Scene4 大蟲《インセクト》なんてさようなら その4
ぱすん。
ノエルの目の前で、ミズカはこめかみを撃ち抜かれていた。
ミズカはそのまま砂と化して、ノエルの上へ崩れ落ちる。
砂によって築かれていたプライベートビーチも、風に舞うようにさらさらと消えてゆき――もとの荒野があらわれた。
ノエルの手足を縛っていた戒めも消えている。
荒野には気を失っているユーリエルと、眠っているアンナ。
そのアンナの手には、いま撃ったであろう拳銃が握られていた。
乱れた衣服を正しながら、ノエルが車に近付くと――またもボンネットにミズカがあらわれる。なぜだか、ミズカも衣服が乱れている。
「あぶなっ! 興奮して本体の構成比率上がってたから、もう少しで死ぬとこだった!」
「たぶんこいつ、寝ぼけて撃ったぞ。」
「はあ!? あの精密射撃を寝ながらやったっていうの!?」
「まあ……そうだろうな。」
アンナならば、それもあり得そうな気がした。
興奮して膨れ上がったミズカの生体エネルギーへ向けて、無意識的に発砲したとでも考えればいいのだろうか。
まじまじとアンナを見つめていたミズカの顔が、青ざめていく。
「ち、ち、ち、ちょっとこの子もしかして、アンナ・E・クロニクルじゃない?」
「なんだ、知ってんのか?」
ノエルの返答に、バッと散り散りになると、距離をおいて集積するミズカ。
「さきに言いなさいよ!」
「砂蟲のミズカが、人間相手におびえることないだろう。」
「アンナは、わたしたちの天敵なの。」
「はあ?」
またしても気の抜けた声が漏れる。
「人間の個体差なんて、見分けられるわけないでしょっ!」
「おまえたちは繊細な生き物なんじゃなかったのか?」
「あーガッデム。アンナがいるなんて迂闊だったわ。」
ミズカは、ノエルを睨みながらさらさらと消えていった。
それは「あなたが言わないのが悪い」という責任転嫁の視線であった。
「さようなら、おにいちゃん。もう二度と会わないでしょうね。わたしも二度と会わないよう気をつけるから。アンナと一緒に、わたしたちのいないとこで好きにやってね。」
「おい、ミズカ……」
完全に姿を消してしまったミズカ。
あとは声だけが響いてくる。
“おにいちゃんのこと――忘れない”
「死ぬ前提で話すな!」
“んー……がんばって”
「なんだその投げやりな応援はっ!」
しかしミズカの声はもう聞こえなかった。
ちょっと待て――いま『天敵』って言ってなかったか?
おれが手も足も出なかった相手を、蹂躙したとでもいうのだろうか?
いやいやそんな――――
答えのみえぬ沈思黙考のなか、引き伸ばされていた雲が、逆再生されるように縮んでいった。
やがて縮みきると、ゆっくりと風に流されてゆく。
痩せた大地から細い葉を突き出している草々も、風に揺られはじめた。
荒野が息を吹き返していた。
途方に暮れていたノエルだったが……しかし暮れたからといって、どうにかなるものでもなかった。
なんだかバカバカしくなって、ノエルは考えるのをやめた。
とりあえず地面に伸びているユーリエルを、後部座席に叩き込む。
『バカになれ、とことんバカになれ。』
いつかどこかで聞いた格言を、ノエルは思い出していた。




