Scene4 大蟲《インセクト》なんてさようなら その3
「この子、うるさい。」
少女は迷惑そうな顔をしている。
「許してやってくれ。喋ることが、そいつの生き甲斐なんだ。」
「あんたたちってみんなこうなの?」
「頼むから、おれとそいつを一緒にしないでくれ。」
「ほんとに? おにいちゃんは、わたしを楽しませてくれる?」
というと少女は姿を消して、空中にあらわれた。
「砂蟲。まさに蟲ってわけか。」
「なにそれ、つまんなーい。」
少女はブーイングを飛ばした。
「どうしておれたちに構うんだ。」
「言ったでしょう? わたしは繊細なの。」
少女が寝転がって、指先をくるりと回すと、ノエルが立っていた大地が隆起する。
あっという間に、少女と同じ目線に引き上げられた。
ノエルは抵抗するわけでもなく、面倒そうに眉をひそめている。
少女はノエルに顔を近付け、耳打ちするようなひそひそ声で語りかけた。
「あんたたち、地上の生き物じゃないでしょ。」
「ああ。」
「だから、あんたたちが近くにいると感覚が狂っちゃうのよ。」
「そうゆうことか。それは――悪かったな。」
「悪かった?」
ノエルの足場が崩れ去った。
自由落下してゆくノエル。だがそれでも抵抗しない。
どうにでもなれ、なされるがままといった態である。
そのまま地面へ激突するかに見えたが、大地がウォーターベッドのように柔らかく受け止めると、今度はそこに砂のビーチが築かれた。
砂製のビーチパラソルの下、砂製のロングチェアに寝かせられるノエル。
砂の海から水着姿の少女があらわれ、手を振りながら走ってくる。
「おにいちゃーん!」
少女は勢いよくぴょんと跳ねると、ノエルにまたがった。
「悪かったって思うんなら、わたしと遊びましょう?」
「あ?」
予想外の言葉に、ノエルの渋面が崩れる。
「わたしはミズカ。よろしくねっ、おにいちゃん!」
というとミズカは、ノエルの胸に顔をうずめた。
「これはいったい何の真似だ……」
「へえ~、体温もあるんだ~。ほんとうに人間と変わらないのね~」
「ちょっと待て!」
ノエルはミズカを引き剥がして、上体を起こした。
「何が目的だ?」
「こうしてると、ほんとうに付き合ってるみたいよねぇ。」
ミズカは、ノエルの首に手を回す。
少女の短い手では、おのずと顔と顔との距離が近くなる。
「どぉ? おにいちゃん。女の子と触れ合う気分は。」
見た目の年齢からかけ離れた、妖艶な笑みを浮かべるミズカ。
だがノエルとて、精神まで屈服したわけではない。
押し黙ったまま、迷惑そうに少女を見据えていた。
そんなノエルに興ざめしたのか、
「……あーぁ、つまんない。」
というとミズカはノエルから身体を離した。
「遊びに理由なんている? おにいちゃんって、ともだちいないでしょ?」
「おれたちが近くにいると、感覚が狂うんじゃなかったのか?」
「わたしは繊細なの。あんたたちに関する知覚を鈍らせるくらい、すぐにできるわ。」
ミズカはいじらしげに、べーと舌を出した。
そしてそっぽを向くと、まるで子供が拗ねるみたいに、地べたに座り込んでしまった。
しかもそれは、拗ねた「フリ」ではなく、本当に「拗ねている」ようなのである。
「もしかして……本当にただの遊びで?」
「だから、そうだって言ってるじゃん。おにいちゃんの、バカ。」
「…………」
ノエルは閉口した。
おそらくそれに間違いはないのだろう。ちょっとした興味くらいで、空間をねじ曲げてしまえる力――それがこの砂蟲という新生種なのかもしれない。
つまり、興味が湧いたから突っかかってきた、それだけなのだ。
するともう機嫌を直したのか、ミズカは顔を上げた――
「と、いうわけで。おにいちゃんのことを、もっともっと知りたいの。」
「あ?」
砂の戒めがあらわれて、ノエルの手足はロングチェアにがっちりと固定される。
「――!?」
「触れ合わないと、わかり合えないこともあるでしょ?」
ミズカはいそいそと、ノエルの上着のボタンをはずしはじめた。
「や、やめっ……」
「うふふふ、じゅるり……」
ようやく危機感を覚えたノエル。
これは肉体でなく、精神へ響きそうだったからである。
「ゆ、ユーリで調べたんじゃないのか?」
人身御供を差し出そうとするノエルだが、
「あっちは嫌。だっておもしろくなさそうでしょ? その点おにいちゃんは――」
そう言ってノエルを舐め回すように見つめるミズカ。
「強がってる感じとか、嫌がってる感じとか、もう最高っ!」
あらわになったノエルの肌に、ミズカは頬ずりをした。
ミズカにとっては、最高の玩具を手に入れた瞬間であった。
「ひっ。」
砂が集まって出来たとは思えない、柔らかな頬がノエルの身体を這う。
「み、ミズカ。もう一度よく話し合おう。」
「やっと名前で呼んでくれた! うれしいな、おにいちゃん。」
「わかった、何でも話す! だからはやまるなっ……」
「大丈夫。生体反応もゆっくり観察するからっ!」
爛々と目を輝かせたミズカが、ノエルのベルトを緩めにかかる。
ノエルの肌には、すでにミズカのよだれが垂れていた。
「じゅるじゅる……さあ力を抜いて、おにいちゃん。 優しくして、あ・げ・るっ」
ミズカは、ノエルのズボンを下ろした――




