泣きたいときは
「泉、パンケーキ食べに行かない?」
部室で麻衣が泉に声をかけた。
だが今はとてもそんな気分ではない。
「ごめん…今日は…」
泉がそう言いかけたと同時に、麻衣が泉の手を取って笑顔で言った。
「ね。行こ」
泉は麻衣の笑顔に弱い。
「わかった。ちょっと待ってて」
「うん。ありがと」
正直、気分は乗らなかったが、麻衣が泉のことを気遣ってくれていることは明らかで、それをわかっていて断るのも申し訳ない。
急いで着替えると、麻衣は靴箱のところで待っていた。
「ごめん。お待たせ」
「ううん」
二人はバス停までの道を黙って歩いた。
なんとなく雰囲気が重い。
「寒いね…」
麻衣は手のひらに「はーっ」と息を吹きかけた。
「あのね…」
麻衣は泉の顔を覗き込むように言った。
「新しいパンケーキ屋さん見つけたんだ」
「へぇ、そうなの?」
「うん」
「どこ?」
「えっとね…」
麻衣は何やら考えている。
「どうしたの?」
「お店の名前、忘れちゃった」
麻衣は恥ずかしそうに笑った。
「何それ。大丈夫?」
泉も笑った。
麻衣の時折見せる、こんなおっちょこちょいなところも、泉は大好きだった。
携帯で調べながらなんとか店に到着すると入口のところには何人か並んでいた。
クリスマスは終わったというのに、店はイルミネーションで綺麗に飾られている。
「すごーい。並んでるよ」
泉は驚いた。
「最近できたばっかりだからかな…」
麻衣もこれは想定外だったようだ。
寒い中、十五分ほど並んで店に入ると、客の多くはカップルだった。
「なんかムカつく」
麻衣が呟いた。
麻衣の口からそんな言葉が出るなんて、泉は可笑しくなった。
ボリューム満点のパンケーキをなんとか食べ終わると、二人はプリクラを撮ったり、買い物を楽しんだりした。
「ねぇ、泉。カラオケ行かない?」
「いいけど。麻衣疲れてない?」
「うん。大丈夫」
だいぶ歩き回ったので、泉は麻衣の体が少し心配だった。
「ほんとに?」
「うん」
カラオケなんて久しぶりだ。
中学のときは、明日香とリカと三人でよく行ったものだが、高校に入ってからはなかなかそんな時間も作れずにいた。
そういえば、麻衣とカラオケに行くのは初めてだ。
部屋に入るとドリンクを注文した。
麻衣はどんな曲を入れるんだろう。
「あーなんか緊張する」
麻衣はマイクを両手で握りしめた。
イントロが流れる。
泉が好きなアイドルの曲だ。
上手い。
麻衣の歌声は、透き通るような優しい歌声だった。
「麻衣、上手いね」
「ありがと。なんか恥ずかしい」
麻衣は照れくさそうに言った。
それから交互に歌って、残り時間もあと十分ちょっと。
「ね、泉。一緒に歌おう」
麻衣は泉にもう一本のマイクを渡した。
泉が大好きな曲だ。
泣きたいときは泣いてもいいんだよ
悔し涙は努力の証し
思いっきり泣いたら
疲れた体を少し休めて
明日のために心をリセットしよう
そしたらきっとまた頑張れる
泉は歌いながら、泣いた。
明日香ごめんね。
明日会ったらちゃんと言おう。
「おめでとう」って―




