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ハレルヤなんてさようなら  作者: 八兼信彦
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Scene5 陰謀《プロット》なんてさようなら その2

  ***


「ノエルってどうゆう性格してるのぉ? ちょっとトイレに行ったら、女の子連れて帰ってきて、『それ誰?』って聞いたら『知らない。』だって。知らない? なにそれ。知らない女の子をどうやって連れてくるのさ? トイレで誘拐でもしたの? ノエルは変態なの? 変態さんなの?」

 ユーリエルにまくし立てられるも、ノエルには返す言葉がない。

 アンナもあきれたような半眼を向けている。

「ノエルってスケコマシだったんだ。とんだ紳士ジェントルよね。これからは色男ドンファンとでも自称なさったらいかが?」

 などと不名誉な暴言を吐かれる。

「いえ、あの――」

 ローブの女が割って入った。

「ノエルさんをお呼び止めしたのは、わたしなんです。」

「へー。」

「ふーん。」

 気のない返事をして、非難の眼は変わらずノエルに注がれている。

「できれば、みさなんにもお願いしたいのです。あの――」

 そういって女は、アンナに顔を近付けた。

 女のきれいな顔立ちに、同性のアンナでさえも一瞬ドキッとした。

「アンナ・E・クロニクルさんですよね?」

「ん? わたしのこと知ってんの?」

「もちろん存じています。アンナさんのご高名は、かねがね伺っております。」

「へえ。」

 アンナはすっと手を差し出した。

「はじめまして。えっと――」

「ティナです。ティナ・フィバーチェと申します。」

「ティナね。よろしく。」

 ふたりは力強く握手を交わした。

「それで、わたしたちにお願いって?」

「じつは――」

 ティナが語りはじめたその時に、4人の囲むテーブルにナイフが突き立てられた。

 料理を運んできたウェイターが、果物ナイフを突き刺していた。

『ぎぎぎぎぎ……ン』

 ウェイターは何か唸り声を上げている。

 目は虚ろで、だらしなく舌を垂らしている。

『みみみみ、みつけ――だ……ティナ・フィバーチぇ……』

 ウェイターの唸り声に――しかし、おびえたのはティナだけだった。

「ユーリ。なんとかしろ。」

「はぁい。」

 ユーリエルはウェイターへ手の平を向けた。

「わあ、ねじくれた術式。遠隔操作系だねぇ。ちょいちょいっと――」

 ユーリエルが空中で糸を引っ張るような仕草をすると、操り人形の糸が切れるように、ウェイターは倒れた。

「はい、一丁あがりっ。」

 倒れたウェイターに気付いて、別のウェイターが駆けつけた。

 彼は一言謝ると、介抱のため倒れた同僚をバックヤードへ連れていった。

「ボクは解析とか解術とかが得意なんだよね。はじめまして、ユーリエル・カンヴァスです。本名はウリエルって言うんだけど、あんまり可愛くないからユーリエルってことで。ユーリとか、ユーちゃんとかって呼んでね。」

「えっ、は、はいっ!」

 ユーリエルにまくし立てられて、慌ててしまうティナ。

「ティナちゃんって、変な術者にからまれてるの?」

「…………」

 アンナにそう訊かれると、ティナは黙ってしまった。

「遠隔操作系の術式だったけど、かなり手が込んでたね――あれ?」

 とユーリエルが、テーブルに突き立てられたナイフに目をやった。

「こっちにも変な術がかかってる。ちょっと待って。」

 とまた空中で糸をつかむ仕草をする。

「またまた変な術――」

 ユーリエルは指先を器用に動かして術を解いていく。しかしはたからみれば、空中で指先をくねくねと動かしているようにしか見えない。

「――あ」

 ピン、と甲高い音がして、ナイフがはじけた。

 その切っ先をティナへ向けて飛んでゆく。

 しかしノエルの右手がさっと伸びて、刃先をつかみとった。

「うっ」

 ナイフはノエルの手に少しだけ食い込んで、止まる。

 血がじわりとあふれてきた。

「ふう……」

 一瞬のうちに膨れ上がった緊張が、ゆっくり解けていく。

「ごめんよノエルぅ。術式そのものが罠だったみたい。」

 無理に解除しようとすると、ナイフが飛ぶ仕掛けだったらしい。

「ダメだ。毒が塗ってある。」

 ノエルは手を開いて、ナイフをテーブルへ捨てた。

 切り傷が早くも赤く腫れ上がっている。

「毒を吸い出して。」

「触れないほうがいい。っ――」

 切り傷とは違う痛みが、ノエルを襲った。

――参った、これはかなり手の込んだ毒――

 ノエルが面食らっていると、ティナが手を差し出した。

「見せてください。」

 ノエルの手を取って、傷口を見つめるティナ。

 はっとして顔を暗く陰らせながらも、ティナは傷口に手をかざした。

 それからぶつぶつと、なにかを唱えはじめる。


『かけまくも 畏き精霊よ 古き世より連なりし 偉大なる其方らよ かつてその御身を清めし清流のごとく 我らが身に降り罹りし災いを どうか払いたまえ……』


 祝詞のようであった。やがてティナの手が橙色に光ると、傷口がみるみる塞がっていった。

「すごーいティナちん。」

 アンナが驚きの声を上げる。

「これって精霊魔術(ジニマギア)? ティナちゃんそんなことできるんだ!」

 ユーリエルも驚嘆した。

 精霊魔術の中でも治癒の力は、ほんの数人しか扱えぬものであった。

 詠唱が終わり、ノエルの痛みも引いたところで、ティナが口を開いた。

「わたしはウリザネアウスの巫女です。」

 ノエルは手を開閉して、感覚をたしかめてみる。

「なにもなかったみたいだ。」

 傷も痛みも消え、すべてが元通りになっているようであった。

 だが、ティナの顔はますます暗いものになっていた。

「いいえ、これは応急処置にすぎません。体内には――まだ残っています。」

「この毒を知ってるのか?」

「はい――その毒は……いえ、その病は――『冥魚』と言われています。」

 神妙な面持ちでティナが黙っていると、食堂の店長があらわれて、ウェイターのお詫びにと1人1杯ドリンクを御馳走してくれた。


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