗濯ひもがぶらぶらと揺らめいていた。

 

 どうん!


 騒音とともに車が激しく揺れる。

「ひゃっ――ああっ!」

 女の声がして、またも車が揺れた。

 ノエルが振り返ると、後部座席は大量の洗濯物に埋め尽くされていた。

 その洗濯物の中から、2本の足が生えている。

 突き出たそのあでやかな足は、やはり女のようである。

「だ、大丈夫か?」

 呆気に取られながらも、ノエルが声をかける。

 しかしそんなノエルの鼻先に、洗濯物から生えてきた拳銃ハンドガンが突きつけられた。

「助けてくれる?」

 顔は埋もれているが、その眼光はまるで闇夜の猫のように、洗濯物の奥からこちらを見据えているのがわかった。

「それはお前の願いか?」

 ノエルは、何か場違いにも思える言葉を返していた。

 しかし女のほうも平然と、

「そうね、わたしの心からのお願い、かな。」

 と返した。

 女がそう言うと――銃弾がボンネットに穴を開けた。

 ビルから頭を出した男たちが、短機関銃を手に銃弾の雨を降らせている。

 女は埋もれていたもう一方(・・・・)の拳銃を、男たちへ向けて撃つ。

 ノエルはアクセルを踏み込んで、まぶしい表通りへと飛び出していった。


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