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泉 -Spring-  作者: zaku
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梅雨が明けたら

 「うわぁ…やっぱり降ってきた」

 泉は恨めしそうに雨を眺めた。

 靴箱から革靴を取り出す。

 「おっ。白川」

 突然、優太が泉の肩をポンと叩いた。

 「なっ…」

 驚いて振り返る。

 「何だよ。そんなにビックリするか?」

 優太が怪訝そうに言った。

 「だって…」

 泉はドギマギした。

 「急に声かけないでよ…」

 泉はわざと無愛想に言った。

 「なぁ、一緒に帰らないか?」

 「はぁ?」

 「いやぁ、今日、傘持ってないんだよ」

 「えーっ。バッカじゃない?天気予報見てないの?」

 「悪いか…」

 「もう…」

 こんなときに何なのよ―

 泉は渋々折りたたみ傘を広げた。

 「貸せよ」

 泉の右側に立った優太が、泉の傘を左手に持って歩き出す。

 「ちょっと…」

 泉が慌てて傘に入る。

 バス停までの道のりをゆっくり歩く。

 ドキドキする。

 いつもの道が、とてつもなく長く感じられた。

 泉は黙っている優太の横顔をそっと見た。

 優太の右肩は雨で濡れている。

 何で何にも喋らないのよ―

 傘を叩く雨音だけが胸に響いた。

 「ありがとな」

 バス停が見えてきたころ、ようやく優太が口を開いた。

 「傘くらい持って来なさいよね」

 泉は、下を向いたまま言った。

 バス停の屋根の下に入ると、泉は優太から傘を受け取り丁寧に畳んだ。

 優太は時計とバス停の時刻表を交互に見ている。

 泉はバスが来る方を見た。

 真っ暗だ。

 再び静かな時が流れる。

 何か喋らないと息が詰まりそうだ。

 泉はじっと優太の背中を見た。

 蒼井くんの好きな人って誰なんだろう―

 急に優太が振り返る。

 優太と目が合った。

 「何だよ?」

 何か言わなきゃ―

 「あ、あの…蒼井くんって、好きな人とかいるの?」

 バカ!私何言ってんの―

 「ごめん…そうじゃなくて…」

 泉は慌てて取り繕おうとしたが、うまく言葉が出てこない。

 もう、最悪だ。

 そんなこと聞いても自分が傷つくだけなのに―

 「いるよ」

 やっぱり。

 あんなこと言わなきゃよかった。

 泉は視線を落として、濡れたカバンをギュッと握った。

 「ここに」

 えっ?

 泉は思わず顔を上げた。

 「どうして…?」

 何が何だかわからない。

 「そういうお前はどうなんだよ?」

 「どうって…」

 心臓が口から飛び出しそうだ。

 「お前こそ好きなヤツはいるのかって聞いてんだよ」

 優太の耳は真っ赤だ。

 「自分だけ言わないとかナシだからな」

 優太は泉に背を向けて言った。

 「好きな人は…いないけど…」

 泉は深呼吸をして、そっと目を閉じた。

 「でも…」

 カバンを持つ手が震える。

 「大好きな人ならいるよ。ここに…」

 体中が熱い。

 優太は照れくさそうに泉を見た。

 「明日から、一緒に帰らないか?」

 「うん…」

 泉の目から涙がこぼれた。

 「何泣いてんだよ?」

 「なんでもない」

 泉は泣きながら笑顔を見せた。

 優太が泉の頭をくしゃっと撫でた。


 このままバスが来なければいいのに―


 雨は少し小降りになっていた。

 「梅雨明けっていつごろなんだろうな…」

 優太は真っ暗な空を見上げた。

 「今度、バスケ教えてやるよ」

 「えっ?」

 「だから、絶対十五人に入れよ」

 「うん」

 梅雨が明けたら、今年はどんな夏が待っているのだろう。

 バスのヘッドライトが、雨と二人を照らした。



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