Scene6 聖域《アジール》なんてさようなら その1
***
ティナは代々ウリザネアウスに仕えてきた巫女の家系だという。
ウリザネアウスは北方の大国で、国土の約半分が凍土に覆われる極寒の地である。
ティナの家は巫の力をもちいて、獣苑の精霊と交感し、神託を行ってきた。
「ウリザネアウスは崩壊の危機にあります。」
ティナはそう話の端を開いた。
「内乱状態にあるとは聞いていたが。」
「はい。政府軍と反乱軍とが争っています。」
「反乱軍を鎮圧しきれないから悪いんだって、飲み屋のおっちゃんが言ってたよ。」
とアンナが口をはさむと、ティナは悔しそうにこう返した。
「すべては……ラースに仕組まれていたんです。」
宰相ラース・フレイディア。
ティナによると、このラースにより現在の混乱が引き起こされているという。
ラースがあらわれたのは5年前。
そのころウリザネアウスには奇病が蔓延していた。
全身を鱗のようなもので覆われるというこの病は、体内に生物がうごめくような激痛が走るという。そして死の際には、口から一匹の魚を吐くのであった。魚は地面へ落ちるとそのまま蒸発して消えてしまうという。そこで人々はこの病を、『冥府』の『魚』と書いて『冥魚病』と呼んだ。
国王は国を挙げて医者や術者を集めたが、誰も『冥魚病』を癒すことができなかった。
ティナもそのときに召集されたひとりだった。
精霊魔術で痛みを抑えることはできたが、根本的な治療にはいたらなかった。
そこへあらわれたのが、当時まだ無名の呪術師ラース・フレイディアである。
ラースは怪しげな術で、病をたちどころに癒した。
そしてその功績を認めらて、ラースはウリザネアウスの僧侶となったそうだ。
僧侶といってもウリザネアウスでは巫女に次いで国政に関わる力を持っている。
彼はすぐさま頭角をあらわすと、5年の内に宰相まで登りつめたのだそうだ。
「実は――王妃殿下も冥魚病を患っていました。ラースはその術で殿下を救い、信頼を得たのです。いまでは陛下もラースの傀儡になっているそうです。」
「うわさじゃ、魔僧だとか言われてるらしいな。」
「でも悪いことばかりじゃないんでしょう?」
「はい。ラースが実権を握ってから、ウリザネアウスは国力をつけました。」
それまで温厚な国であったウリザネアウスが、一転。
隣国の情報収集に力をいれ、軍備の増強などを行ったそうだ。
「むしろそれらは国民から受け入れられました……」
「自国の強化は、悪いことじゃないもんね。」
「そうなのですが……」
「じゃあ反乱軍は、何に反対してるんだ?」
「あの、わたし――」
ティナは言いにくそうに口籠ってから、話を続けた。
「ラースとは面識があったんです。」
「お、恋バナっ?」
政治には興味がなくてあくびをしていたユーリエルがすり寄ってきた。
ティナは微苦笑すると、また話を続けた。
「ウリザネアウスの巫女は代々、『聖域』を守ってきました。わたしたち巫女にとって神聖な場所で、〈聖マザー〉しか足を踏み入れることができない場所です。わたしが出会ったころのラースは、『聖域』を調査させて欲しいとやってきた学者の1人でした。」