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ハレルヤなんてさようなら  作者: 八兼信彦
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Scene5 陰謀《プロット》なんてさようなら その1

  ***


 ミズカに捕えられているあいだに2日が経っていた。

 それがわかったのは、クリプタの町に着いてからである。

 町はすでに休息日を迎えていて、ノエルたちと曜日の間隔がズレていたのだ。

 敬虔な町であれば、店が1軒も開いていないというのが、この休息日である。

 やはりクリプタでも、飯屋を探すのに手間取ってしまった。

 目を覚ましてからすっかり意気投合したアンナとユーリエルは、ノエルにはお構いなしに盛り上がっている。

 店を見つけるあいだも、なんとか食堂を見つけてからも、テーブルに座ってメニューを眺めていても、料理を待つあいだも、皿が並んでからも、ふたりの会話は止むことがなかった。

 ノエルはまるで婦人会に参加してしまった主夫のように、漫然と眺めていた。


「ユーリ、帰らなくてもいいのか?」

 居たたまれなくなったノエルが、ぽつりとつぶやいた。

 しかし口元マシンガンになっていたユーリエルには、火に油を注いだだけであった。

「なにノエル! ボクにまた砂蟲に捕まれっていうの!? あんな思いは二度とごめんだね! ってかさノエル、ボクのこと見捨てたよね? 普段ボクがどれだけノエルに尽くしてるかわかってる? ボクがいなかったらノエルなんかいまごろ、むしられて野良猫みたいにニャーニャー鳴きながら、雨にそぼ濡れてるところだよ? だいたいねえ、折られちゃったから、帰りたくても帰れないのっ! そりゃボクだって帰れるものなら帰りたいよっ! でもねえ帰れないから困ってるんだよ! だれのせい? ねえこれって誰に当たったらいいのかなボクは!」

「ああそうだな……」

 疲れ果てたノエルは、生返事をするのがやっとであった。

「ユーちゃん大変だったね。わたしが起きてたら助けてあげたのに。」

「いくらアンナでも、砂蟲は無理でしょ?」

「よくわかんないけど、土竜ならやったことあるよ?」

「えっ!? 土竜ってなに!?」

「んー、砂漠を這うおっきな蛇って感じかな。ムカデみたいな足が生えててね。」

「きもちわるぅー!」

 いつの間にか矛先がずれて、ふたりで話し込んでいる。

 もう好きにやってくれ……

 思わず「ふう」と息をついたら、それにさえも食ってかかるアンナとユーリエル。

「ため息なんてついてどうしたのさ、ノエルぅ。」

「ノエルはただでさえ陰気なんだから、これで辛気臭くなったら、もう終わりだよ?」

 臨界点を超えたノエルは、疲労と諦めの入り混じった『解脱アルカイックスマイル』をふたりに返すと、窓外へ視線を転じた。

 すべての悩みを放置して、ぼんやり外を眺めると、食堂の喧騒もどこか遠い国ことのように感じられた。

 街路樹の優しい木漏れ日が、ノエルに降り注いでくる。


――ああ長閑。


 ノエルは向かいでわめき合うふたりを脳内から消し去り、独り優雅な食事を楽しむことにした。

 が――


『クソアマがぁ!!』


 野太い罵声が、それをぶち壊しにした。

 声は表の通りから聞こえてきたようである。

 と、ノエルが覗いていた窓に、女があらわれた。

 ローブ姿でフードを被った女は、ふと追手を振り返った。

 そのときに、窓ガラス越しにノエルと目が合った。

 ノエルには、フードの奥に女の顔が見てとれた。

 若くて、きれいな顔立ちをしているが、どこか凛々しさのある女だった。

『たすけてください。』

 ガラス越しに、か細い女の声が聞こえた。

 いや、聞こえた気がしただけだった。

 慌てていて声が出なかったのか、女はパクパクと口を動かしただけであった。

 女は、すぐに走っていってしまった。

 そのあとを、人買い風の男が追いかけていく。

 男女が去ると、まるでつむじ風でも通り過ぎたように、町に平穏が戻ってきた。

 だが……やはりノエルは席を立った。

 会話に夢中だったアンナとユーリエルは、小競り合いに気付かなかったようで、

「あれ? ノエルどうしたの?」

 と目をぱちくりさせている。

「ちょっと、便所だ。」

 そう言い残してノエルは食堂をあとにした。


  ***


「オラァ、捕まえたぞ! 手間かけさせやがって!」

 人買い風の男が、女の腕をねじ曲げる。

 その拍子に、女のフードが脱げた。

 女は苦痛に顔を歪ませている。

「二度と逃げる気の起きねえようにしてやる。」

 男は力任せに、女を壁に叩きつけた。

 だが壁にぶち当たる前に、ノエルの腕が女を支えていた。

「あ? 誰だてめぇは?」

 歯並びの悪い男が、唾を飛ばしながら突っかかってくる。

「通りすがりの紳士ジェントルだよ。」

 ノエルは男の神経を逆撫でした。

「気取ってんじゃねえぞ!」

 逆上した男がノエルにつかみかかる。

 だがノエルは、女を軽々と抱えてから、くるりと男をかわした。

 そしてそのまま、男の背中に蹴りをお見舞いしてやる。

 男はつんのめって、顔面から壁に激突した。

「うげっ!」

 ノエルは女を降ろして、

「ちょっと下がってろ。」

 と背後に追いやった。

「ヤロォ……そいつは商品なんだ、返してもらうぜ。」

 男は手で顔を押さえながら、立ち上がる。

 すでに男の腕時計にはひびが入っていた。

「おれもできれば関わりたくないんだが――」

 男が飛びかかってきたので、ノエルは蹴り一閃で男を地面に沈めた。

「『願い』を聞いちまったんだ。」

 倒れた男に背を向けて、ノエルは女に近付いた。

「どこへでも行くといい。」

 それだけいうとノエルは、立ち去ろうとした。

 だが、女はノエルの背中にすがりつき、またこう言ったのだった――

「たすけてください。」


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