やってみない?
クラスマッチまであと一週間もない。
今日の体育もバレーだ。
泉は、いつものように体育館の隅に座っている麻衣のもとへ走った。
「ねぇ、増渕さん」
「白川さん?どうしたの…?」
「増渕さん。バレー、やってみない?」
「えっ?」
麻衣は驚いた。
「でも…私運動は…」
「あのね、私考えたんだけど」
泉は続けて言った。
「サーブ、できないかな?」
「サーブ?」
「うん」
「私バレーやったことないし…それに、病院の先生に聞いてみないと…」
急な展開に麻衣は困惑している。
「だよね…ごめんね、急に」
「ううん…」
「せっかく同じチームになったし、増渕さんも少しでもいいから参加できないかなと思ったんだけど。やっぱり無理なのかな…」
泉は残念そうに言った。
麻衣は嬉しかった。
今までこんなこと言ってくれる人はいなかったからだ。
「今日帰ったら病院の先生に聞いてみる」
「ほんと?」
「うん」
翌朝、泉は教室に入ると、真っ先に窓際の席の麻衣に視線を向けた。
麻衣は笑顔で手を振ると、胸の前に両手で小さく輪を作った。
OKのサインだ。
泉は麻衣に向かって小さくガッツポーズした。
麻衣は笑った。
その日、麻衣は体育の授業に初めて参加した。
体操服姿だと、麻衣の華奢な体は余計に細く見えた。
「増渕さん、大丈夫なの?」
明日香とリカは心配そうだ。
「大丈夫。病院の先生に許可もらったし、太田先生にも話してるから」
よかった。
麻衣の表情はとても嬉しそうに見えた。
体育の授業の冒頭、太田先生から麻衣の病気について改めて説明があった。
その後、太田先生の号令でチームごとに分かれた。
「フチ子、大丈夫か?」
優太が麻衣のもとに駆け寄る。
「優ちゃん。大丈夫」
「無理すんなよ」
「うん」
優太は男子チームの方へ走って行った。
泉は優太の背中を目で追った。
「泉、どうする?」
明日香が聞いた。
泉はチームのみんなにこれからの練習のこと、クラスマッチ本番のことを説明した。
みんな快く賛成してくれた。
「ありがとう」
麻衣は深々と頭を下げた。
「さ、練習しよ」
泉は麻衣の手を取った。
二人だけのサーブの練習。
他の五人はコートに入った。
「白川さん、ごめんね」
「ううん。私が誘ったんだから気にしないで」
泉はボールを使ってサーブの打ち方やコツを細かく説明した。
実際に打ってみせる。
麻衣の表情は真剣だ。
「やってみる?」
「うん」
麻衣は二球、三球とサーブを打ってみた。
格好は悪いが、初めてにしては上手い方かもしれない。
「増渕さん、初めてにしては上出来だよ」
「ほんと?先生が良いからかな」
「やっぱり?」
泉は嬉しかった。
「でも…腕が痛い…」
麻衣の右腕は紫色になっていた。
「だよね…」
泉は麻衣の腕を見て、中学一年の時、初めてバレーをしたときのことを思い出した。
麻衣はまだ「そこ」にいるんだ。
「少し休もうか」
二人は体育館の隅に座った。
「白川さん、ありがとう」
「ううん。でも無理しないでね」
それから体育の授業が終わるまで、二人で練習を見学した。
二人の会話はまだどこかぎこちなく、途切れがちだ。
それでも泉は、麻衣との時間がとても心地よく思えた。




