Scene5 陰謀《プロット》なんてさようなら その2
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「ノエルってどうゆう性格してるのぉ? ちょっとトイレに行ったら、女の子連れて帰ってきて、『それ誰?』って聞いたら『知らない。』だって。知らない? なにそれ。知らない女の子をどうやって連れてくるのさ? トイレで誘拐でもしたの? ノエルは変態なの? 変態さんなの?」
ユーリエルにまくし立てられるも、ノエルには返す言葉がない。
アンナもあきれたような半眼を向けている。
「ノエルってスケコマシだったんだ。とんだ紳士よね。これからは色男とでも自称なさったらいかが?」
などと不名誉な暴言を吐かれる。
「いえ、あの――」
ローブの女が割って入った。
「ノエルさんをお呼び止めしたのは、わたしなんです。」
「へー。」
「ふーん。」
気のない返事をして、非難の眼は変わらずノエルに注がれている。
「できれば、みさなんにもお願いしたいのです。あの――」
そういって女は、アンナに顔を近付けた。
女のきれいな顔立ちに、同性のアンナでさえも一瞬ドキッとした。
「アンナ・E・クロニクルさんですよね?」
「ん? わたしのこと知ってんの?」
「もちろん存じています。アンナさんのご高名は、かねがね伺っております。」
「へえ。」
アンナはすっと手を差し出した。
「はじめまして。えっと――」
「ティナです。ティナ・フィバーチェと申します。」
「ティナね。よろしく。」
ふたりは力強く握手を交わした。
「それで、わたしたちにお願いって?」
「じつは――」
ティナが語りはじめたその時に、4人の囲むテーブルにナイフが突き立てられた。
料理を運んできたウェイターが、果物ナイフを突き刺していた。
『ぎぎぎぎぎ……ン』
ウェイターは何か唸り声を上げている。
目は虚ろで、だらしなく舌を垂らしている。
『みみみみ、みつけ――だ……ティナ・フィバーチぇ……』
ウェイターの唸り声に――しかし、おびえたのはティナだけだった。
「ユーリ。なんとかしろ。」
「はぁい。」
ユーリエルはウェイターへ手の平を向けた。
「わあ、ねじくれた術式。遠隔操作系だねぇ。ちょいちょいっと――」
ユーリエルが空中で糸を引っ張るような仕草をすると、操り人形の糸が切れるように、ウェイターは倒れた。
「はい、一丁あがりっ。」
倒れたウェイターに気付いて、別のウェイターが駆けつけた。
彼は一言謝ると、介抱のため倒れた同僚をバックヤードへ連れていった。
「ボクは解析とか解術とかが得意なんだよね。はじめまして、ユーリエル・カンヴァスです。本名はウリエルって言うんだけど、あんまり可愛くないからユーリエルってことで。ユーリとか、ユーちゃんとかって呼んでね。」
「えっ、は、はいっ!」
ユーリエルにまくし立てられて、慌ててしまうティナ。
「ティナちゃんって、変な術者にからまれてるの?」
「…………」
アンナにそう訊かれると、ティナは黙ってしまった。
「遠隔操作系の術式だったけど、かなり手が込んでたね――あれ?」
とユーリエルが、テーブルに突き立てられたナイフに目をやった。
「こっちにも変な術がかかってる。ちょっと待って。」
とまた空中で糸をつかむ仕草をする。
「またまた変な術――」
ユーリエルは指先を器用に動かして術を解いていく。しかしはたからみれば、空中で指先をくねくねと動かしているようにしか見えない。
「――あ」
ピン、と甲高い音がして、ナイフがはじけた。
その切っ先をティナへ向けて飛んでゆく。
しかしノエルの右手がさっと伸びて、刃先をつかみとった。
「うっ」
ナイフはノエルの手に少しだけ食い込んで、止まる。
血がじわりとあふれてきた。
「ふう……」
一瞬のうちに膨れ上がった緊張が、ゆっくり解けていく。
「ごめんよノエルぅ。術式そのものが罠だったみたい。」
無理に解除しようとすると、ナイフが飛ぶ仕掛けだったらしい。
「ダメだ。毒が塗ってある。」
ノエルは手を開いて、ナイフをテーブルへ捨てた。
切り傷が早くも赤く腫れ上がっている。
「毒を吸い出して。」
「触れないほうがいい。っ――」
切り傷とは違う痛みが、ノエルを襲った。
――参った、これはかなり手の込んだ毒――
ノエルが面食らっていると、ティナが手を差し出した。
「見せてください。」
ノエルの手を取って、傷口を見つめるティナ。
はっとして顔を暗く陰らせながらも、ティナは傷口に手をかざした。
それからぶつぶつと、なにかを唱えはじめる。
『かけまくも 畏き精霊よ 古き世より連なりし 偉大なる其方らよ かつてその御身を清めし清流のごとく 我らが身に降り罹りし災いを どうか払いたまえ……』
祝詞のようであった。やがてティナの手が橙色に光ると、傷口がみるみる塞がっていった。
「すごーいティナちん。」
アンナが驚きの声を上げる。
「これって精霊魔術? ティナちゃんそんなことできるんだ!」
ユーリエルも驚嘆した。
精霊魔術の中でも治癒の力は、ほんの数人しか扱えぬものであった。
詠唱が終わり、ノエルの痛みも引いたところで、ティナが口を開いた。
「わたしはウリザネアウスの巫女です。」
ノエルは手を開閉して、感覚をたしかめてみる。
「なにもなかったみたいだ。」
傷も痛みも消え、すべてが元通りになっているようであった。
だが、ティナの顔はますます暗いものになっていた。
「いいえ、これは応急処置にすぎません。体内には――まだ残っています。」
「この毒を知ってるのか?」
「はい――その毒は……いえ、その病は――『冥魚』と言われています。」
神妙な面持ちでティナが黙っていると、食堂の店長があらわれて、ウェイターのお詫びにと1人1杯ドリンクを御馳走してくれた。




