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ハレルヤなんてさようなら  作者: 八兼信彦
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Scene6 聖域《アジール》なんてさようなら その2

  ***


「聖域には、まだ手つかずの遺跡が眠っています。それはわたしたち人類にとって重大な発見となるでしょう。わたしたち人類のルーツをたどることにもなるかもしれません。聖マザー、どうかわたしに聖域の調査をさせてください。」

 その思いつめたような瞳は、これまでティナが見てきたどの学者とも違っていた。

 功名心に憑りつかれたものではなく、研究に身をやつした者の純粋な探求心からくる瞳。

 まだ幼いティナにとって、その目はとても透き通っているように感じられた。

「聖域とはそのような場所ではないのです。」

 白髪に覆われた小柄な聖マザーは、ラースの用意した資料にも目を通さなかった。

「お志は素晴らしい。ですが、どうかお引き取りください。」

 聖マザーは凛としていた。

「なぜですか! せめて理由を!」

「お引き取りください。」

 聖マザーの固い意志は、決して揺らぐことはなかった。


 しかしそれでも、ラースは聖マザーのもとに足しげく通いつめた。


 

 あるとき、聖マザーを訪ねてきたラースに、当時まだ幼かったティナが話しかけた。

 ティナは庭先で、ひとりで遊んでいた。

「おじさま、また来たのね。」

「やあ、ティナ。聖マザーから許しをもらうまでは何度だって足を運ぶよ。」

「ふうん。おじさまはそんなに聖域が好きなの?」

「ああ、わたしの一生をかけてもいいくらいにね。」

「なにがそんなに好なの?」

 まだ言葉の足らないティナであったが、それが逆にラースの心に響いた。

「あの聖域には――可能性が眠っているからさ。」

「かのうせい? なにそれ。」

「こうであった『かもしれない』、こうなる『かもしれない』、そういう『かもしれない』のことだ。わたしたちはそれを、昔の人が残してくれたものから知ることができるんだ。」

「『かもしれない』を、昔の人が残しているの?」

「ああ、そうだ。」

「おじさまは『かもしれない』が好きなの?」

「そうだ。『かもしれない』は、わたしたちに希望をあたえてくれる。もしかしたら人は、もっと素晴らしいものになれる『かもしれない』。もっと素晴らしいものに出会える『かもしれない』。そんな『かもしれない』を、少しでも確実にするために――わたしは土を掘るんだ。未来のことは、過去からわかるんだよ。」

「おじさまは土を掘るのね。わたしも土を掘るわ。」

 ティナは、砂遊び用のスコップと、土の入ったバケツを見せた。

「わたしと一緒に土を堀りましょう?」

「わたしは土を掘るのが上手いよ。」

 ティナはバケツの土をひっくり返して、庭にぶちまけた。

「かわいそうなおじさまが『かもしれない』を見つけられるように、わたしの宝物をあげるね。」

 そして土の中から『かけら(・・・)』をつまんで、ラースに渡した。

「それ、わたしの宝物。大事にしてね。」

 ラースはその『かけら』を見て――驚いた。

「こ、これをどこで?」

 ティナは聖域の森を指した。

「あそこ。」


「まさか――ティナは、あの森に入れるのかい?」

「うん、少しだけなら。」

 聖域は迷いの森と言われていて、聖マザー以外に足を踏み入れるとができなかった。

 もしほかのものが入ったら、道に迷った挙句、森の外へと出てきてしまう。それゆえに聖域の調査には聖マザーの協力が不可欠であった。

 しかし――ティナは聖域に入ることができるという。それはいずれ聖マザーとなるものの血を引いているからかもしれない――ラースはそう考えた。

 ラースはもう、衝動を抑えることができなかった。

「よかったら……これを見つけたところにわたしを案内してもらえないかい?」

「そうしたら、おじさまは喜ぶ?」

「……ああ。」

 こうしてティナは、ラースの手を引いて聖域へ入っていったのだった。

 ティナとしても、毎日やってきては哀しそうな顔で帰っていくラースに同情していたのである。


 ラースはそこで、遺跡の『かけら』を発掘した。


 以後も、ラースはティナに手を引かれて聖域に入った。

 しかしすぐに聖マザーに発見され、ティナは聖域に入ることを禁止された。

 もちろんラースも、二度とフィバーチェ家の敷居を跨ぐことは許されなかった。


  ***


「そっか、ティナちゃんはつらい失恋をしたんだねぇ。」

 やや的はずれなことをいうユーリエル。

「それで次に会ったら呪術者か。怪しい臭いがプンプンするわね。」

 アンナはドリンクをすすりながら言った。

「そのことなのですが……」

 とティナはさらに神妙な面持ちで続ける。

「もしかするとあれは、『神の遺物』だったのかもしれません……」

「『神の遺物』?」

 とノエルが顔をしかめたので、ユーリエルがすらすらと補足をする。

「太古の昔に起きたといわれる神々の戦争。そのときに神さまが地上に置き忘れていったものたち、のことだよね?」

「はい。」

「どうしてそれが、ラースの力とつながるんだ?」

「その『神の遺物』っていうのは、不思議な力が宿っているといわれているんだ。その『神の遺物』の仕組みを解明することによって、いまでも様々なものが作られているんだよ。たとえば、武装外骨格(アームド)なんかもその類だね。」

「よく知ってんな。」

「勉強は得意だからねっ。」

 ユーリエルは誇らしげに鼻を鳴らす。

「『神の遺物』から、ラースは力を引き出したのかもしれません。」

「しかも『聖域』にあるような『遺物』だから、すっごい力が隠されていたかもしれないってことね?」

「はい……」

 ティナはまたうつむいてしまった。

 もしそれが事実だとしたら、ティナはラースの幇助をしたことになる。そしてそれがいまや家族のみならず、一族や国家そのものを苦しめているということにもなるのだった。

 ティナはそんな呵責に苛まれてきた。


 だが、ノエルには引っかかることがあった。

 戦争をしていたとはいえ、神がそんな危険なものを、地上に置いていくだろうか?

――ユーリ。実際のとこどうなんだよ。

 ノエルが耳打ちする。

――遺物っていっても、いわゆる戦争ゴミだよ。空薬莢とか破壊された兵器の破片みたいなものだね。むしろ、人はよくそこから技術を取り出したなって感心するよ。

 ふむ……とノエルは考え込んでしまう。

 そんなものから、どうやったら『呪術』などを取り出せるのだろうか。


「でも、どうしてティナが狙われてるの?」

 とアンナがもっともなことを訊いた。

「わたし――ラースに結婚を申し込まれたんです。」

「「「はあ??」」」

 3人の声が見事にハモった。


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