最後の時間
バスの中は暖房が効いていて少し暑い。
「間に合うかなぁ」
明日香が携帯の時計を見た。
「大丈夫。混んでなければ間に合うはず」
いつもこのバスを利用している泉が窓の外を見ながら言った。
「それより麻衣、大丈夫?」
泉の家からバス停まで少し急いだので、泉は麻衣の体の方が心配だった。
「大丈夫」
「ほんとに?きつかったら言ってね」
「うん。ありがと」
麻衣は少し間をおいて、思い出したように笑いだした。
「何?どうしたの?」
泉がそう言うと、麻衣は少し恥ずかしそうに泉を見て言った。
「泉ってお母さんみたい」
「何それ?」
泉は少し照れくさかったが、麻衣に頼られている気がして嬉しかった。
バスは若干遅れたが、待ち合わせ時間には十分間に合う時間に到着した。
待ち合わせは、年末に麻衣が教えてくれたパンケーキの店。
あれからこの店が、四人にとっての「いつもの店」になった。
泉は少し緊張していた。
リカはちゃんと来てくれるだろうか。
店に入って名前を告げると、一番奥の予約席に案内された。
リカ―
泉は思わず立ち止った。
うつむき加減に席に座っている。
「リカ。いつ来たの?」
明日香が声をかけた。
「あ、えっと、ついさっき…」
リカは驚いたように顔を上げた。
リカに会うのは修了式以来だ。
なんとなく泉は、素直にリカの顔を見ることができなかった。
明日香がお店の人を呼んで注文をした。
待っている間も、泉は居心地が悪かった。
リカもいつになく大人しい。
明日香も泉とリカの様子に気付いているようで、場を盛り上げようとしてくれている。
泉は明日香にも申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
しばらくするとボリューム満点のパンケーキと飲み物が運ばれてきた。
今日はお店の人にお願いして、ちょっとだけスペシャルにしてもらったので、いつもよりも豪華に見える。
「すごーい」
麻衣が少し大げさに言った。
「でしょ?」
明日香は得意げだ。
これまで強張っていたリカの顔が、ようやくほころんだ。
明日香は泉を見た。
泉も笑顔になっていた。
パンケーキを食べ終わるころには、いつもの四人に戻っていた。
くだらない話ばかり。
でも、この瞬間が一番楽しい。
泉はリカにアルバムを渡した。
リカは嬉しそうにページをめくった。
最初は笑っていたリカも、最後のページに辿り着くころには目に涙をいっぱい溜めていた。
「ねぇ、カラオケ行かない?」
明日香が言った。
「私はいいけど、リカは大丈夫なの?」
泉はリカを見た。
「うん。一時間くらいなら」
「私、カラオケ屋さんに電話してみる」
麻衣が電話をかけた。
「OKだって」
リカの引っ越しの話を聞いてから、たくさん泣いた。
四人で過ごす最後の一時間。
泣かないように明るい曲ばかり歌った。
せめて最後くらいは笑顔で―
でも、無理だった。
こみ上げるものを抑えることなど、とてもできなかった。
壁に備え付けられた電話が鳴った。
カラオケ終了の時間を告げるコール。
それは、四人の時間の終わりをも意味していた。




