イヤホン
明日香とリカはクラスマッチの実行委員で後片付けがあるらしい。
仕方ない。一人で帰るか。
泉がバス停へ向かっていると、少し前を麻衣が歩いていた。
「麻衣。一人?」
泉は駆け寄って声をかけた。
「麻衣」と呼ぶのはまだちょっと恥ずかしい。
少し驚いた表情で麻衣が振り返る。
「うん」
「一緒に帰らない?」
「うん」
麻衣と二人で帰るのは初めてだ。
蒼井くんはいないのか―
泉は何だかホッとした。
「大丈夫?疲れてない?」
泉は麻衣の体が心配だった。
「大丈夫。ありがと」
よかった。
「泉のおかげで楽しかった」
「ほんと?麻衣、頑張ったもんね」
「負けちゃったけどね」
麻衣が肩をすぼめて笑った。
これまで体育系の行事にはほとんど参加できなかったのに、初めてバレーボールの試合に出られたこと、少しでもみんなと一緒に頑張れたこと。
そして泉たちともっと仲良くなれたこと。
麻衣はそれを素直に喜んだ。
泉と麻衣の乗るバスは同じだ。
泉が先に降りるため、麻衣が窓側、泉が通路側の席に座った。
泉はカバンからデジタルオーディオプレイヤーを取り出した。
「泉、何聴いてるの?」
隣の席で麻衣が尋ねた。
「聴いてみる?」
泉は、片方のイヤホンを自分の右の耳に着けると、もう片方を麻衣の左耳にそっとあてた。
「泉、アイドル好きなの?」
「うん」
「私も」
「へぇ、そうなんだ」
泉は無邪気な笑顔を見せる麻衣が、とても素敵に思えた。
「あっ。この曲好き」
麻衣の笑顔が、いつもの二割増しになった気がした。
「良い曲だよね。私も好きなんだ」
麻衣との共通点が見つかった。
泉はなんとなく嬉しかった。
その曲が終わるころ、麻衣の頭が泉の右肩にもたれかかった。
「麻衣?寝ちゃったの?」
麻衣はすっかり眠っている。
ごめんね。
疲れちゃったね。
泉は、麻衣が起きないように座り直した。
「次は…」
車内アナウンスが流れる。
泉が降りるバス停だ。
しかし、泉は降車ボタンを押さなかった。
たまには乗り過ごすのもいいかな。
泉は麻衣の寝顔を見ながら、そのままそっと目を閉じた。




