Scene6 聖域《アジール》なんてさようなら その2
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「聖域には、まだ手つかずの遺跡が眠っています。それはわたしたち人類にとって重大な発見となるでしょう。わたしたち人類のルーツをたどることにもなるかもしれません。聖マザー、どうかわたしに聖域の調査をさせてください。」
その思いつめたような瞳は、これまでティナが見てきたどの学者とも違っていた。
功名心に憑りつかれたものではなく、研究に身をやつした者の純粋な探求心からくる瞳。
まだ幼いティナにとって、その目はとても透き通っているように感じられた。
「聖域とはそのような場所ではないのです。」
白髪に覆われた小柄な聖マザーは、ラースの用意した資料にも目を通さなかった。
「お志は素晴らしい。ですが、どうかお引き取りください。」
聖マザーは凛としていた。
「なぜですか! せめて理由を!」
「お引き取りください。」
聖マザーの固い意志は、決して揺らぐことはなかった。
しかしそれでも、ラースは聖マザーのもとに足しげく通いつめた。
あるとき、聖マザーを訪ねてきたラースに、当時まだ幼かったティナが話しかけた。
ティナは庭先で、ひとりで遊んでいた。
「おじさま、また来たのね。」
「やあ、ティナ。聖マザーから許しをもらうまでは何度だって足を運ぶよ。」
「ふうん。おじさまはそんなに聖域が好きなの?」
「ああ、わたしの一生をかけてもいいくらいにね。」
「なにがそんなに好なの?」
まだ言葉の足らないティナであったが、それが逆にラースの心に響いた。
「あの聖域には――可能性が眠っているからさ。」
「かのうせい? なにそれ。」
「こうであった『かもしれない』、こうなる『かもしれない』、そういう『かもしれない』のことだ。わたしたちはそれを、昔の人が残してくれたものから知ることができるんだ。」
「『かもしれない』を、昔の人が残しているの?」
「ああ、そうだ。」
「おじさまは『かもしれない』が好きなの?」
「そうだ。『かもしれない』は、わたしたちに希望をあたえてくれる。もしかしたら人は、もっと素晴らしいものになれる『かもしれない』。もっと素晴らしいものに出会える『かもしれない』。そんな『かもしれない』を、少しでも確実にするために――わたしは土を掘るんだ。未来のことは、過去からわかるんだよ。」
「おじさまは土を掘るのね。わたしも土を掘るわ。」
ティナは、砂遊び用のスコップと、土の入ったバケツを見せた。
「わたしと一緒に土を堀りましょう?」
「わたしは土を掘るのが上手いよ。」
ティナはバケツの土をひっくり返して、庭にぶちまけた。
「かわいそうなおじさまが『かもしれない』を見つけられるように、わたしの宝物をあげるね。」
そして土の中から『かけら』をつまんで、ラースに渡した。
「それ、わたしの宝物。大事にしてね。」
ラースはその『かけら』を見て――驚いた。
「こ、これをどこで?」
ティナは聖域の森を指した。
「あそこ。」
「まさか――ティナは、あの森に入れるのかい?」
「うん、少しだけなら。」
聖域は迷いの森と言われていて、聖マザー以外に足を踏み入れるとができなかった。
もしほかのものが入ったら、道に迷った挙句、森の外へと出てきてしまう。それゆえに聖域の調査には聖マザーの協力が不可欠であった。
しかし――ティナは聖域に入ることができるという。それはいずれ聖マザーとなるものの血を引いているからかもしれない――ラースはそう考えた。
ラースはもう、衝動を抑えることができなかった。
「よかったら……これを見つけたところにわたしを案内してもらえないかい?」
「そうしたら、おじさまは喜ぶ?」
「……ああ。」
こうしてティナは、ラースの手を引いて聖域へ入っていったのだった。
ティナとしても、毎日やってきては哀しそうな顔で帰っていくラースに同情していたのである。
ラースはそこで、遺跡の『かけら』を発掘した。
以後も、ラースはティナに手を引かれて聖域に入った。
しかしすぐに聖マザーに発見され、ティナは聖域に入ることを禁止された。
もちろんラースも、二度とフィバーチェ家の敷居を跨ぐことは許されなかった。
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「そっか、ティナちゃんはつらい失恋をしたんだねぇ。」
やや的はずれなことをいうユーリエル。
「それで次に会ったら呪術者か。怪しい臭いがプンプンするわね。」
アンナはドリンクをすすりながら言った。
「そのことなのですが……」
とティナはさらに神妙な面持ちで続ける。
「もしかするとあれは、『神の遺物』だったのかもしれません……」
「『神の遺物』?」
とノエルが顔をしかめたので、ユーリエルがすらすらと補足をする。
「太古の昔に起きたといわれる神々の戦争。そのときに神さまが地上に置き忘れていったものたち、のことだよね?」
「はい。」
「どうしてそれが、ラースの力とつながるんだ?」
「その『神の遺物』っていうのは、不思議な力が宿っているといわれているんだ。その『神の遺物』の仕組みを解明することによって、いまでも様々なものが作られているんだよ。たとえば、武装外骨格なんかもその類だね。」
「よく知ってんな。」
「勉強は得意だからねっ。」
ユーリエルは誇らしげに鼻を鳴らす。
「『神の遺物』から、ラースは力を引き出したのかもしれません。」
「しかも『聖域』にあるような『遺物』だから、すっごい力が隠されていたかもしれないってことね?」
「はい……」
ティナはまたうつむいてしまった。
もしそれが事実だとしたら、ティナはラースの幇助をしたことになる。そしてそれがいまや家族のみならず、一族や国家そのものを苦しめているということにもなるのだった。
ティナはそんな呵責に苛まれてきた。
だが、ノエルには引っかかることがあった。
戦争をしていたとはいえ、神がそんな危険なものを、地上に置いていくだろうか?
――ユーリ。実際のとこどうなんだよ。
ノエルが耳打ちする。
――遺物っていっても、いわゆる戦争ゴミだよ。空薬莢とか破壊された兵器の破片みたいなものだね。むしろ、人はよくそこから技術を取り出したなって感心するよ。
ふむ……とノエルは考え込んでしまう。
そんなものから、どうやったら『呪術』などを取り出せるのだろうか。
「でも、どうしてティナが狙われてるの?」
とアンナがもっともなことを訊いた。
「わたし――ラースに結婚を申し込まれたんです。」
「「「はあ??」」」
3人の声が見事にハモった。




