アップルパイ
「ねぇ、今日の帰り、行ってみない?」
明日香が、ハンバーガーショップのアップルパイの割引クーポンを、泉と麻衣に見せて言った。
「いいねぇ」
「私、ここのアップルパイ好き」
部活の後の楽しみができた。
こんなちょっとしたことでも、部活を頑張るモチベーションになる。
入学式も終わり、バスケ部にも新入部員が入ってきた。
今年は九人。
泉たちにとって初めての後輩だ。
みんな初々しい。
一年前を思い出す。
他にマネージャー希望も二人。
去年、三年生が引退してからは、マネージャーは麻衣一人だったので、これで少しは麻衣の負担も減るだろう。
太田先生の挨拶があり、拍手で一年生を迎えた。
ここから新しい一年の始まりだ。
今年こそベンチ入りメンバーに入りたい。
泉は右手をギュッと握った。
練習が始まると、ひときわ目立つ一年生が二人。
速くてすごく上手い。
泉たちとは明らかに動きが違う。
経験者だということは間違いない。
「麻衣、あの子たち知ってる?」
泉は思わず聞いた。
「知ってる。一中で、たしか二年生からレギュラーだったと思う」
「そうなの?」
泉のさっきの決意はすっかりどこかへ行ってしまった。
こんなとき、感情がすぐ顔に出てしまうのが泉の悪い癖だ。
「泉?」
麻衣が心配そうに言った。
「頑張って」
「うん…」
泉はぎこちない笑顔を作って見せた。
「ねぇ、あの子たち、ヤバくない?」
明日香はテーブルの上に身を乗り出す勢いで泉に言った。
「何が?」
泉はとぼけてオレンジジュースを一口飲んだ。
「何がって、あの一年生よ」
「あぁ、あの二人?」
「そう。あの二人」
「そうねぇ」
泉はそっけなく言った。
学校近くのハンバーガーショップ。
「あの二人」を話題にしたい明日香と、話題にしたくない泉。
態度は違えど、思っていることはきっと同じはずだ。
麻衣は、そんな二人を黙って見ていた。
「もう…」
明日香は助けを求めるように麻衣に視線を送った。
「別にあの子たちのことは、気にしなくていいんじゃない?」
麻衣は落ち着いた口調で言った。
「明日香は明日香、泉は泉。でしょ?」
泉も麻衣を見た。
「誰かと比べて勝ったとか負けたとか考えるんじゃなくて、二人が持ってるものを活かした方が良くない?二人とも良いとこたくさんあるんだから。自分を信じて。一緒に頑張ろうよ。ね?」
麻衣はそう言って、美味しそうにアップルパイをほおばった。
心が折れそうなとき、いつも麻衣は助けてくれる。
そんな麻衣と、いつかメンバー発表を一緒に喜びたい。
麻衣、私頑張るよ。
泉は心からそう思った。




